よく考えた末、婚約者に失恋魔法をかけました

uribou

第1話

 『青の魔女』シリンと言えば、今年春先の魔の谷スタンピードにおいて一躍名を知られるようになった、平民の魔法少女だ。

 多大な功績をもたらした彼女の技とチャーミングな笑顔は、多くの少年少女を虜にした。

 一方で『青の魔女』シリンの強大な魔力は、その存在の重要性をムナオロス王国の指導者層に強く意識させることとなった。


          ◇


「ねえ、師匠。どうしよう?」

「だからシリンは愚かじゃと言っとるのじゃ。観念せい!」

「ええ?」


 魔の谷スタンピードではあたし頑張った。

 あたしくらいの魔力の大きな持ち主になると、力を存分に発揮する機会なんて滅多にないじゃん?

 師匠にはほどほどにしとけって言われてたんだけど、ついテンション上がっちゃってさ。


 魔物を全滅させた時は達成感半端なかったわ。

 皆が褒め称えてくれるし。

 祝勝会で散々飲み食いして。

 すっごいいい気分で寝て、一夜明けたらえらいことになってた。


 何とか言う公爵様の息子さんの嫁になれって。

 正確には婚約者か。

 貴族は結婚の前に婚約するという慣わしがあるらしいから。

 つってもあたしまだ一三歳なんだけど?


「あたしの意見を聞かないなんて横暴な気がする」

「国なんて横暴に決まっとるじゃろ」

「ええ?」


 物事よく知ってる師匠でさえそーゆー認識なのか。

 色々振り回されてきたんだろうな。

 御愁傷様って、他人ごとじゃないわ。

 我が身に災難が降りかかっとるわ。


「シリンは可愛いのじゃ」

「うん、かなーり自覚してた」

「脳味噌のサイズの話じゃぞ?」

「何だとお!」

「若くて可愛くて強大な魔力を持つ女子が急に現れたとしようぞ。どうなるかくらい、頭を使えばわかるじゃろうが」

「だってえ……」

「だから手を抜けと言ったろうに」


 ぐうの音もでない。

 国が手放さないってことか。

 師匠が言うには、本来ならば王子妃に迎えられただろうということだ。

 適当な王子がいないので、王家に血統が近い何やら公爵家に、ということらしい。


「まあ仕方ない。王家よりは公務も少ないじゃろう」

「でもあたし、マナーとか社交とか、全然自信ない」

「わかっとる。しかし外国にも逃げられん」

「どうして?」

「国際問題になる。お主の魔力はそれほどまでに大きいのじゃ。シリンを巡る戦争が起きてしまう」

「ええ?」


 全然意識してなかったわ。

 あたしすご過ぎる。


「しかし悪いことばかりではない」

「どゆこと?」

「ウィルキーラッツ公爵家は富裕じゃ。シリンの好きな研究ができるかもしれんぞ?」

「あれっ? 魅力的だね」

「一方で社交に駆り出され、そのために早急にマナーを何とかせいという話になるやもしれぬ」

「師匠の意地悪!」

「まあ公爵家嫡男の婚約者じゃからの。普通に考えれば初日から礼儀作法漬けじゃわ」

「師匠の意地悪!」

「やり方次第じゃと言っておる」

「むーん?」


 やり方次第?

 公爵令息とあたしの婚約は国策絡みの政略だから、ないものにはできないと思った方がいいでしょ?

 令息だってあたしみたいながさつな平民は嫌だろうから、もう一人しっかりした貴族のお嫁さんをもらうことを勧めれば、衝突しなくてすみそう。

 で、あたしの研究が画期的で公爵家の名誉なり財産なりに貢献することを証明すれば、あたしのポジションも確立できるんじゃないかな?


「……うん、大雑把だけどイケる気がしてきた」

「やる気が出てきたのはいいことじゃ」

「頑張ってみるよ」

「逃げ道がないことは理解するのじゃぞ?」

「嫌なこと言うなあ。あっ?」


 王命なんだから、逃げ道がないのは令息側も一緒じゃん。

 つまり最初から機嫌を取って、ウィンウィンのビジネスライクな関係になっておけばいいのか。

 なんちゃって婚約者で全然構わないわけだ。

 師匠サンクス!

 令息との顔合わせまでにお土産用意しとこーっと。


          ◇


 ――――――――――ウィルキーラッツ公爵家邸にて。嫡男ネイト視点。


 魔の谷スタンピードのヒロイン、『青の魔女』ことシリン嬢が僕の婚約者なんだって!

 夢みたいだ!


 今春の魔の谷スタンピードは未曾有の国難になるって言われていた。

 人的被害ももちろんだけど、魔の谷から溢れた魔物が農地を荒らし、大凶作になることがほぼ確実とされていたから。

 暗い未来予想図に、誰もが沈んだ顔をしていた。


 ところが大魔道士ダルド師が魔道具による魔の谷の一時的封鎖を提言し、さらにはその弟子シリン嬢が考えられないような大規模魔法で魔物を一斉駆逐してしまった。

 完封だった。

 後の調査でも、被害はゼロと報告された。

 『青の魔女』すごい!


 シリン嬢が飛行魔法で王都中央広場にフワリと降り立ち、スタンピードは終結し問題ない旨宣言した時の、群集の唸りにも似た大歓声は今でも耳に焼きついている。

 シリン嬢の青い髪と瞳が輝いていたよ。

 皆が彗星のように現れた救世主に魅了されていたと思う。


 シリン嬢は僕にとっても憧れの存在だ。

 大人の事情により、シリン嬢みたいな大きな力を持った魔法使いが他国に流出するとよろしくないんだって。

 急遽有力者と婚約させようという運びになった。


 シリン嬢は十三歳。

 僕と同い年だ。

 王子は全て婚約済みだったから、僕に話が回ってきた。

 何てラッキーなんだろう!


 今日はうちで顔合わせということだったけど。

 あっ、来たみたい。


「いらっしゃい!」

「ネイト様、お招きありがとう」


 ああ、ニコニコしている。

 シリン嬢は何て表情豊かで可愛らしいんだろう!


「プレゼント持ってきたんだ。ネイト様、どうぞ」

「ブレスレット?」

「うん。ここに魔石が入ってるでしょ? 物理でも魔法でも一定以上の衝撃が加わると発動して無効化する魔道具だよ」

「えっ?」

「あたしが作ったんだ。一回発動すると魔石は壊れちゃうけど」


 すごくない?

 暴漢に襲われようが事故に巻き込まれようが、一回は無事ってことでしょ?


「こっちは替えの魔石ね」

「……随分たくさんあるね」

「魔の谷に行けばいくらでも落ちてるんだ。足りなくなったら言ってね」


 魔石は魔物一体につき必ず一個持つという。

 スタンピードで魔物をたくさん倒したから、回収しきれないほど魔の谷には魔石が転がってるってことか。

 でも普通の人は魔の谷になんか行けませんから!


「従士さん達もブレスレットと魔石どーぞ」


 あっ、僕だけへのプレゼントではないんだ。

 確かに僕を守る役割の従士にも必要だろうけど。

 何となくガッカリ。


「僕の方からシリン嬢へ。どうぞ」

「奇麗なお花だね」


 『花の女王』とも呼ばれるリリアルカの花束。

 美しい青がシリン嬢にピッタリ。

 花言葉が『永遠の愛を君に』で、これまたピッタリ。

 だけど……。


「ごめんね。花束って言えるほど本数は集められなかったんだ。それが残念で」


 リリアルカは人工栽培ができないって言われているんだ。

 あ、シリン嬢には気に入ってもらえたみたい。

 随分熱心にリリアルカを見たり触ったりしてる。


「ネイト様はこの花が好きなの?」

「好きだよ」


 だってまるでシリン嬢をそのまま花にしたような可憐さだから。


「育てるのがすごく難しいらしくて」

「だろうね。でもネイト様が好きなら増やそうか」

「えっ?」


 栽培するってこと?

 可能なの?

 シリン嬢がにこっと笑った。

 

 ――――――――――シリン視点。


 プレゼントで機嫌取ることには成功したかな?

 ふんふーん、掴みはバッチリ。


「僕の方からシリン嬢へ。どうぞ」

「奇麗なお花だね」


 鮮やかな青い花だ。

 あたしの髪とか瞳の色に合わせてくれたんだろうなあ。

 お貴族様なのに気を使ってくれるわ。


「ごめんね。花束って言えるほど本数は集められなかったんだ。それが残念で」


 あれ?

 マジで残念そうだな。


「ネイト様はこの花が好きなの?」

「好きだよ」


 ふうん?

 思い入れがあるのかな?


「育てるのがすごく難しいらしくて」

「だろうね。でもネイト様が好きなら増やそうか」

「えっ?」


 この花に触れた瞬間、ごくわずかにピリッとした感覚があった。

 生育条件に魔力を必要とする植物に共通する特徴だ。

 魔法薬作成に必要な一部の薬草も、同じ特性のものがあるんだよ。

 あたしは薬草を育てるのに成功してるから、多分この青い花も大丈夫。


 茎の部分を使ってみようか。

 花だけ折り取って、ネイト様の胸に挿した。

 うん、似合う。

 あっ、ネイト様赤くなってる。

 あたしに好感持ってくれてるのかしらん?


 いやあ、でもあたしは足りないものが多い平民だしな。

 スタンピード明けの印象が強いだけだろ。

 夢見ちゃいけない。

 ネイト様にこっそり魔法をかける。


 何の魔法かって?

 状態異常を解除する治癒魔法をカスタムしたものだよ。

 簡単に言うと、恋心とか憧れみたいな思い込みによる補正がなくなって、冷静に他人を見ることができる効果。

 あたしは失恋魔法って呼んでる。

 いや、必ずしも恋を失わせるってわけじゃないけどね。

 

 これでネイト様と理性的な付き合いができるんじゃないかな。


 あたしはネイト様の名目上の妻で、実質的な奥さんはどこかのちゃんとした貴族の令嬢であるべきだと思う。

 ウィルキーラッツ公爵家であたしは、魔術関連の研究をやらせてもらえればいいなあ。 


 ――――――――――ネイト視点。


「庭の一部を貸してくれる?」

「えっ? 普通に植えるの?」

「秘密兵器があるんだ。じゃーん!」

「何これ?」

「これは地中の魔力量を調節する魔道具だよ」

「随分大きな魔道具だけど、どこから出したの?」

「収納魔法でしまってあるんだよ。魔道具は危険なものもあるから、盗まれたりするとよろしくないの。収納魔法なら安心」


 シリン嬢は一々すごい!

 あれっ?

 でも僕の心が凪いでる気がするな。

 実際にヒロインに会って満足しちゃったんだろうか?


 あっ、そんなことないわ。

 生き生きと庭師と話している様を見るとドキドキする。

 シリン嬢は可愛いだけじゃなくて、いろんなことを知っていてすごいなあ。

 世界的大魔道士ダルド師の唯一の弟子だもんな。


「これでよし。時々様子見に来るね」


 今日の顔合わせはこれくらいか。

 最後ににこっと笑顔を見せて帰っていったシリン嬢。

 改めて魅力的だなあ。


          ◇


 ――――――――――二ヶ月後、ウィルキーラッツ公爵家邸にて。シリン視点。


 おかしい。

 何でだろ?

 会うたび失恋魔法をかけてるのに、一向にネイト様の態度が変わらない……ように見える。


 あたしの魔法が効かないわけはないから、内心を外面に表さないようにしてるとゆーことか。

 高位貴族の令息ともなると大したものだなあ。

 尊敬するわ。

 あたしみたいな下賤の者に対して丁寧だものなあ。

 こっちが意識しちゃうわ。


 おまけに父ちゃんの公爵様が大歓迎してくれるのだ。

 あのリリアルカとかいう青い花はすごく需要があるんだそうな。

 マジで栽培に成功したから、産業化したいんだって。


 どーぞどーぞ。

 ウィルキーラッツ公爵家とはいい関係でいたいし、あたしは商売については伝手がないから。

 ついでに同じく栽培に魔力条件が必須の薬草のことを話したら、文字通り小躍りして喜んでたわ。

 製薬事業を起こせるって。


 あたしの魔道実験には全力で協力するって言ってくれた。

 わあい、嬉しいな。

 転移装置の研究ができるわ。

 師匠にも手伝ってもらお。


「シリン嬢はネイトと同い年であろう」

「はい」

「来年どうするか、考えておるかな?」

「は?」


 来年って何かあったっけ?

 ネイト様が言う。


「貴族学院高等部入学の年でしょう? 僕と一緒に通いましょうよ」


 貴族学院って、初等部に通ってなくても途中から入学できるんだ?

 いや、まあウィルキーラッツ公爵家の力があればムリなことないか。

 学院高等部の図書館は、ムナオロス王国一充実していると聞く。

 優秀な教諭もいるだろうから、興味はあるけど……。


「あたしとしては貴族学院で学べるのは嬉しいよ。でも迷惑じゃないのかな?」


 高等部は学習内容も高度だけど、貴族としての人脈形成が重要らしい。

 ネイト様はどこぞの令嬢と仲良くなって、愛を育むべきじゃない?

 名前だけ婚約者のあたしがいると都合が悪いような。

 平民をゴリ押してると思われると、公爵家によくない影響あるかもしれないし。


「全く迷惑などということはありませんぞ!」

「では高等部は一緒に」


 何で喜んでもらえるんだろ?

 あたしの知識が増えれば、よりウィルキーラッツ公爵家に利をもたらすからってことかな?

 期待に応えて頑張るよ。


「じゃあよろしくお願いしまーす」


 うん、今のところうまくやれてるからいいや。


          ◇


 ――――――――――その夜。ネイト視点。


「ネイトはどう思う?」

「は?」


 何がだろう?

 ちょっと父上の質問の意味がわからないんだけど。


「シリン嬢のことだ」

「シリンの何か、問題が?」


 僕は『シリン』って呼ぶようになった。

 相変わらずシリンに会うとまったりしちゃう気はするけど、会えない時間はソワソワしちゃう。

 何なんだろうな、これ?


「明らかに遠慮しているだろう。ネイトは感じぬか?」

「……感じます」


 父上の言う通りだ。

 シリンはわざわざ距離を置こうとしているように思えるんだよね。

 最初からフレンドリーだった割には、親しくなりきれない気がする。

 気まぐれな猫を相手にしているみたい。


「根本に貴族と平民ということがあるのだと思うが」

「おかしいではないですか。僕との婚約は王家の要請であり、国民皆が祝福していることでしょう?」

「うむ……考えられることがある。あくまで俺のカンだが」

「はい」

「ネイトとシリン嬢の婚約は政略だろう?」

「つまりシリンにとっては意に染まぬ婚約であったと?」

「それがあり得る解釈の一つ」


 確かに。

 でもシリンが嫌がってるようには思えないんだけどなあ?

 リリアルカが根付いた時は大喜びしてたし、普通にニコニコしながら遊びにくるし。


「他に解釈の仕方がありますか?」

「ネイトがこの婚約を喜んでいない、と思われている可能性だな」

「ええ? そんなわけないでしょう!」

「もちろん俺はネイトがシリン嬢のファンで、婚約を望んでいたことを知っている。家でしょっちゅうシリン嬢を話題にすることも。ただネイトの思いをシリン嬢は知っているとは限らぬ」

「だからって……」

「いや、ネイトお前、シリン嬢がいる時妙に大人しいではないか。何故だ? 格好つけているのか?」

「……わかりません」


 父上が疑いの目で見るけど、本当なんだって!

 何故かシリンがいるとテンションが下がっちゃうの!

 ああ、それが原因なのか?

 悪いの僕じゃん!


「次シリン嬢に会う時、謝罪しておくのだぞ」


          ◇


 ――――――――――三日後、ウィルキーラッツ公爵家邸にて。シリン視点。


「……というわけなんだ。シリンが不安に思ったかもしれない。ごめん!」


 ネイト様に謝られている。

 ネイト様の態度がつれなく見えたんじゃないかって。

 そのためにあたしが委縮してるんじゃないかって。

 違うの!


「ネイト様ごめんなさい」

「いや、僕が悪いんだ。シリンに会うと、どういうわけか自分の気持ちを素直に前に出せなくなってしまって……」

「あたしが失恋魔法かけてたからなの」 

「しつれ……えっ?」


 ポカンとしてるわ。

 わけわかんないだろうからな。


「やっぱりあたしは貴族じゃないので……」


 いずれネイト様があたしを不満に思うんじゃないかと思ったこと。

 この婚約がダメになることは許されないだろうし、国のためにもよろしくないだろうこと。

 だったら最初から割り切った関係の方がいいと考えたこと。


「あたしはスタンピードで持ち上げられたから、ネイト様も舞い上がっちゃってたと思うんだ」

「それで僕の目を覚まそうと、失恋魔法を?」

「うん……でもネイト様いい人だから、あたしも好きになっちゃって」

「バカだなあ」

「ごめんなさい」

「どうせなら魅了魔法をかけてくれればよかったのに」

「えっ?」


 ネイト様に抱きしめられた。

 えっ?


「僕はシリンが婚約者に決まった時、本当に嬉しかったんだ」

「そうなの? 何で?」

「輝いていたからかな。シリンが空から舞い降りた時、勝利をもたらす天使のようだと思った」


 ネイト様褒め過ぎ。

 恥ずかしい。


「僕は凡人だから、シリンに愛想尽かされちゃうかもしれないけど」

「そんなことないよ!」

「でもシリンの不安を理解できて嬉しい。シリンが僕との関係を真剣に考えてくれてたことが嬉しい」


 ああ、いい人。


「人間だもの。完璧なんてことはないんだなと思ったよ」

「……うん。あたしも頑張るね。ネイト様の婚約者として恥ずかしくないように」

「シリンはスーパーヒロインだから、本当に気にし過ぎだって」


 そうなのかなあ?


「シリンとの間を邪魔するやつには消えてもらう」

「物騒だけど、その時は手伝うね。ネイト様が婚約者でよかった」

「もう、ぎゅっとしちゃうよ」


 信じていいみたい。

 あたし達にはまだ先は長い。

 足りないところを埋めていけばいいんだ。


 ネイト様と目が合った。

 距離が近い。

 今後ともよろしくお願いします。


「ところでシリンは魅了魔法を使えるの?」

「えーと、師匠に魅力的だって言われてる技なら」

「僕に試してみてくれる?」

「にこっ!」


 あたしの笑顔を食らえ。

 あっ、ネイト様赤くなった。


「……その技は、僕以外に使わないように」

「うん、わかった」


 あたし達はきっとうまくやっていける。

 そう信じられる日になった。

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