第3話 幽霊画と記者。
「お忙しい所をすみません、ご相談に参りました」
雑誌社の林檎君は、まさに幽霊画とは真逆の存在だ。
生気に満ち溢れ、活気が有り、瑞々しい。
『ご相談、とは』
「実はですね……」
他の作家達にたらい回しになった結果、ココへ来たらしい。
『詩、ですか』
「噺でも良いんですけど、古典と言えば古典ですが、それはまだしてませんし。先生から物語が何か出るんじゃないか、と」
『俺が言った事が、物語になりますか』
「はい、中身が良ければなります」
医療倫理に絡む、何某。
『死体に盛る女や男が居るそうで』
「あ、
『それだけドーンと載せて、禁じる文言を複数種類散文させる、ダメですか』
「西洋的で、実に良いですねぇ」
『絵としては……』
俺の中には様々な絵が浮かぶ。
けれど紙に写す時間が足りない、まだ絵を満足に描けないのに絵だけが浮かんでくる。
最低限、文字にし後で書くつもりではいるが。
足りない、時間も手も何もかも。
「先生、原案作家になれますよ先生」
『いや、そう長いのは無理なんだ、そして結局は絵に落ち着く。何度か試したんだ、詩を混ぜるだとか文字を混ぜるだとか、けれどもっと良い文言が有るんじゃないかと筆が進まなくなる』
「ですけど先生の頭の中には絵が沢山有る、文字付も含めて」
『案だけだ、案だけが溜まって、いつか破裂するかも知れない』
「でしたら小出しにしましょう、文字入りも含め方々の先生への分配をコチラで考えてみますので、お任せ下さいませんか?」
『絵師は絵師の仕事だけをしていろ、とは言わないんだな』
「どんな作家同士でも、触発され合うべき方は、お互いに高め合えば良いんです。孤高でも問題無い方はそうした方、また生きる世界が別なだけで、良い悪いではありませんから」
『少し待ってて下さい』
「はい」
俺は日本画の有名な家の生まれ、日本画に囲まれて育ち、自然と描き始めていたらしい。
12までは楽しく描いていたが、好いていた従姉妹が結婚してしまい、決まりと言うモノに酷く反発する様になった。
『先ずは、コレで』
「拝見させて頂きます」
14で女に手を出そうとして激しく叱責され、16になるまで女の家に転がり込んでいたが、突然結婚するからと家を追い出され。
また裏切られた、と思った俺は、家に戻らず雑誌社に転がり込んだ。
様々な画風にも挑戦させて貰ったが、結局は日本画。
ただ、それは主に幽霊画だった。
俺を捨て、裏切った女達を幽霊にした絵を、会長の知り合いが気に入り買い取ってくれた事が切っ掛けだった。
何枚も何枚も、同じ女をモデルに描き続けた。
そして雑誌にも載る様になり、別の注文が入る様になった。
『どう、ですか』
「うん、良いですね。ソチラの手に持っているのは?」
『もう少し注釈を入れたい』
「では僕が裏に書いても宜しいですか?」
『あぁ、構わない』
「あ、そう言えば、この前先生のファンだと仰る方に会ったんですよ。凄く若々しく見える女医先生、先生の絵と怪談が目的で雑誌を買って下さってるんですよ」
『女医』
「もし良ければ社でお姿を見れる様に手配致しますけど、どうしますか?」
『珍しいし、頼んだ』
「はい」
会長には、結婚したいと思う女以外には絶対に手を出すな、と言われている。
前に少しつまみ食いをしただけで、絵に出ていると言って怒られた。
林檎君には分からなかったらしいが、何でバレたのか、今でも全く分からない。
『あ、それは毒虫まみれにするつもりだったんだ』
「成程」
本も絵も、そう簡単には出来上がらない、とは思っていたけれど。
《暫く掛かりそうなのね》
「ですけど件の絵、見れるかも知れません」
《まぁ、生の原稿を見れるのね》
「はい、それと先生の解釈と相違無いか、社で改めてご確認頂こうかと」
《あ、お座敷とかでは無いのね》
「する事も有るんですけど、今回は見学も兼ねて来て頂こうかと」
《あぁ、成程》
「はい」
《今日はそれだけ、かしら》
「実は、件の事件についてお伺いしたいなー、と」
どうしてなのか、私の勤務時間中に政治家や大物が立て続けに亡くなった件。
政治部でも無いのに、何故かしら。
《内容によるわね》
「先生は呪いってご存知ですか?どの位、信じてらっしゃいますか?」
《まさか、私が見た患者達が呪われていた、とでも》
「実はそうかも知れないんです、先日、神社仏閣に寄る機会が有ってお参りしたんですけど……」
お知り合いが訪問してらっしゃり、ばったりお会いしたそうで。
そこで近隣の神社仏閣に、警察からお触れが。
軒下に不審物が有れば通報する様に、と。
《それが呪物だったのね》
「どうやら件の方々の名が、記されていたにでは、と」
《それか、私じゃないかしら》
「何故ですか?」
《警察からの事情聴取、仕舞には暫く付けられてたのよ、ワザとコチラに分かる様に。しかも昼の勤務は騒動が収まるまで無し、それで夜勤に回され続けて、私としては私が呪われたんじゃないかしらと。ね》
「他にも何か、ご不幸が?」
《まぁ、不幸と言えば不幸かも知れないわね》
「お祓いとか、行かれました?」
《行ったわ、節分の後に神社と寺院の両方》
「では、恨まれていそうな相手は」
《ココまでのは、ちょっと思い付かないわ》
「逆恨み、では」
《野暮ね、医者は逆恨みされ易いのよ。どんなに手を尽くしても、何か失敗したんじゃないか、アンタが殺したんじゃないかって》
「では、こう立て続けに起こる前、何か大きな騒動は?」
《ココまででは無いけれど、有るには有るわね》
「誤解を解くだとかのお手伝いを致しましょうか?」
《誤解では無いから良いの、ありがとう》
「すみません、お役に立てず」
《良いのよ、こうして食事に付き合ってくれるだけでも、十分に気晴らしになるもの》
「僕もです、殆ど1人ですから」
《良い方が見付かると良いわね》
「ありがとうございます、先生も」
《ありがとう》
女医先生とお会いした次の日の夜、寮に電話が。
《林檎くーん、お電話よー》
寮母さんは名前を言わない、コレは所謂情報漏洩防止でして。
緊張と期待感で胸を高まらせ電話を出ると。
「はいはい、林檎ですけど」
【あ、僕だよ、神宮寺だよ林檎君】
電話の主は都会に出て初めて出来た、神主の家系の友人だった。
禰宜なのに、とても怖がりで。
「どうしたんですか、また怖い話を」
【違うんだよ、件の物が、多分だけど軒下に有るんだ】
「またまたぁ」
彼は本当に怖がりで、怖い話を聞くと、その通りのモノが見えてしまうタチらしく。
だからこそ、僕は半信半疑なんですが。
【もー、ほら、僕の不運を知ってるだろう?】
E橋で起こった殺人事件から、幽霊騒動が巻き起こった。
大量の血痕だけがE橋の真ん中に残され、そこに幽霊が立っている、と。
その事件を解決に導かされてしまったのが、彼、神宮寺さん。
そして他にも。
「アナタの不運は半々じゃないですか、誰か居ないんですか?」
【居たら君に電話しないよぉ、頼むよ、今回はM町のT神社なんだ】
「近いは近いですけど」
【頼むよぅ、ネタは提供するからさぁ】
半々だ、と言ったのは幽霊を見ただけ、で終わる事が有るからだ。
ご遺体を発見したりだとかは、体験の半分。
まぁ、それでも僕に比べたら遥かに多いのですが。
「分かりました、コレで単なるゴミだったらネタを2つ提供して貰いますからね」
【うんうん、頼むよ林檎君、待ってるね】
怖い話を聞いた時、だけ、なのが。
偽者なのか本物なのか、見ようとしても見れない方で。
でも見えるには見えるので、怖い話を聞かされ、各所の神社に泊まらされてしまう。
そうすると不思議に騒動が収まる。
解決しようがしまいが、少なくともその場から幽霊騒動は消える。
なので、半々、なんですよねぇ。
《あぁ、林檎君、良かった》
「良くないですよ、ほら離して下さい、件の物は何処ですか?」
《ぅう、それがだ、本殿の軒下なんだよぅ》
「はいはい、行きますよ」
《いや、僕はココで待っているようん》
「ダメですよ、僕が不審者に思われたらどうしてくれるんですか」
《こんな日暮れに人は滅多に来ないよ、それこそ僕が社務所で》
「今は責任者なんですから、もし本物だったら証言が必要になります、社務所に隠れてたなんて言ったら君の責任問題になりますよ?」
《手を、繋いでくれていれば》
「はいはい、行きますよ」
俺は、実は常に見える方で、面倒に巻き込むのが便利だからと林檎君を巻き込むのが殆どだ。
怖いか怖くないかで言うと、偶に本当に怖いのが居るけれど。
人と同じ、単にそこに居るだけが殆ど。
偶に悪戯をしてくる者も居るけれど、舌打ちと塩で済む。
払えはしなくても、人で言うと思いっきりぶん殴ったのと同じで、大概のは暫くはちょっかいを出して来ない。
それでもちょっかいを出して来る時は、まぁ、本気でぶん殴ってから成仏の手伝いをする。
《あ、ほら、あの真ん中のだよ》
「あー、本当だ」
俺は呪物には触れない、勿体無い事に触れると効力を失わせてしまうから。
こうした物は基本的には再度他者に利用される、それこそ玄人に、なので俺は手を出さない。
これは、ある種の不可侵条約。
《つ、通報してくるね?》
「はい、見張ってますので手短にお願いします」
面倒臭がりながらも優しい林檎君は、こうして良く付き合ってくれる。
けれど本物ばかりに遭遇させると、本物だと思われ面倒にな事に巻き込まれても困るので、常に半々になる様に心掛けている。
本物は、本物かどうか寧ろ拘らない。
いや、寧ろ、偶に見える程度に装うのが習わしだ。
軽いのは神社仏閣へ、どうしようも無いのが俺ら。
領分を守る為にも、やはり不可侵条約が有る。
《あ、どうも、お忙しいところ恐縮です。神社の者ですが、少し、不審な物が出ましたので。はい、はい、M町のT神社です。はい、あ、それでD刑事をお願いします。はい、その様に伝えろと上からの通達で、はい、はいはい。はい、お待ちしております、では》
警察にも、あまり本物だと思われるべきでは無いのだけれど。
都会は事件が多い。
半信半疑でいて貰える様、心掛けているのだけれど。
熟年ともなると、少し誤魔化すのが難しい。
だからこそ、こうして偽っているワケだ。
彼の良心に訴えかけ、便利に使う為。
決して手を繋ぐ為では無い。
「あ、どうでしたか?」
《はい、直ぐ来て下さるそうです》
今回は、本物でした。
軒下からは呪物が、五寸釘を刺された藁人形が落ちており。
証拠となりそうな物は1つだけ。
五寸釘と藁人形の間に、人の名前が血文字で書かれておりました。
『林檎君』
「はい」
『書いてくれるなよ』
「先生にご相談させて頂きます、既に別の案件でお願いしている事も有りますし、偶に書きたがって貰いたがる方も居るので」
『そうか』
「先生が傷付かない様に配慮しますので、警察の方からも漏れない様にお願いします、脅してでも」
『あぁ、あの病院で殺されたくないのなら、本気で黙っておけ。とな』
「手段はお任せ致します、ありがとうございました、では」
『あぁ』
そして、会長と相談後、社では無く幽霊画の先生の家で落ち合う事に。
ウチも一枚岩では無いので、万が一を考え、安全策をと。
大丈夫でしょうか、迂闊に女性に手を出すと会長がお叱りになるのに、偶に手を出しては叱られて。
まぁ、もう何年も前の事ですしのね。
女医先生は中身に興味は無いと仰ってましたし、ご相談次第ですしね。
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