リリィに首ったけ?

西川 旭

プロローグ 目覚めのリリィ

 毎朝ちゃんと目覚まし時計をセットしているのに、僕の朝はそのアラーム音から始まらないことになっている。


「アキラ、もう朝ですよ。起きてください」


 起きるよ、起きるともさ。

 もう子供じゃないんだ。朝くらい自分で勝手に起きるのに。

 まったく、父さんや母さんの教育方針だからって、子供部屋に鍵がないんだからなあ。

 目をこすりながら体を起こそうとした僕だが、なぜか身動きがとれない。

 これが金縛りというやつだろうか。


「おはようリリィ。ところで、なんで僕の上に乗ってるの? 重くて起きれないんだけど」


 覚醒した僕の両目が映したのは、エプロン姿の美女が僕にまたがっているシーン。

 長い黒髪が僕の頬や首筋に垂れている。

 くすぐったい。早くどけろ。顔が近いんだよ。

 彼女の名はリリィ。我が家の家事一切を取り仕切るメイドさんだ。


「ふふふ、アキラったらお寝坊さんですね。早く起きないと、言葉に出せば怒られるような、あんなことやこんなことをしちゃいますよ」

「いや、起きるよ。でもリリィが乗ってたら起きられないじゃないか。ねえ、なんで僕のパジャマのボタンをはずしてるの?」 


 カーテンの隙間から漏れる朝の光を反射したリリィの瞳。

 きらきらと輝くその両眼で、彼女は僕の体を凝視している。

 あらわになった僕の胸元に頬擦りして、恍惚とした表情を浮かべるリリィ。


「着替えを……。ハァハァ、手伝ってあげようかなって……。アキラの体、しっとりしてて温かくて、素敵」


 リリィはけだるい口調でそうつぶやきながら、おもむろにエプロンの肩紐を外した。


「ちゃんと自分で着替えるから。って、なんでリリィまで脱ぎだすの? なんでエプロンの下が裸プラスひもパンなの?」


 僕の目の前に、柔らかな曲線と張りのよさを併せ持った、二つの果実があらわになる。

 リリィはそのまま、自分の下半身を包んでいる薄い布の結びひもに手をかけた。


「ああ、アキラ。私のご主人様。お許しください、リリィはいけないメイドです。お仕えする方に対してこんな感情を」


 僕の質問なんかまったく聞いちゃいない上に、自分勝手なシナリオを脳内で構築して盛り上がっているリリィ。

 僕はリリィの暴走を止めるために、使い慣れた伝家の宝刀を抜くことにした。


「いい加減にしないと、スクラップだぞ」


 フィーン……という音がかすかに聞こえる。

 硬直した表情のまま、リリィが僕の上から飛びのいた。

 布団の傍らに立ち、うやうやしくお辞儀するさまは従順なメイドそのものだ。

 ただし、衣服が中途半端にはだけたエプロンとパンツだけ、ということを除けばだけど。あ、よく見るとニーソックスも履いてる。


「おはようございます、アキラ。今日は良い天気ですよ」

「うん、おはようリリィ。とりあえず着替えるから出て行ってくれないかな。あと、リリィもちゃんとした服を着るように」

「はい。お風呂とご飯の準備もしておきます。今日も素敵な一日であるといいですね」


 リリィは笑顔で台所に向かった。足音も聞こえないほどの穏やかで優雅な動作。

 本物のメイドさんを僕は見たことがないけど、本物よりも完璧なメイド、それがリリィ。

『汎用人型労働機械シリーズ・愛と平和のバトルメイドロイド――百合亜ver.100グローバル』というのがリリイの本当の名前。

 百合でグローバルだからリリィにしようと、はじめて会ったとき、リリィが我が家に納入されたときに僕が名づけた。

 要するにリリィは、ボディガードにもなるロボットのメイドさん、なのだ。

 今日は皆さんに、メイドロボのリリィと僕が送る、素敵で他愛ない一日、その話に付き合ってもらいたいと思う。

 あ、自分の紹介を忘れてた。

 僕の名前は鈴木アキラ。

 父さんは鈴木宏、母さんは鈴木キャサリンよし子。

 

 ではでは、よろしくご笑覧あれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る