第42話

 俺達は窓から覗き込む朝日が眩しく照らす宿の食堂で、食卓を囲んで座っている。


「屑君、今日の用事って決まってる?」

 と、哲也さんは俺の顔を見て尋ねた。


「今日は特に何も決まってないです。」

「そうかそれは良かった、昨日は詩織の成長を見たし、今日は屑君の成長も見せてくれないか?」

 哲也さんの言葉に俺の顔は青白くなった。


 やばい!昨日は成長を見たいと言って、詩織が魔王軍幹部と戦わされた、今日は俺が魔王軍幹部と戦うことになってしまう。どうにかしなければ……。


「屑、今日はトロール(ブタマン)の恋の救援に向かうはずだろ?俺は転生して人間になったとはとは言え元大悪魔、契約は死んでも守るのだ」

 クガはお決まりの中二病ポーズを取って言った。


「それだぁぁぁ!今日はブタマンっていう人の恋のお手伝いをする約束なので無理ですね。すいません」

 勢いよくクガを指差した後に、申し訳なさそうに俺が言った。


 でかしたクガ、ブタマンの恋愛を手伝うフリをして、哲也さんから逃げよう。


「そうか、なら仕方ないな。」


 いよっしゃー!

 嬉しさの余り、俺はガッツポーズを取った。


「それなら俺もブタマンさんに挨拶しないとだ」

「え⁉」

 哲也さんの呟いた一言に驚いて首を九十度回転し、俺の口から言葉が漏れた。


 えぇぇ~!このままだと本当に、ブタマンの恋愛を手伝わないといけなくなる!でも命を懸けるよりはマシか……。


「それじゃあ行くか。」

「ああ‼」

 食卓を囲んでいた俺達は、静かに立ちあがりその場を後にした。


 とは言えブタマンと待ち合わせをしていないはずがクガはどうする気だ?


「イテッ!」

 俺は宿を出てすぐ何か大きなものにぶつかり倒れた。


「すいません……え⁉」

 俺は、ぶつかって少し赤くなった鼻頭を擦りながら謝った。そして見上げた先の光景に驚き、目を見開いた。目の前にいたのはちょうど話していたブタマンがいた。


「大丈夫でごわすか?」

 ブタマンは大きな体でしゃがみ込んで、こちらを覗き込んできた。その光景にちょっとした恐怖を感じた。


「うあっ!……ブタマンかビックリした。」

 と、俺は起き上がって、服に着いた土を叩いた。


 どうしてブタマンがここに?昨日ブタマンと出会ったときはまだ俺達もこの場所だと知らなかったはずだぞ……。


「ブタマンはどうしてここが分かったんだ?」

「匂いでごわす。おいどんは鼻が利くのです。」

 ブタマンは鼻を指差し、誇らしげにニヤリと笑った。その言葉に俺は衝撃を受けた。


 マジか、俺達の中の誰か、もしくは全員が臭いってことか?これは俺じゃない子尾を確かめないと。


「誰だ?誰が臭いんだ?」

「別に臭い匂いで来たわけではないでごわすよ」

 ブタマンは手を振って否定した。


「じゃあ、あんたは誰の、何の匂いで来たのよ?」

「それは詩織たん、君の匂いさ、君の甘いフローラルなとびきりの美女の香りに引き寄せられて来たのごわす」

 と、詩織に顔を近づけて、鼻の音が聞こえるほど深く息を吸った。


 キモッ‼こいつはこれだからモテないんだ。ちょっと考えれば分かることなのに、何で分からないんだ、バカ!


「気持ち悪いっ!」

「ウゴッ!」

 詩織は拳を力強く握り、ブタマンの鳩尾を鋭いパンチで突き上げた。そして、ブタマンはお腹を両手で抱えてその場に倒れこんだ。


「気持ち悪いのよ!この変態が!」

 詩織は地面に倒れこんでいるブタマンを前に足を上げ、振りかぶった。


「詩織やめなさい、すぐに手を上げる癖を治せといつも言っているだろ。」

 哲也さんは、倒れこんだブタマンに追撃を入れようとした詩織を制止した。


 普段から言われていたのにこれなのか……。


 俺は詩織に呆れて大きく溜息を吐いた。


「チッ……分かったわよ、親父。」

 詩織は仕方なく振りかぶった足をおろした。


「親父?ということは、僕の未来のお義父さん?」

 ブタマンは顔をガバッと上げ、哲也さんの顔を見た。


「誰がお義父さんだ‼」

 哲也さんはブタマンに向かって走り、サッカーのPKのように勢いよく蹴り飛ばした。


「俺は絶対君のお義父さんになる気は無い‼」

 蹴り飛ばされて蹲っているブタマンを、哲也さんはしかめっ面で蔑んだ。


 あんたが簡単に暴力を振るうから詩織の暴力も直らないんだよ!ダメだ……、この親子は良いところも悪いところも本当に良く似ている。


 俺は目をつむり額に手を当て、やれやれと言わんばかりに首を振った。


「おい、それより永遠の愛を誓う儀式(結婚式)のパートナー探しを始めるぞ!」

 中々恋愛の話にならず待てなくなったクガが、両手をクロスする中二病ポーズで言った。


 はぁー。面倒くさい時間の始まりか……。


 そして『ズドーン‼』と、大きな爆発音が街中を駆け抜けた。


「すまない、俺はイートを撃退しないといけないから。」

 哲也さんはそう言い残し、走って爆発音がした方向に走って行った。


「いってらっしゃい」

 と、俺と詩織は手を振って哲也さんを送り出した。それに応えるように振り返らずに、大きく手を振り返しながらその後ろ姿は小さくなっていった。


「行っちゃいましたね。」


「そうね」


「それで恋愛作戦だが、お前は誰が好きなんだ?」

 振り返って、俺はブタマンに質問した。


 好きな人が分かれば、攻略法が見つかるかもしれない。


「詩織たん‼」

 ブタマンは、曇りなき眼で堂々と胸を張って答えた。


「え⁉あれ⁉」

 俺とクガは、驚き目を丸にして、それはないだろとブタマンに問い返した。


「あれって何よ⁉人を物扱いしてんじゃないわよ!」

「ゴハッ!」

「グハッ!」

 詩織は怒りに身を任せて、俺、クガの順に殴り倒した。


「因みに何ですけど、詩織さんのどこが好きなのですか?」

 レベッカは恋愛の話に照れて、顔を赤くしてモジモジと体を揺らしながら質問した。


「そんなもの顔でごわす。顔が全てでごわす‼」


「そうですか、ブタマンさんはクズだったのですね。」

 レベッカの顔色が突然変わり、ブタマンをしかめっ面で蔑んだ。


 コワッ!普段怒らない人が怒ると怖いとは言うがレベッカの場合その比じゃないな。あまり人の目を気にしない俺だが、レベッカのあの目で見られるのは嫌だ、これからはもっとレベッカに優しくしよう。


「ブッツブヒィィィ‼」

 ブタマンはレベッカの言葉と蔑む視線に、鼻息を荒し興奮した。


 キモイ‼こいつの気持ち悪さは異常だ、早くこいつに恋人作って終わらせよう。


「詩織以外に良いなって思う人はいないのか?」


「レベッカたん‼」

 ブタマンは鼻息を吹き荒らして答えた。


 さっきの反応でレベッカは無理だって分かってるだろ。


「私のどこが好きなのですか?」

 レベッカは腕を組み、冷酷で重みのある声で問いかけた。


「ドュフフwwwそれは告白して欲しいということでごわすか?全くしょうがない花嫁さんでごわすな~」

 鼻息を吹き荒らしたブタマンは、首を振って答えた。


 もっと真面目に答えろよ!お前が可能性あるとしたら純粋なレベッカ、または余程のもの好きだけなんだから。


「そうドュフね、おいどんはレベッカたんの若く、実り始めた胸が好みでごわすな」

 目をつむり、腕を組んでうなずきながら答えた。


「ヒッ⁉」

 レベッカはブタマンの気持ちの悪い発言に恐怖し、腕を抱えて震えた。


「気持ち悪い」

「ガハッ!……グホッ!」

 殴れないレベッカの代わりに詩織がお腹に一発突き上げるようなアッパーをお見舞いした。ブタマンの体は『く』の字に曲がり、詩織は目の前に落ちて来た顔を右ストレートで殴り飛ばした。


 バカがそりゃこうなるわ……。

「痛い!そんな酷いでごわすよ!好きになっただけなのに‼」

 目から大粒の涙を運河の様に流し、大声で訴えかけた。


 また始まったよ……。


「うるさいわね‼恋人が欲しいなら黙ってなさい‼」

「はい」

 詩織の気迫に押されてブタマンの涙がピタリと止まった。


「う~ん、どうしたらこんなゴミでも恋人が作れるの?」

 詩織は目をつむり顎に手を当てて深く考え込んだ。


「屑さんは何かいいアイデアってありますか?」

「そうだな、たと……」

「ストーップ!ダメよ、レベッカちゃん屑に聞いても間違ったこと言われて混乱するだけよ。」

 俺とレベッカの間に割って入り、俺の言葉を遮り言った。


「詩織さん、それはどうしてですか?」

 眉をひそめて詩織に尋ねた。


「何故って、あいつは彼女いない歴=年齢の生粋の童貞だかよ。」


「ハァ⁉童貞じゃねぇわ!」

 俺は、右手を左から右に振り、否定した。


「屑さん意外と童貞なのですね。」

「だから違うって!」

「いいのよ、隠さなくても皆分かっているから」

「チッ!うるせえ!」


 ハァー、マジでウザイ。どう見ても童貞じゃねぇだろ!勝手に童貞判断しやがって、許せねぇ。


「そんな童貞君の意見は後にして、まず童貞じゃない親父の作戦を言うわね」

 詩織は俺を指差し、そして指差した指をチッチッチと振って言った。


「だから俺は童貞じゃない」

「なら初体験は誰?言って見なさいよ」

「いや……、それは……相手の立場ってものがあるし言えない。」

 詩織の顔が見れなくなり、俯いて答えた。流石の俺も咄嗟に上手な嘘つくのは無理だったようだ。


「何で?異世界に来てるんだから相手の立場をきにする必要ないでしょ?」


 クッ、こいつこんな時だけ頭働かせやがって……。


「その通りだよ……俺は童貞だ。どうだ?これで満足か?」

 逃げ場を失った俺は、仕方なく自白した。それを認めないことで維持していた自分のプライド、隠すことで保ち続けていた自らの立場それら一切が崩壊し、崩れ落ちる音がした。


 チクショウ!どうしてこんなことを自白させられなきゃいけないんだよ‼


「何だか屑さんが可哀そうに見えてきました。」

 レベッカは両手で口を覆って言った。


「フッ、今奴は心の中で封印(隠す)していた、悪魔(童貞である自分)に気づいてしまったんだ。もう元の奴には戻れないさ。」

 レベッカの肩に手を置いたクガは俺の現状を説明した。


「もしかして屑さんは、おいどんの仲間でごわすか?」

 この一言を受け入れられず耳を塞いで下を向いた。


 俺があのブタマンの仲間?あの気持ちの悪いブタマンと同レベル⁉それは嫌だ‼


「俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。俺は童貞じゃない。」

 自分自身に言い聞かせ、自己暗示で心の安静化を図った。周りにいた人間の目は、ハイライトを失い、化け物を見る目に変わっていた。


「やばっ、屑壊れちゃった」

 詩織はのけ反って言った。


「ふぅ、それでブタマンの恋愛作戦何かアイデアはあるか?」

 自己暗示を終え、俺は両耳を塞いでいた手を降ろした。


「屑さん大丈夫ですか?」

 頬から季節外れの汗をかいているレベッカは、不安そうに尋ねてきた。


「何が?」


 レベッカは何を不安になっているのだろうか?


「だからそのど……」

「止まれ、レベッカ奴は今解かれた封印を再び封印し、ファーストインパクト(童貞発覚)を無かったことにしたのだ。」

 レベッカの前に腕を伸ばし、クガはレベッカの発言を制止した。


 クガは何を言っているんだ?このバカとは話にならんな。それより早くブタマンの恋愛を終わらせよう。


「そんなことより、ブタマンの恋愛作戦にアイデアはあるか?」

 俺は両手を広げて質問した。


「私は絶対に失敗すると思うけど、親父のアイデアがあるわ。」

 詩織はドヤ顔で答えた。


「絶対失敗すると思うなら言うなよ」

「その作戦なんだけど、」

「話聞けないのかよ」

「ズバリ相手と勝負し勝つことよ」

 結局詩織は、俺の制止を無視して最後まで言い切った。


 相手と勝負して勝つことでモテる?どういうことだ?


「どういうことだ?」

 頭に『?』を浮かべて質問した。


「武人っているでしょ?ああいう人たちは強い人が好きな人が多いらしいのよ、だからその人たちと勝負して勝って惚れさせる作戦らしいわ。」

 人差し指を立てて、詩織が説明した。


 武人というか、それは戦闘狂の哲也さんの趣味なんじゃないか?


「分かったでごわす!」

 気合を入れたブタマンは、大きな鼻息を吹き答えた。


「やめとけ、失敗するだけだ」

「嫌でごわす‼おいどんは、彼女を手に入れるのでごわす。」

 やる気満々のブタマンは聞く耳を持っていなかった。


 どうしてこんな作戦しんじられるんだ?


「行くでごわすよ!」

「え⁉私⁉」

 ブタマンは詩織に向かって一直線上に走った、しかしブタマンが詩織にかなう道理はなく、顔で受けた右ストレート一撃で勢いを失い、よろける。そして詩織は、通り過ぎ様にブタマンの背中に右の肘打ちをし、回し蹴りを顔に決めブタマンを蹴り飛ばした。


 残酷だ!ブタマンが作戦通りに詩織を襲うことはこの場にいた誰もが分かっていた、それなのにここまでボコボコにするなんて……あいつは鬼か⁉


「うぅ……、詩織たんはムリでごわすか。……なら」

 ブタマンは、起き上がった。彼の顔は、黒い影に包まれ表情が読み取れなかった。


「レベッカたぁん!」

 詩織を諦めたブタマンは、レベッカに向かって走った。


「えぇ⁉私はムリです!」

 ブタマンの勢いにレベッカは、たじろいで答えた。


 バカ!それも同じ結果だろ!


「そうはさせないわ!」

 詩織がレベッカとブタマンの直線状に割って入った。


「邪魔をするなて、もしかして詩織たんはまだおいどんのことが好きなんでごわすか⁉」

 ブタマンの顔は輝くほどに明るくなった。


「んな訳ないでしょ‼プラスパワー!」

 詩織は自身に筋力上昇のバフ魔法を掛けてブタマンの顎に右拳のアッパーを決めた。


「ガハッ‼」

 ブタマンの二メートルはあろう体は宙を舞った。そしてドシーンと大きな音を立てて、地面に落ちた。


「彼女が欲しいだけでごわすのに……」

 ブタマンの頬に大粒の涙が零れた。


 ダメだ、こいつ……。一生彼女できないだろ、何でこんなやつの恋のお手伝いしないといけないんだ。


 俺は額に手を当てて、大きなため息を吐き、やれやれと首を振った。


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