『眠れぬ夜のスケッチ集』

小田舵木

1.『明日、世界が終わるの』

「明日、世界が終わるの」君はベッドの上でそう言って。

「ああ。いつものヤツかい」と僕はこたえる。

「そうじゃないの」君はそう言うけれど。

「聞き飽きてるんだよ」僕はそう言う。

 

 僕の家のベッドの上。

 僕と君は向かい合って寝ている。

 シングルベッドに2人は少し狭い。でも君は何時だって僕をベッドにいざなう。

 いわく「1人では寝れない」んじゃあ、一人暮らしの君はどうやって寝ているのか?

 答えて曰く「くまのぬいぐるみが居るから」

 僕は「くまのぬいぐるみの代わりなのかい?」って尋ねたけど。

 芳しい返事はなかったっけな。

 

 僕はベッドから抜け出す。

 ベッドの向かいには窓があって。月明かりが部屋を満たしてる。

 ベッドに一人残された君は不満そうで。

「何処いくの?」と尋ねてくる。

「煙草だよ」

「ベッドで吸えば良いじゃない」

「不始末で部屋が燃えるのはごめんだね」

「換気扇の下で吸ったって無駄だよ」

「無駄な抵抗なのは分かってるさ」

 

 僕はベッドのある部屋を出て、キッチンに向かって。

 換気扇の下で煙草を吸う。

 広がる紫煙。その煙は君の居る方へと向かっていって。

 君は不満げな声を漏らす。申し訳ない。でもココは僕の家な訳で。煙草を吸うのは勝手なのだ。

 

「で?明日、世界が終わるって?」僕は幾度も問うた事を尋ねて。

「そ。明日、世界が終わるの」

「どっかのバカがドゥームズデイ・デバイス終末装置でも炸裂させるのかい?もしくは巨大質量の隕石が衝突でもするのかい?」

「そのどっちでもない」

「んじゃあ?」

「明日、私は死のうと思うわけ」

「あーあ。始まったよ」僕は思う。君が自殺をほのめかすのはいつもの事だ。

「明日は本当に死ぬ」

「って言ってだ。幾度僕を脅して来たことか。もう仕事休んだりしないぞ」

「後悔するわよ?」

「しないね。君は明日の夜だって生きていて。同じような事を僕に言う。これは当たる予言だよ」

「いいや。明日、私は死んで。私を中心とした世界は終焉を迎える」

「で。それに巻き込まれて僕も死ぬってかい?」

「さあね。貴方あなた次第じゃないかな」

「僕はね。君が死のうが存在し続ける」

「そんなに私が大事じゃない、と」

「試し行動は止せよな」

「子どもの駄々じゃない」

「子どもの駄々じみてる。本当に死ぬやつってのは黙って死ぬもんだ」

「それはそうかも知れない」

「納得するのかい」僕は呆れる。2本目の煙草に火を着けながら。

 

 2本目の煙草が中程まで燃えると。

 君はベッドから起き出して。キッチンへと向かってきて。僕の隣に座る。

 

「煙草、頂戴よ」

「コイツも自殺みたいなもんだよ」僕は言う。喫煙なんて命に火をつけて燃やすようなモノだ。

「いいの、いいの。明日死ぬから」

「はいはい」僕は煙草を渡して。君は煙草を咥えて、火を着ける。

 

 しばらく僕たちは黙って煙草を吸う。

 君は軽く咽ながらも煙草をしっかりと吸って。

「美味しくないねえ」と呟く。

「そういうモノだよ」

「なんで煙草なんて吸ってるのさ?」

「ニコチン中毒だからだよ」

「ジャンキーめ」

「何かに依存してないと生きていけない体なのさ」

「私の2倍は不健全だね?」

「そりゃね。生きてりゃ不健全になっていく」

「それは一理あるかもね」

「君の死にたがりだって似たようなものさ」

「そういうモノかな?」

「だと思うけどな」

 

 僕たちは煙草を吸い終えると2人で部屋に戻って。

 ベッドの上に腰掛ける。

 なんとなく眠気は去ってしまったのだ。

 

 月明かりが君を照らす。

 黄身がかった明かりの中の君はぼんやりとしていて。

 気がついたら消えてしまいそうではある。

 でも。体温はあって。君は確実にこの世に存在している。

 多分、明日だって。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る