第2話 記者と女医。

 医療従事者において、医者と患者、看護師と患者の境界線を超えることは禁忌とされている。

 医療倫理違反だけでは無く、そもそも法律違反となる。


「ほう」

《元は、海外の有名な医師が、患者に手を出していた事が大々的にバレてしまった事が切っ掛けで法整備がなされたの。患者が医師に惚れるのは、良く有る事、寧ろ臨床心理学用語の転移性恋愛と言う状態になるのは当たり前だとされてるの》


「転移」

《そう、転移》


 自分にとって重要だった者への気持ちが、相談するウチ、治療される過程で目の前の相談相手への気持ちにすり替わる。

 転嫁、転移ね。


「その、世に言うトラウマ治療、とかだけでは無く」

《男性患者が看護師に惚れるって、良く聞くでしょう。アレ、母親に向けた気持ちが同じく世話して心配してくれる看護師へ、そう転移されて起きる事なのよ》


「あー、僕、健康優良児でして」

《ふふふ、良い事だわ、警官と医者の世話にならない方が良いのよ》


「確かに」

《そして、逆転移も起きる事が有る》


「逆、と言うと、医者が患者に惚れるんですね」

《そう、転移と同じく、誰かを重ねてしまう可能性が有る》


「まぁ、全くしないのも無理でしょうし、本当に全くされないのも嫌ですね。赤の他人の痛みだ、はいそうですか、じゃ心細くなるでしょうし」

《思ってても、出さないで欲しいわよね》


「ですねぇ」


《そして、決まりの事ね。医療従事者と患者が付き合ってしまうと、弱い立場である患者が悪用される可能性が高い、 しかも医師の客観的な判断が鈍る可能性まで有る。百害あって一利無し、生徒と教師も、それと同じよ》


「成程、確かにご尤も」

《これらの事が、もっと声高に広まれば良いと思うのだけれど、男社会だからなのかしらね?》


「そうした問題が横行しているなら、重大な問題だと思うんですが」


《ふふふ、悪用だけじゃなく、奥方への配慮だとも思うのよ》


「あ、そっか、モテモテだと心配になりますもんね」

《そう、しかも手術が立て続けに入って帰ったのに、浮気だなんだと騒がれたら離縁しちゃっても仕方無いじゃない?だから、上手く広まってくれないかしら、とね》


「先生にお声掛けする方への牽制にもなるでしょうしね、はい、是非弊社でも検討したいと思います」


《真面目ね》

「はい、真面目も取り柄の1つですから」


 可愛らしいわね、熱心に傾聴してくれて、真面目に手帳に書き込んでいる。


 そして風通しの良い小上がりで、冷えた麦酒を飲んで、熱々のおでんをつまんで。

 贅沢よね、あの勉強漬けの日々に比べたら、今はまだマシ。


《はぁ、良い店選びをしてくれたわね、風流で良いわ》

「ありがとうございます、知り合いの作家先生が今日はおでんだと仰ってて、良いなと思ったんですよねぇ」


《そうなのね、ふふふ》


「あ、じゃあ医師同士とか、医師と看護師なら良いんですかね?」


《まぁ、あまり良い事では無いわね、すんなり離縁で終われば良いけれど。そこで喧嘩でもして、果ては騒動に患者が巻き込まれてしまったら、下手をすれば人死が出てしまうもの》


「あー、それは嫌だなぁ、浮かばれないにも程が有りますよね」


《例えば、どんな組み合わせが最悪だと思う?》


「記者としては興味も込めて、患者と看護師と医者の三つ巴、ですかね」

《正解、看護師には看護師の繋がりや派閥が、医師には医師の繋がりや派閥が有るとしたら》


「そこに患者、うーん、ドロドロだぁ」

《ふふふ、そうね》


「そのお題で書いて、問題無いと思いますか?」

《警鐘となるなら良いと思うわ、ただ悪しき扇動になりそうなら止めて欲しいわね、双方に害しか無いもの》


「はい、そこを気を付けてご提案させて頂きたいと思います、もし仕上がりましたら検閲頂けませんか?」


《内容によるわね、怪談なら良いけれど、単なる恋愛って興味無いの》

「うー、あ、じゃあ、怪談が有れば先生へ。もし他のが有るなら、どなたかご紹介頂けますか?」


《そうねぇ、男性の看護師なら紹介出来るかも知れないけれど》

「是非是非、先生を外側からも内側からも取材したいので、是非お願い致します」


《じゃあ、ペンを貸して》

「はい」


《この男に、明朝、私の名を出して会ってみて。ただ受けるかどうかは別よ》

「はい、当たらせて頂きます。僕はもう帰ろうと思うんですが、先生もう1杯飲まれて行かれますか?」


《そうね、いえ、もう帰ろうかしら》

「ではお車の手配をしますね」


《良いの、ウチ近いから》

「ではお近くまで送らせて下さい、人目が有っても何が有るか分かりませんから」


《そうね、ありがとう》


 きっと、彼の恋人になる子は、幸せになれるのでしょうね。




「いやー、久し振りに女性と話した気がします」

『あら、アンタねぇ、私も女と言えば女よ?』


「明弘さんは明弘さんじゃないですか」

『急に芯を突く事を言うわね、まぁ許してあげるわ。で、何しに来たの?』


「企画の事なんですよぉ、外枠はかなり固まってるんですけど、中身がどうにもフニャフニャで」


『今の先生達には頼めないの?』

「いえ、寧ろどの先生に頼もうかなー、なんですよ」


『あぁ、まだ枠もちょっとフニャフニャなのね』

「ただしっかりした芯は有るんですよ、医療倫理に関してです」


『まぁ堅い、ガッチガチのバッキバキね』

「なんですけど、それとウチを併せるのに、どの先生に頼もうかなと。はぁ」


『それ、アンタとしては何色なのかしら』


「んー」

『それか匂いでも良いわね』


「消毒液と、ほんのりと甘いヨウドチンキと、ラムネですかね」

『ラムネ』


「健康診断とか予防接種の帰りに、ご褒美で買って貰えるんですよ、お菓子袋に入るだけのお菓子とラムネ」


『お菓子袋』

「あ、こう、ウチで作って貰ったヤツで。ご褒美用のお菓子袋、大・中・小と有るんですよ、で予防接種だ病院だとゴネずに終えられたら、中が貰える」


『あらじゃあ小は?』

「お手伝いを真面目に3回して小、もう少し貯めて6回で中、9回で大ですね」


『あぁ、純増するのね』

「そうなんです、しかもはみ出しても良い、口を閉めて3回振っても落ちなければ良いんで。大には玩具が詰められるんですよ」


『アレ、ズルいわよねぇ、玩具かお菓子か凄い悩むもの。って言うか金額じゃないのね』

「まぁ、袋の大きさ、小だとこの位なんで」


『あー、良く出来てるわねぇ』

「ですよねぇ」


『あ、そう言えば企画ね、偉い脱線したわ』

「何か足りないんですよねぇ、病院とウチがどうにも繋がらない」


『病院と言えば怪談じゃない』

「けど怪談から医療倫理に繋がります?」


『あー』

「かと言って、死人と恋だと、医療倫理の観点から微妙そうですし」


『そうねぇ、でもそこは作家先生の力だと思うのよ、意外な発想が出るんじゃないかしら』

「で、どの先生かなぁ、って」


『んー、やっぱり怪談作家先生じゃない?寧ろご相談なさってみなさいよ』

「ですよねぇ」


『気が進まないのね』

「ですね、企画物と言うより、自由に書かせた方が面白い先生なので」


『あぁ、そう言う人なのね』

「ですけど、先ずは相談してみます、意外と秘蔵のネタが有るかもなので」


『そうね、頑張って』

《はい》


 とは言ったものの。


『俺はね、しっかり行くべき場所の怪談ってのは書きたく無いんだよ、それこそ墓場に幽霊が出る。だなんてのはあんまりにも古典だ、それで墓参りが疎かになられてもこまる』

「はい、仰る通りで」


『ただ、ただな、それこそ寧ろ死人との恋だ。大切な者を病院で亡くす者も多い、俺は良いと思うけどね、死者も生者も幸せになるんならね』

「ですよね、恋愛作家先生に相談してみます」


『おう』


 そして恋愛作家先生へ。


《んー、分かるよ、医療倫理も混ぜたいってのはね。でも、だ、最近の売れ線は医者と患者だろう》

「まぁ、夢が有る、そうで」


《亡くした者なら兎も角、購買層は元気な世代だろう、となるとやはり患者と医者や看護師だ。患者同士だと、夢が無さ過ぎないかい?》


「お金持ちの患者さん、とか」


《そもそも、男女で区分けされてるって言うのに、どう知り合うんだね》

「待ち合い室的なのが有るそうで」


《しかも医療倫理を描けない》


「ぐぬぬ」

《分かるよ、君が望む作品の傾向は、けれども私には書けないよ》


「すみません、煮詰まって無くて」

《いやいや、アレを書けー、コレを書けーって言われるより何倍もマシだよ。そう言われて書いたって、あら売れませんでしたね、で終わりだ。あ、いっそ幽霊画が良いんじゃないかい、逆にだ、そこに詩を載せるとかはどうだろう》


「先生、流石です先生」

《いやいや、コレもあくまでも組み合わせの理論だよ、無いだろう所から発想しただけだ》


「ありがとうございます、向こうの先生にご相談させて頂きます」

《うんうん、頑張って》


 そうして、幽霊画の先生のお宅へ行く事に。

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