第58話 焼却炉へ

 かん高い声が響き渡る。空気の振動が揺れ動き、鼓膜の神経信号へと伝わった。諧声かいせいは波及し調和された馬達は、帰る場所を目指した。


「セーレ様。私は貴方様を崇拝しているのです。妄想でなく、いつでも貴方様の声が聞こえているのです」

「誰、あれ?」

「…私のストーカーよ」


 セーレの近くにいたシルカは、返答を聞くと変化し始める。髪の毛先がクルクルと逆巻き、瞳が金色にはならなかった。「私が決着を付ける」と右腕を水平にし、シルカの動きを制したからだ。


「セーレの頼みでも引かないよ。我儘はさっきのお願いで終わりだよ。うちにはわかる。洗脳の力、弱まってるよね? もう休むべきだよ」

「シルカ、ありがとう。しつこい男への執着を消せるのは、私にしかできないから、任せてほしいわ」


 納得ができず、少しむくれた顔をする。「うちの爆発なら一瞬で終わる」という言葉を受け止める。彼女にとっては畏れるものと向き合うのは、当たり前だった。何を言われようが、言論の自由を謳って、その影響を受けた人達を正しく導く。「これはクライにも言われた」ことだ。


「私が貴方を導いてあげるわ」

「やっとご理解いただけましたか。私は嬉しいです。さぁ、御一緒に教団へ……」

「えぇ、ここで終わらせるわ!」


 足を前に走り出した。不意に兄を失ったときに、脳裏に焼きついた冷やかな声音と歪んだ笑みが蘇る。慌てて、冷静になるため、心にある言葉を叩きつけた。


「セーレ、お前が自由に生きると決めたんだ。この先は、好きに生きればいい。けどな、人を恨んだりしてはいけない。負の感情は、必ず連鎖する。それを覚えおけよ。では、体に気をつけてな」


 人間とは負の感情を抱える者ばかりではない。無惨なことばかりと嘆く暇があるだけ。今は戦闘中で、醜い面ばかりが見えているかもしれない。


「私は見えざる断罪者よ! 貴方の心の闇を……」


 世界で唯1人になった私。孤独とは無縁で、「安定した生活を送れるものだ」というのは過ぎた幻想に終わる。冷徹な眼差し、執着で取り合いをする人達しかいない。


「…断ち切ってあげる!」


 サーメスは戦慄など知らぬ顔で、セーレを見つめる。蛇のような細い眼で、体を舐め回すように観察する。心ない岩石の皮膚と首にぶら下げる赤石で対抗してきた。


「今度こそ。ここで、必ず貴方様を捉えます。そして、私の信仰心を貴方様の体に刻み込みます」

「動きを止めよ。Freeze!」


 鋭く尖った両指で体に抱きつこうとする。銀髪は水蒸気でうねりながらも、毛先1本すら絡め取ることを許さない。動きを止める思念も怖いくらい精密に制御されている。一瞬、締め付けられる感覚を覚えたが、サーメスは気力で振り切った。


「無駄です。私の信仰心の力の前では、無力です」

「弾け飛べ! Punishment of sin」


 不意に違和感を覚えた。右腕の血管がピクピクと動いている。何かの間違いかと不安が募る。しかし、セーレは考える時間を与えない。果敢に攻めて来る。息が上がっているのか、口呼吸となり額からは汗を滲ませる。


「余裕がないようですね。私の信仰心をお見せしましょう」

「そんなの見る必要もないわ。貴方の記憶は消えるだけよ」


 サーメスの右腕に岩が集まっていく。植物の蔓が這うように複雑に絡まる。完成した手は茶色っぽく、岩と一体化していた。


「これで終わりです」


 右腕を前にし、小走りで突進。障害物となる草木を毟り、小石は跳ね除けながら、標的だけを追い求める。的になった者は、足取りが重く動きにキレがない。やはり、能力の使い過ぎによる影響が表れた。


「逃げられませんよ! 私はどこまでも貴方様を追い詰めます」


 サーメス、セーレとの距離を徐々に縮まる。そして、巨大な掌にすっぽりと頭だけ顔を出し、拘束されてしまった。


「捕まえましたよ。この手は貴方様の力では、どうすることもできません。無論、爆発させようものなら、貴方様も覚悟を決めることになります」


 セーレは観念したのか、抵抗もせず大人しくなった。その様子を見ていたシルカは腕を組み、静かに瞼を閉じた。


「やりました。やっと、セーレ様を手中に収めました。これで、私は目標を達成したんだ」


 サーメスの口が軽い。セーレを初めて見たのは、笹人に彼女の血を取らせたときだった。顔立ちは整い、緋色に輝く瞳を見た瞬間、心を鷲掴みにされた。そこから、セーレが現れたと聞きつけると、どこにでも出向いた。いつも影ながら見守ってきた。


「貴方様は、監獄に収監されました。3年と長い勤めを果たされたのでしょうが、私の心は埋まっていません。どうか、私の心を埋めてください」

「ふふふ、貴方。重いのよ」

「今何と?」

「だから、重くて気持ち悪いのよ! バク!!」


 サーメスの右腕をバクが走り抜けた。腕に付いた岩は砕かれ、周囲へ散らばる。かなりの痛手だったのか、悲痛な叫び声を上げた。チャンスとばかりに、セーレは、首にぶら下げていた赤石のペンダントを引っ張り、奪い取った。


「終わらせましょう」

「セーレ様、私は貴方様のことをお慕い……」

「貴方はもっと現実を見なさい! 重い男はタイプじゃないの!! Hallucination」


 セーレの全身が白く輝いたかと思えば、瞬時に崩れ始めた。崩れたピースが焼却炉に集まり、焼かれていく。頭の中から、セーレの顔や形が認識できなくなる。無我夢中で頭を叩くも、流動は抑えきれなかった。暫くして、思い出は砂となった。

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