帰省ラッシュ

クロノヒョウ

お帰り





 暑い夏の日だった。

 僕は海に飛び込んだ。

 どうしても海の中に入りたかった。

 ゆっくりと静かに海の底へと沈んでゆく。

 僕はこの大きくて広い海に身を任せた。

 このまま僕がいなくなったところで誰も悲しまない。

 この小さな島の浜辺で目覚めた僕には記憶がなかった。

 自分が誰なのかがわからなかった。

 それから僕はこの堤防から毎日海を眺めていた。

 そうだ。

 僕はずっとこうしたかったんだ。

 僕は海に沈みながら周りを見てみた。

 小さな魚の群れがたくさんいる。

 みんな楽しそうだ。

 青い海に太陽の光がキラキラと反射して綺麗だった。 

 あれ?

 海の中なのにぜんぜん苦しくない。

「あっ」

 そう思った時、僕の目の前に男の子が現れた。

 あの子だ。

 毎日あの堤防から見ていたあの子。

 いつも海の中を自由に気持ちよさそうに泳いでいた男の子。

 男の子は僕の周りを泳ぎながら近づいてきた。

 そして僕の手を掴んで引っ張った。

 僕はそのまま男の子と一緒に海の中を泳いだ。

 すごいスピードだった。

 でもぜんぜん苦しくなくて、とっても気持ちよくて。

 気がつくと僕の足は男の子と同じような魚の形になっていた。

「わ、見て!」

 僕がそう言うと男の子は止まってから、僕を見てにっこりと笑った。

 そして「お帰り」って、男の子が僕にそう言ったんだ。

 それから僕たちはまた海の中を自由に泳いだ。

 僕が思っていたとおり、いや、それ以上に海は広くて大きくて、とっても素敵なところだった。

 どれくらい泳いだだろうか。

 気がつくと、僕たちの周りにはたくさんの仲間がいたんだ。

 この魚の群れと同じくらいにたくさんの仲間がね。

「これは?」

 僕が聞くと男の子はまたにっこりと笑った。

「海に帰ってきたんだよ」

 陸に上がって足を生やした仲間たちも、夏になるとなぜか海に帰ってくるらしい。

「みんな仲間だったんだ」

「そうだよ。みんな仲間。みんな忘れているだけ」

 僕たちは水面から顔を出してみた。

 海の中にも浜辺にもたくさんの仲間がいた。

「お帰り」

 僕は仲間に向かって叫んだ。

 誰も僕たちには気づかないけれど、みんな本当に楽しそうだった。

「でも、みんな陸に戻っていく」

 男の子が少し寂しそうな顔をして言った。

 だから今度は僕が、男の子の手を掴んで引っ張ったんだ。

「僕はもう、あそこには戻らないよ」

 僕は男の子とまたこの大きな海の中を泳ぎはじめた。

 思い出したよ。

 僕の、みんなの故郷はこの海だったんだ。

「ただいま」

 僕がそう言うと、男の子は嬉しそうな顔をして笑っていた。







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