先輩と後輩、たまにグロ

ご飯のにこごり

第1話 先輩と後輩

おーい、おーいと声をあげるのは最前を歩いていた男衆だった。山道は女には辛い、だが姉として、ただ一人の家族として歩かずにはいられない。やがて声は絶叫へと変わる、ただの行方不明者の捜索だった。そのはずだった。眼前には燃え上がらんばかりの赤が広がる、前を歩いている男たちの顔のあれこれだけが喋り出しそうに、見つめたそうに、土の匂いでも嗅ぐように地面にへばりついている。それの持ち主はまだおーい、おーいと音を鳴らす、亭主関白が見てとれる呼び方で女を、私を、妹を探すのなんてそっちのけで呼んでいる。私にもおんなじ目にあってほしいみたいに、顔を剥がされて死ねって言ってるみたいに呼ぶ。みんな呼ぶ。誰ともなしに呼んで、目のない瞳に理不尽に死をねじ込んで黒い塊に食べられる。黒い塊は爪で、牙で男達をみんな食べ終わると、私目掛けてにじり寄ってくる。止まる事を知らないそれは私の肋骨、腕、足関係なしに折る。折られた腕からは骨が飛び出してまた赤が水溜まりを作る。気持ち、黒い塊も笑っているようで、私は今までなに一つ自分で決めてこなかったな、笑われていじめられてばかりだった事を思い出して泣きたくなるのに恐怖で涙が出ない。歯は寒さからかそのほかの理由からかガタガタ音を鳴らし心とは裏腹に目に映る黒を挑発する。こんな時に頭を駆け巡るのはお見合いの日、妹が泣いていた事、笑っていたこと、夫になる人にお姉ちゃんをお願いしますと言っていたこと。そのあと二人で気まずくて、でもその気まずさすらも心地よくて結婚したこと。妹と夫が浮気をしていたこと。結局復讐したいがために山に入って、今こうなっていること、そのほかの今までの短い、16年の人生、父の暴力、母との死別。動かなくなった足が痛い。首を起こし足を見る、もう足なんてなかった。だけど痛い。足首が痛む、足首なんてもう両方ともないのに。痛みが意識の糸を引いている。はらわたに目をつけた黒い塊は爪で丁寧に、腹をさくと飛び出さんばかりの果実を貪る。私まだは死ねない、絶叫をあげてもやまびこにもならずに血がこぼこぼと叫びの邪魔をするばかりだ。鼻からも血が流れて、ただでさえ白い顔が死を待っているみたいにさらに白くなる。どうせなら妹を殺してから死にたいと思った。私を今美味しそうに食べる彼にでも食い散らかされてその辺に捨てられて、浮浪者の性欲処理にでも使われてしまえばいい。顔は可愛かった、性格は最悪だった。やかましい口も大きく綺麗な曲線も全部嫌いだった。だけど、死体になってしまえばいい所しか残らない、男を楽しませる死体の娼婦にでもなっていればいい。そうなるのはきっと私、全部自分のことのようだった。自分の事だった。私に肉欲をぶつける黒い塊、取り出した子宮を見せびらかすように恍惚とした表情で見つめる黒い塊、そしてそれを食べる、するりと私の喉元に噛み付いた。体がびくんと跳ねる、腹は空っぽ、たちあがる足なんてもうないのに私の心臓はしぶとく、止まってはくれない。塊は私の乳房を撫で、赤子が母への愛をぶつけるみたいにしゃぶりつく。黒い塊はまたいきりたったのか、私の腹に空いた空白を愛した。空白に欲が混ざると私の心臓はやっと動きを止める気になったようで緩やかに死への歩みを始める。その前に塊は私の唇を愛した、舌を絡めることもできない私を気にもとめない接吻、それが終わると右の目玉をさも当たり前のようにくり抜くと飴玉でも転がすみたいに口の中で踊らせた。黒い塊は性欲だった。そして目に開いた空白を愛すと私の心臓を丁寧に丁寧に取り出して眺め、また口に運んで美味しそうに食べた後、私の脳は緩やかな死を受け入れるように残った左目の灯を消した。最後に脳から出た言葉は愛していた、だった。


酷い死体を見つけた。抱いた。抱いた。抱いた。それは何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。何かを言い返してくれるまで、私はどこの誰でどういうわけでここで死んでいるのか。どうしてこんな死に方をしているのにどうしてこんなにも美しい死に顔なのか、女一人で何をしていたのか。聞きたいことは山ほどあった。だけどあまりの快楽に聞きたいことなんて全て、情報なんて性欲の糧にしかならなかった。ぷらぷらとちぎれそうな首筋を撫でると自分が殺してしまったような錯覚で罪悪感とともにまた興奮した。それすら糧で肥料だった。苦しんだことがよくわかる唇にキスをすると血の味がして行き場を失った無駄な血が身体の中から溢れ出てくる様子を想像するとまた愛おしくなった。そしてこれを作った生き物もこの愛おしさを抱いたのだろうなと思うとどうも他人な気がしなくて親近感と感謝が湧いた。最後に綺麗な乳房をポケットから出したタチバサミで切り落とし両手いっぱいの金塊を抱えるみたいに持つ、眺めた後元の死体の胸に針で、糸をとめると俺はその場を後にした。


僕は死体を見つけた。蠱惑的な死体だった。先駆者の後が痛々しかった。僕はきっとこの死体に救いを求めてきた、これに出会うために今まで生きてきたのだ、そう思った。美しい女だ、死んでしまったのがもったいない。僕は瞳があるはずの空洞の頭蓋をトンカチで砕き挿入した。脳が僕を包むと彼女が僕を心から受けてくれているような錯覚に陥る。そんなわけはないのにそうだと思せる何かがあった。

僕は事が済んだ後、これ以上彼女がほかの獣たちに汚されるのが許せない、そう思い家へと連れて帰った。腐臭と性欲と血の匂いは瞬く間に僕の家を彼女の家にしてしまった。それがたまらなく嬉しくて僕はまた彼女と愛し合った。


人間の剥製が作りたい、と思った。腐っていく彼女をあんじてではなくてただ自分のために、いつまでも一緒に居られるように。すぐに僕は裁縫屋を呼んだ。家につき死体を見た裁縫屋はあっ、と小さく声を漏らす。僕はもちろん知っていて呼んだ。誰だって気づく胸の刺繍糸、僕は脅すでもなく嬉しくなって裁縫屋に、人間の剥製が作りたいんです、と言った。彼は顔をしかめたがやはりどこか嬉しそうだった。

 そりゃそうだろう、美しい死体が永遠になるのだから。

 内臓は抜かれているのでわたを詰めるだけで済むと男は言った。3人きりのへや、聞く耳は4つしかない。口元の血をこぼしたスープを拭き取るようにハンカチで拭う。僕はキスをする。男は頭を割って脳みそを掻き出している。自分の出した欲も一緒に流れ出て、どこか悲しそう。僕ももちろん悲しかった。脳みそは男が一人で食べた。

 骨の出ていたところはノコギリやらヤスリで削り取り戻せそうなところは体に戻して、目の穴には作り物を入れた。より一層本物の瞳が美しく輝いて見える。


完成した剥製は有り体に言えば彫刻のようで、どんな作り物よりも美しかった。足がなくて赤いアクセントがついているのなんて最高で僕を昂らせる。背骨を串刺しにして立たせてあるそれは処刑された聖人のようで倒錯的な美しさだった。何度だって言おう美しい。美しい。僕に出会ってくれてありがとう。許せない男にさよならを。僕は台所に走る。包丁を片手に玄関で靴を履く男を刺し殺す。おまえはいらない、少女の死体を汚した僕以外の人間、男、獣なんて生きている意味がないみんなみんな、汚していないやつもみんな死んでしまえ。声なんて、唾液なんて、涙なんて流すな汚れたドブ野郎が。とっくに死んでいたそれはあとは排泄物を吐き出す汚い袋になってしまった。僕は嬉しい。二人になれたことが嬉しい。近くの川に男を捨てて、剥製の少女の固まっていない柔らかな髪を撫でる。腹の縫い後、糊で粗く固められた皮膚。僕は少女を押し倒してその上に乗る。まだ固まり切っていない。触ると柔らかい。その腹を開く。空洞だった。わただけがある。僕は首を切った、自分の首を血で彼女が満たされるのを嬉しく思う、それを最後まで見られないのは残念だけど。


君はいつも誰かを傷つけようとしているね、と先輩は言った。この剥製にされた女の子のモチーフはもしかして私かい?いつもながら歪んだラブレターだね。と言う。


僕は先輩のことが好きだ。この物語の女と同じように愛してやりたい、とずっと思っている。


付き合いたい?

もちろん。


先輩はカバンから刺身包丁を取り出し僕に殺して見せろと言わんばかりに手渡した。

僕は迷わず先輩の目を深く刺した。脳が脈打つ、僕は震える。興奮している。先輩は地面に倒れ込むと何かを訴えるように痙攣を始めた。心臓に耳を当て、胸を撫でる。まだ鼓動も息すらある。意識はない。包丁を引き抜き僕は空を掴もうと無意識ながらにもがく先輩を見つめる。ああ大好きです先輩。僕も後を追います。すぐに。瞳はすでに人形と変わらないように物を写す機能を失っている。だけど僕と先輩は相思相愛で見つめ合っていた。心臓がうるさい、心臓を刺した。包丁を伝うのは弱くなっていく鼓動、口からは下手くそな呼吸の真似事、僕は先輩のだらりと垂れた右手を掴み恋人繋ぎのようにする。胸から包丁を抜き僕は首を切る。胸からは行き場を失った心が溢れていた。それは僕へと向けられていた。


腕を上げたね。後輩。


ありがとうございます。


私を殺しておしまいじゃないのがいいね。


そこ、こだわりポイントです。案外寂しがり屋ですよね。


じゃあ付き合うかい。


はい。


私君のこと好きみたいだよ。


そうなんですか。ありがとうございます。


じゃあよろしく。


はい。


約束してくれる?一人では死なないって。


やっぱり先輩寂しがり屋ですよね。


いいや。そんなことないよ。


僕のカバンにも先輩のカバンにもあんな恐ろしい刃物は入っていない、あってもハサミかカッターナイフくらいで大部分が教科書やノートだった。

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