1-1 新人刑事の来店

閑静な住宅街にポツンと、ある喫茶店があった。


 店の名前はカフェ・ド・クリシェといい、若い女店主が店を切り盛りしている。


「ここだ。先輩のいってた喫茶店」


 肌寒い冬の日、新米刑事が喫茶店カフェ・ド・クリシェにやってきた。




 チリンチリン__


 備え付けのドアベルが来店を告げる。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 店主に促され、唯一の自分以外の客との間に一つ席を空けて座る。


 穏やかなクラシックが流れる店内、店主であろう女性はお絞りとお冷やをメニューと共に新米刑事、日乃屋 真子ひのや まこの前に置く。


「注文が決まりましたら、お声がけください」


「あ、はい」


 お絞りで手を不幸と思って持ち上げてみれば暖かかった。


 もう春だとはいえ、まだまだ寒いこの時期に暖かいお絞りはありがたかった。


  メニューを見てみると色々と乗っている。


 こだわりが強いのか、様々な種類のコーヒーを取り揃えており、ランチ、軽食、デザートまで、乗っている写真はどれも手が込んでおり、腹の虫を誘惑する。


 ここに来るまで、ずっと走り回り、朝から何も食べていない真子の腹は限界だった。


 仕事で来てはいるが、時間がかかるものだから多少の注文をしなくては、お店に迷惑がかかってしまう。


 そんな言い訳を並べて、メニューを吟味する


 ……決まった。


「あ、あの……」


 コップを黙々と拭いている店主に控えめに声をかける。


「はい。ご注文、お伺いします」


「えっと、ホットのミルクティーと卵のサンドイッチ、あとコーンスープをお願いします」


「ミルクティーと卵のサンドイッチ、コーンスープですね。かしこまりました」


 店主は真子の注文を聞くと奥に引っ込んでいった。


 奥は厨房になっているのだろう。


 コトコト、トントンと心地よい音が聞こえてくる。


 いくらかして、注文した品が運ばれてきた。


「ミルクティー、卵のサンドイッチ、コーンスープでございます」


 音を立てずに置かれた食器達、ミルクティーやコーンスープからは湯気が立ち上ぼり、湯気にのせられた香りが食欲を刺激する。


「いただきます!」


 手を合わせて、店主の微笑みをうけとり、深めのお皿に入って湯気を立てているコーンスープから手をつけることにする。


 先輩は、ここの料理はなんでも美味しいと言っていたが、本当なのだろうか?


 熱々のコーンスープをスプーンで一口掬って食べてみる。


 味はたくさん生クリームを使っているのか優しくマイルドで、寒い時期に温かいスープを飲んでいるからなのか、どこかホッとするような飲み心地だ。


 甘さも甘過ぎず、甘くなさすぎず、ちょうど良い感じで飲みやすい。


 しかも具であるコーンがたくさん入っているのがうれしい。


 お次はサンドイッチである。


 パンは柔らか目でしっとりとしていて食べやすく、少し甘い。


 具の卵はマヨネーズと良い案配に混ざっていて、白身の部分はそこまで細かく切っていないようで具のぞんざい感と食間の豊かさがある。


 具は卵の色が濃いだけあってコクがあるし、混ぜているだろうマヨネーズも優しい味をしていて、とても食べやすい。


「ふぅ……」


 ミルクティーを飲めば豊かな香り、それと濃厚な味が口のなかにひろがある。


 コーンスープとは別の、ホッとする味だ。


 渋くもないし、甘すぎない、優しい味わいだ。


 先輩がここの料理は美味しいと言っていたけれど、本当に先輩の言葉の通りサンドイッチもコーンスープもミルクティーも美味しい。


 仕事が無くても、料理目当てで通いたいぐらいだ。


 美味しいご飯をあっという間にペロリと間食した。


 ホクホクとしていると、一声かけられて食器は回収されていった。


 ミルクティーを飲んでホッとしていると、私以外の唯一の客が話しかけてきた。


「お姉さん、美味しそうに食べるね〜」


「え?そうですか?」


 唐突に声をかけられるとは思っていなかったので、変な声が漏れてしまった。


「うん。スッゴい表情に美味しいって出てたよ」


「あらら……」


 刑事なのに表情に出てしまうとは……。


 いや、ここは事件現場でもないし犯人の前でもないから別に良いんだけど……。


「警察の人なのに、そんなわかりやすくて良いの?」


 一瞬、息が詰まった。


 この青年、なんで私が警察の人間だと知っているのだろうか。


 私は警察の制服を持ってはいるが今は制服を着ていないし、普通のスーツと鞄を持っている。


 それに私はこの青年にあったことはなかった。


 見たところ大学生あたりだろうか?


 今日は休みなのか、ずいぶんとゆっくりとしている。


 童顔であるが、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせ、こちらを観察するように見ている。


 私の知り合いに大学生はいないはずだ。


「……なんでわかったんですか?」


「店長が教えてくれたんだよ。横溝警部の後輩が来るってね」


 横溝警部とは私の先輩で、ここに来るよう指示した人だ。


 あの人、事前に連絡をいれていたのか。


 横溝先輩のことを知っているってことは、この青年は常連客なんだろうな。


「にしても、こんなに若い人が来るとは思わなかったな。男の人が来ると思ってたよ」


「後輩が来る、としか連絡がなかったものね」


 ぬっと、平たいお皿を片手に店主さんが現れた。


 しゃべり方が私とは違い、青年がただの常連客ではないことがすぐにわかった。


「パンミミラスク食べる?」


「食べる〜!」


 さっきまでの雰囲気はどこへやら、子供のような大袈裟な反応で大盛りのラスクの登場を喜んだ。


「お客様もどうですか?」


「私は、いいです」


「そうですか」


 一瞬迷ったが、これ以上食べて太りたくないのでやめておくことにした。


「まぁ、横溝警部からの連絡なくても警察の人だってわかったけどね」


「え?」


「左手の時計、頑丈なのでしょ。あと脇、膨らんでるから拳銃」


 青年に指摘されて脇を押さえる。


 そこには確かに拳銃がホルスターに収まっていた。


「本当に、なんでわかったんです?」


「僕は七草 雛蜜ななくさ ひなみつ。探偵やってるんだ」


 そういって、ラスクを口に運んだ。


 探偵、人生ではじめて遭遇した。


「私は警視庁捜査一課強行犯二係の日乃屋 真子と申します」


 自分で名乗って、ここに来た目的を思い出す。


 今まで食事と青年に気を取られていて、すっかりと忘れていた。


 私がここに来た理由、それは喫茶店カフェ・ド・クリシェの店主である久能 静香くのう しずかの手を借りるためである。


 横溝先輩には“カフェ・ド・クリシェの力を借りてこい”と言われたのは謎で、久能静香の力を借りてこいと言う解釈であっているのかは不安が残る。


 横溝先輩、たまに言葉が足りないときがあるのだ。


 そこら辺はともかく、本題には入らないと行けない。


「あの、どうか我々の捜査に協力願いませんか?ある事件が難航していて、他の場所でも事件が起きているのであまり手をまわせなくて……」


「横溝警部から伺っていますよ。私、喫茶店カフェ・ド・クリシェの店主である、久能静香と雛くんがお手伝いします」


「え?七草くんも、ですか?」


 衝撃に発言におうむ返しのようになってしまう。


「えぇ、雛くんは若いですが立派な警察の協力者ですからね。とても頼もしいんですよ」


「ふふ〜ん。すごいでしょ」


 店主さん、基、久能さんの言葉に七草くんは自信満々のドヤ顔を披露してくれた。


「あ、でも、私は役に立てないと思いますよ。凡人ですから」


「でた、自称凡人」


「?」


 もしかして、横溝先輩が言っていた“カフェ・ド・クリシェの力を借りてこい”って、カフェ・ド・クリシェの人たちの力を借りてこいって意味だったの?

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