お座敷の幽霊。

「いやー、今日は混んでますね」


 林檎君に案内された逢引茶屋は、顔見知りの店では無いけれど。

 ココには相当の情念が集まっているらしく、息苦しさすら感じる。


《ココは、相当人気なんだね》

「そうなんですよー、今日は特に、こんなに混んでるのは初めてですね」


 俺も、こんなに低級霊がうじゃうじゃしている所は初めてだ。

 地鎮祭をやってない場所だって、こんなに居ないと言うのに。


 何故だ、どうしてこんなに集まっているんだ。


《ココは、事件とか》

「いえ、特には聞いて無いですけど、居るんですか?」


《はぃ、怖くなくても見える程に》

「へー、凄い、何で。あぁ、それで事件は無いか、と」


《はい、部屋次第ではお暇させて頂こうかと》

「あ、はい」


 そして案内された部屋も、四方八方からうようよと。


《林檎君は、良く、ココへ》

「ですね、先生方のお気に入りなんですよ、何か降って来るんだって」


 成程。


《影響されるんでしょうね、強い念を持った者に》


「えっ、ココ、そんなに」

《書かれた、伝わった、それで成仏出来る場だと知ったんでしょう。小皿を5つお願いします、清めの塩を持って来ましたから》


「あ、じゃあ、急いで貰いに行ってきます」


 そして部屋全体に邪魔をするな、と念じながら軽く塩を撒き。

 林檎君が持って来た、小皿に塩を盛り、四隅に。


《コレを中央に置いて、怪談をしてみようか》


「どう、なるんですか」


《止めておくかい》


「いえ、ですけど神宮寺さんが」

《大丈夫、君も居るし、今日はちゃんとお祓い用の数珠が有るからね》


 物好きが作った殺生石で作った数珠。

 古道具屋で出会った話が次に載る事になっている。


「あ、それで殴って払うんですね」

《大人しいのには使わないけれどね、何を言っても暴れるモノにはコレが1番だからね》


「宜しくお願いします」




 怖がるとすっかり見える様になった彼は、知り合いの霊能者の元で修行する事に。


 けれど稀に見えなくなる者も出る事から、勉学もすべし、と恩師の地元へ引っ越し後も。

 学校に通いながら、修行を積む事に。


『ほれ、九九の段を言うてみ』

《えっ、今ですか》


 片足で立ちながら両手に水の入った桶を持たされ、頭には積み重ねられた本、傍から見れば厳しい折檻ですが。


『コレは如何に意識を逸らすか、だ。怖いと思い続けなければ、無視すれば良いだけだ』


《はい》


 そうして様々な意識の逸らし方を覚えている最中、再び学校で怪談に遭遇する事に。


 《ぽ、ぽ》


 黄昏時、1人で道を歩いていると、先ずは低い男性の声を聞く事になる。


 ソレは真っ白い着物を着た、八尺はあろうかと言う巨女。

 顔には長い髪がグルグルと巻き付いており、薄暗い事も有って表情すら分からない。


 《ぽ、ぽ、ぽ》


 その女を見たら引き返せ。


 横を通り過ぎようものなら、その長い手が伸び捕まるぞ。

 そうして足からゆっくりと、バリバリ、ムシャムシャと食べられてしまう。


 そして例え逃げられたとしても、7日以内に見付かり、足先から食べられてしまう。


 もし見掛けたなら、助かりたいなら。

 見てしまったその日のウチに、四隅に盛り塩をし誰かから貰ったお守りを持ち、日の出まで待てば良い。


 八尺様は居所を見失い、また他の者に出会い、7日かけて追い掛ける。

 八尺様は、男だけを追い掛ける。




《僕は田舎の片隅に住んでいたものですから、帰り道は当然1人。今思えば、僕と知り合いたかったのでしょう、その女の子は一緒に帰ってあげても良いよと。ですけど僕も男ですから、断ったんです》


 それに、止めてくれと言ったのに怪談を続けた、その意地の悪さと顔が嫌で拒絶したんだが。

 少し後悔した。


 今は冬、日が落ちるのが早く家は遠い。

 黄昏時までには家に帰れるものの、もし出会ってしまったら、遠回りすれば家に着くには黄昏時になってしまうかも知れない。


 もう、そこから怪異に目を付けられてしまったのでしょう。

 走っても走っても同じ景色が繰り返されるばかりで、同じ曲がり角を何回も曲がり、中々家に着かない。


 そうして黄昏時に差し掛かった頃、やっと家が見えた。


 《ぽ、ぽ》


 真後ろから声がした。

 俺は気力を振り絞り家へと駆け込んだ。


『あれ、凄いの背負って、はいはい』


 恩師が俺の背を強く叩くと、途端に体が軽くなり。


《い、今、八尺様が》


『あぁ、それかい、そうかそうか』

《そうかそうかって》


『昔ね、地元の男児がお地蔵様を蹴っ飛ばしたんだよ』


 そのお地蔵様は特別なお地蔵様で、とある悪いモノを抑え込んでいた。

 けれども子供が巫山戯て壊してしまい、悪いモノが動き回る様になった。


 そして悪いモノはお礼にと、その悪ガキに7日参りをし、憑き殺した。

 そして次には家族も、1人7日掛けて殺したが、最後の1人だけは恩師のお守りと結界で難を逃れたらしい。


《えっ、じゃあ》

『折角だ、修練としよう、どうにか気を逸らしなさい』


 そうして夕飯の後、俺の部屋には四隅に塩が置かれ。

 水や本、それにし尿瓶なんかも置かれて、日の出まで閉じ籠る事になった。


 けれど、俺1人。

 恩師は別の部屋で普通に寝起きする、それがどうしても怖かった。


《もし、万が一》

『なんだ、私を信用しないのかい』


《いえ、そう言うワケでは》

『いや、そう言うワケだろう。それでは何をしてもお前を守れん、私を信じなさい、それとも他に宛てが有るとでも言うのかね』


《いえ、すみません》

『これからアンタはコレを仕事にするかも知れない、信用出来る者と信用出来無い者をしっかり見分けなさい、霊より人に殺される方が遥かに数が多いんだ。良いね』


《はい》


 そうして俺は1人になり、仕事の事や信用出来る者について考え始めた。

 真面目に考えるのが初めてで、仕事と言えば神主や禰宜になるのだろうと思っていたから、そうなれば少しばかり好きに暮らせるかも知れないと思った。


 だからこそ好き勝手に妄想し、気が付いたら眠っていて、あっと言う間に朝になっていた。

 そして怪談の事も忘れ、廊下に出ると。


 まだ、夜中だった。

 寝惚けていたのか騙されたのか、俺の目の前には八尺の女が。


 けれど垣根の向こう側。

 ココは恩師の結界により守られている。


『あぁ、こうやって引き寄せられる事も有るんだ、ちゃんと家には結界を張るんだよ』

《はい》


 そう言って恩師は俺の目の前で柏手を打つと、俺はまた眠り込んだらしく、気が付くと布団の上だった。


『はいはい、起きな、ちゃんと朝だよ』


 俺は急いで起き上がり廊下へ出ると、アレはまだ居た。


《あ、え》

『アレはね、お地蔵様を守る怪異だ、払うだ何だするモノじゃないんだよ』


 そうして恩師は本当の方を話をしてくれた。


 大昔、運試しにお地蔵様を壊した男児が居た。

 そして次の日に運良く怪我をし、その一家はいずれ引っ越すのだからと、八尺様の話を作り上げた。


 そしてあんまりにも綿密に出来たモノだから、形を成し、本当に姿を現し始めた。


 けれど別に食ったりはしない。

 本当に悪い事をしなければ、と。




「教訓を含んだ怪談だったんですね」

《子供が話した事ですから、お地蔵様の件が抜けていたので教訓の部分が抜けていたワケですけど、その事も使って恩師は僕に色々と分からせる為、分割して教えてくれたんですよね》


「コレも載せましょう」

《まだ続きが有るんですよ、都会でも見る様になったんです。少しでも悪い事をしたかな、と思う時や、ふと怖いなと思ってしまった時》


 都会だから、でしょうか。

 あの巻き付いていた髪が真っ直ぐに下に降ろされ、着物ではなく真っ白なワンピース姿で現れるそうで。


 ふとした時。

 窓の向こうに、人が居る筈の無いだろう階層でも、偶に見掛けてしまうんだそうで。


「あの、凄く、後ろを見たくないんですが」


《林檎君、真ん中の盛り塩を見て下さい》

「あっ」


 綺麗に盛られ角が有った筈の塩が、ドロドロに水分を含んでいる。

 神宮寺さんが悪戯するには届かない位置ですし、でも、コレは。


《コレだけ、集まったって事なんです》

「その、神宮寺さん、大丈夫ですか?」


 神宮寺さんは、全く顔を上げず、ふるふると震えて。


《四隅に塩を置きましたよね》

「はい」


《それが結界となって、襖や床に。まるで窓ガラスに色んな人の顔や手が、びっしりついている様に見える、と言ったらどうしますか》


「どう、出ましょうか」


《こうした時、尋ねて来て貰うしか無いんです。霊の気を逸らす何かが無いと、一斉に雪崩れ込んで来る。人もそうじゃないですか、何か有るとなると集まる、そうして霊が霊を呼ぶんです》


「その、一斉に雪崩れ込まれると」

《見えるでしょうね、林檎君にも、最も見たくないモノが》


 僕は、八尺様が最も見たくないと言えば見たくないんですが、少し見てみたい。

 八尺も有る女性となると、一体どんな容姿なのか、と。


「開けますね」

《あっ》


 期待したものの。

 何も無し、忙しなく指示する声や、笑い声ばかり。


「何も居ないじゃないですか」




 彼は相当に鈍感なのか、余程守られているのか。

 目の前には件の八尺の女が居ると言うのに、とても残念そうな表情で。


《居るんですけどね》

「ですから、何処に」


《君の前に、ただ挨拶はしないで下さい、本当に憑かれて死ぬかも知れませんから》


 ココまでなら冗談で済むが、この先は冗談では済まなくなる。


「残念です、お会い出来ず」


 向こうも余程残念だったのか、瞬きの間に霧散していった。

 祓わず済んで楽なのは楽だが、少し肝を冷やされてしまったし、コレはもう止めておこう。


《ふふふ、君の気持ちが伝わったのか、もう居なくなってしまいましたよ》

「えー」


《今回は何事も無かったですけど、僕以外と試したり、誰かにこの方法を教えないで下さいね。本当に死ぬかも知れませんから》


「はい、すみません、つい好奇心に負けました」

《そこですよ、最も見たくないもの、つまりは何も見えない方が怖かった》


「成程」

《見えない方が良いですよ、楽しい事は殆ど無いですから》


「僕は楽しい、と言うか、面白く聞かせて貰っているんですけどね?」

《僕の語り口のお陰、ですかね》


「はい、勿論ですよ。お酒をもう1本頼みますけど」

《では、お言葉に甘えて》


 霊より強い林檎君。

 最近は、君のお陰で抱き枕が居なくでも大丈夫だと言う事は、暫く言わないでおこう。


(あ、隣が入れ替わりましたね。コレですよコレ、コレも有ってココに来るんですよ)

《あぁ、盗み聞きですか、良くないよ、来てしまうよ八尺様が》


(あ、そう繋げるのも良いですね)

《はぁ》


 悪趣味は悪趣味だけれど。

 まぁ、確かに興味は有る。


(まぁ、コチラを確かめられる場合も有るので、聞ける時はマチマチですけどね)

《成程》


 そうして暫く耳を澄ましていると。


 「私に、婚約者のフリ、を」


 あぁ、こうして降って来る事も有るんだな、成程。




「どうです?八尺様」


《袋とじにコレは、悪意を感じますね》


 神宮寺さんから頂いたお話の後に、袋とじを載せる事になりました。

 エログロ絵と、緊縛絵。


 どちらもモデルは八尺様。


「似てます?」

《まぁ、顔は見えませんからね。それにしても悪趣味ですね、両方の絵をこうして載せるだなんて》


「巷には幽霊や怪異に昂りを覚える方もおりますから」


《居るんだね、そんな者が》

「はい」


《はぁ、見せてやりたいよ》

「あ、こう、見える様な他の方法は無いんですかね?」


《有るけれど、1度見える様になると見えっぱなしになる事も有るから、あまりオススメはしないよ》


「ですけど、昂る者にしてみたら、絶対に」

《どうだろうね、見えないから、存在しないからこそ懸想が出来るんじゃないかな》


「あぁ、となれば見えても尚好いていられたのなら、純愛ですね」


《純愛》

「恋愛作家先生が八尺様を気に入って、何か書きたいんだそうです」


《はぁ、変わり者ばかりだねココは》

「ですね」


 そうして後日、将太と八尺、そうした題名で怪異と人の恋模様が展開される物語が出たのですが。

 少年愛をお持ちの方がそれなりにいらっしゃり、更に後日、ショタコンなる造語が流行る事になったのです。

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