第51話 命の価値
「マーク! どこですか? 返事をしてください」
時はマーク捜索時に遡る。イース湖の中心付近では、亀の甲羅の上に乗り、左右を確認をする女性の姿があった。湖の波は穏やかのため「目星を付けられず」必死になって、目を凝らしていた。
「おーい」
「!?」
「死ぬかと思った」
「マーク、生きていたんですね」
「ビィシャアか」
水面から顔を出したマークは、体勢を上向きにし「ぷかぷか」と浮いていた。顔の表情は冷静だが、黒制服の重みで自力での浮上は少し「辛そう」だった。ビィシャアは、ウエストポーチに手を突っ込み、人型を錬成しマークを亀の甲羅へ運び上げた。
「いや、びっくりしたよ」
上着越しの白Tシャツの左胸には血が滲んでいた。「心配になった」ビィシャアはマークに対し「上半身に着ている服を脱いでください」と指示をした。マークは上半身裸となった。人型は「役目を終えて」サラサラと砂のように消えていく。
「どれどれ、傷の具合は」
マークの体は看守生活で鍛えたのか、程よい「細マッチョ体型」だった。無駄な脂肪がなく、腹筋がはっきり割れていて、さらに肩の三角筋や背中の広背筋がある程度しっかり目立っている。
「これが傷口でしょうか」
ビィシャアはマークの体に「興味がない」のか、怪我の状態を確認した。マークの左胸付近には、鉄のペンダントに弾丸が命中していた。それを左手で掴むと、注射針が付いた「麻酔銃の弾丸」に見えた。
「いてて……」
「動かないでください。これは何でしょうか?」
弾底には赤く染色された羽根が取り付けられ、針から羽根まで「長細い注射器」のようだ。針の先端には血が付着し、ペンダントの中心を貫通させていた。
「殺傷力はなさそうですが、針が少し太めですね」
「わからないが、結構な激痛でよ。刺さった直後、意識を失って死に掛けたわ。まぁ、直ぐに意識は回復したんだが……」
「体を揺らさないでください。針が刺さって出血していますね。応急処置代わりですが、これを押し当ててください」
ビィシャアは、花柄のハンカチをマークへ手渡した。
「こんな綺麗なハンカチ使えねぇよ」
「馬鹿なこと言ってないで、抑えますね」
「イタタタ…いいのかよ、そんな大事そうな物で……」
「えぇ、父から貰った物です」
「なおさらダメだろう」
ビィシャアは、ハンカチをマークの胸に強く当てて、傷口にかぶせ、その上から強く圧迫して止血を試みた。
「あなたは大馬鹿ですね」
「おい、酷くないか」
「そんな、遠慮しなくてもいいんです。私達は仲間でしょう」
マークは少し驚いた。「仲間」という言葉を言うより、他者から「言われた方が安心感」を得られる気がする。看守生活では、カーンとか「訳のわからない」収監所長の命令に従い。看守の仲間と言っても「信頼できる奴は1人もいない」と思っていた。
「セーレの旅に付いて来て良かった」
「何をわかり切ったことを。血が止まったので、さっさとセーレに知らせますよ」
「待ってくれ」
「どうしたのですか?」
マークは右人差し指を差した。ビィシャアは「不思議そうな顔」をして、視線を下に向ける。
「あぁ、趣味の悪いペンダントでしたか」
「趣味が悪いって言うな、失踪した父親の形見だ」
「ごめんなさい。返します。どうぞ」
それは「鷹が蛇に食べられている」丸型のペンダントであった。裏側には「K to M」っと擦れて読める。
「マークの父親は……」
「俺が5歳の時に突然いなくなったよ。かあちゃ…、いや、母親もびっくりしてよ。まぁ、母親も離れた場所にいるが元気だから気にすることもないがな」
「…マークは、かあちゃん呼び……何ですね」
「悪いかよ」
「いえ、私も母と2人だけの時と感情がこもるとママって呼ぶし、気にする必要はないですよ」
マークは、上着を雑巾みたいに絞った。水が滴る手で血が滲じむ白Tシャツを着て、上着の袖を通した。
「よし、行こう」
「はい、セーレは……」
視線の先には、全身が血塗れのセーレがいた。1人で複数人と交戦中であり、遠くから見ても顔の表情には「余裕が感じられず」狂気と悲しみが入り混じっていた。
「おい、あの人数を1人で」
「早く行きましょう」
マークは、体重を下に落とすイメージをして背筋を自然に伸ばして、顎を引く勢いで息を吸い、それを1秒で一気に吐き切った。
「セーレ!!」
その声は遠くまで響いた。セーレ達がいる湖の対岸近くに身を潜めていた男が、長細い銃を持ち、林の中を「スタスタ」と歩いて行く。
「ほっほっほ、よくやってくれたな。カイ」
「たく、父さんよ。息子まで狙う必要があったのか?」
「何を言う、お前さんも仕留める気はなかったじゃろうが」
「ち…バレてたか」
「バレバレじゃよ。麻酔銃にしても鉄に反応する術式を込めたのは、気付いておったよーん」
「フ…いいさ……教団の目的は達成できたんだろう?」
「達成できたわい」
「じゃあ、後処理はナーブがやるだろう。撤収だ、撤収」
赤ローブの2人は、脇目も振らず、その場を後にした。
男達が消えたと同時に、赤い槍を持った銀髪の女性が残党の教団員と対峙していた。
「何と素晴らしい。まるで、天女を彷彿とさせる佇まい」
セーレは右手に持つ槍を地面から天に掲げた。
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