第6話 祈りを送る

「忘れ物もなし」

「セーレ、アンタの顔はもう二度と見たくないね。さっさと行ってくれ」

「ヘーゼル。一緒に戦えないのは残念だけど、それがあなたの選択なら私はその意見を尊重します」

「何だい、柄にもない言葉なんて使ってよ」

「うふふ、どう知的に見えた。じゃあね、ヘーゼル体には気をつけてね」

「お前も気をつけることだね」

「じゃあね、黒髪の綺麗なお姉ちゃん」

「ありがとう、ミーアちゃん。さようなら」


 これより、「私の旅」が始まる。ここが最初の一歩、まだ見ぬ「戦いと出会い」が私を待っている。


「て、ちょっと待った。歩くの早いセーレ待ってよ、セーレ。やっとヘーゼルさんからの治療終わったのに、何で先に行っちゃうんだ」

「どちら様」

「名前覚えてよ、マークだよ」

「もー、しつこいわよ。いつまで着いてくるつもりなの」

「それは、暫く君と旅を共にしたいんだって、あれいない。待ってくれ、着いてくるなっていても着いていくからな」


 マークは、セーレの後に続くように走って追いかけていった。


「ふぅ、しつこいわね、あなたも。もー、いいわ。勝手にしなさい」

「そうか宜しくな、セーレ」

「その手は何?」

「何って握手だけど」

「ヘーゼルの家まで連れていってもらったことは感謝するわ。けど、そこまであなたと馴れ合うつもりはないのだけど」


 マークは、納得した様子でポケットから地図を出し広げた。


「次の目的地は、ここの赤印」

「そうね、ちょっと待てまだいたのね。そこの草むらで様子を見ている1人出てきなさい」


 草むらから観念したのか、黒衣装の男が現れた。


「あなた、暑そうな格好ね。その服暑くないの?」

「お前が見えざる断罪者セーレだな」

「…」

「おい、何とか言ったらどうなんだ?」

「人違いじゃないかしら、私は黒髪で黒目です。何かの間違いではありませんか」

「嘘をつくな、私は見たんだ。あの筋肉婆さんとお前が一緒にいて、その時は銀髪と赤い瞳だった」

「ち…見られていたか……。なら手加減なしね。もう怪我も治ったし私の力も全開よ」


 セーレはマフラーを取り、黒髪、白髪から銀髪へと髪色が変わる。それと同時に黒から赤い瞳になった。


「残念だけど、貴方の記憶は消させてもらうわ。まずは動きを止めよ。Freeze!」

「ぐぅ、何だこの力は全く動けない。先輩方はあんなに動けていたのに」

「さぁ、終わりよ。貴方の3日分の記憶を消させてもらうわ。邪念を払え。Memory erasure!」

「ぐ…そんな……」

「そう、昨日死んだのは、イールとエイトっていう名前なの。名前がわかって、良かったわ。ありがとう」


 黒衣装の男は、その場に倒れ込んだ。セーレは、銀髪から白髪の髪色に戻り、男の黒衣装を脱がして木の影まで運べとマークへ指示した。マークはそれに従って、衣装を脱がせて木の影まで運んだ。男の顔を見ると、恐らくマークと同い年くらいの若さと思われた。


「コイツも今日から無職か、俺と一緒だな」

「ちょっと、ふざけてないで木の影に置いたら、さっさとこの場所から移動するわよ」


 セーレとマークは元いた場所から500mくらい離れた場所で立ち止まった。


「ちょっと作業するから、周囲を見張ってて」

「はい、わかった」


 セーレは、左手の蛇マークに触れると一冊の本が現れた。その本を開き、備え付けのインクペンで名前を書いていた。


「イール、エイト。あなた達の死は決して無駄ではありません。私も祈ります、どうか安らかなるときをお過ごしください」


 セーレは本を地面に置くと目を閉じ合掌し、5分くらい同じ姿勢を保っていた。祈りが終わると、開いていた本を閉じてまた左手の蛇マークに押し当てた。瞬く間に本はその場から消失した。


「セーレはいつも祈っているのか?」

「見ていたのね」

「あぁ、ちょっと気になってな」

「いつもではないわ、死んだ人で名前がわかったときだけ祈るように決めているの」

「なぜ、祈るんだ? 君は言論の自由を勝ち取るため、多くの死と向き合ってきた筈だ。悪人に狙われるのは慣れていると思うし、はっきり言って全部祈っていたら疲れないか」

「ふふふ」

「え…可笑しなことを言ったか……」

「いえ、あなたの言っていることは正論よ。でもね。私はあなたが思っている程強い人間じゃないってこと」

「それってつまり」

「えぇ、つまり話は終わりってこと。さぁ、次の目的であるクライの研究所まで向かいましょう」


 セーレは立ち上がると、真っ直ぐ歩き出した。


「セーレ、道間違えてるよ」

「もん、偶々よ。指摘するならあなたが先導しなさいよ」

「はいよ、先導しますよ」


 マークは、セーレの前に立ち地図を広げて歩き出した。


「そういえば、ヘーゼルさんの家はどうして迷いなく行けたんだ?」

「それは彼女特有のオーラを追っただけ」

「オーラ?」

「そう、あの家。霧を生成してたわよね。あれが、私達だけが見ることができるオーラなの」

「てっことは、ヘーゼルさんは最初から仲間を治療するつもりで」

「そうよ、聞かん坊なのよ。…あの魔女は……さて、話は終わり。無駄話してる時間はないわ、先を急ぎましょう」

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