旧ヨコハマ水道局
@Sanehika
第1話 「たいせつに、みずはみんなのたからもの」
『たいせつに、みずはみんなのたからもの』
夕方の
紫外線で焼けた紙面の中で、誰かもわからないアイドルが笑顔を浮かべこちらを見ていた。
暢気なものだ。
一等保全官の
汗で重くなった上着を脱ぐと、背中に効きの悪いエアコンから吐き出された冷気が通る。
真昼と比較すると多少は気温が下がるとはいえ、40℃を超える街の中、重装備を担いで歩き回るのは身にこたえた。
ロッカーに装備を入れ、自分の椅子に座った。
「科野君、お疲れ様。」
後ろから話かけられた。
男臭い職場には似合わない、柔らかい声だ。
振り返ると、きっちりと折り目の入った制服を着こなした女性がいた。
彼女は、
彼女は俺の方へ歩いてきて、ペットボトルを手渡してくれた。
少し結露したペットボトルが心地良い。
ラベルを見ると電気分解された水ではなく、天然水だった。
「ありがとうございます。こんなものどこで手に入れたんですか?」
「それは、父が先日仕送りで段ボールいっぱいに送ってきてくれたんだ。」
「久々に飲めるので嬉しいです。今コップを持ってきますね。ちょっと待っていてください。」
すると彼女は苦笑いをしながら、手をゆらゆらと振って、
「大丈夫。さっきも言った通り少し余っているんだ。私は殆ど事務所にいてあまり水を飲まん。遠慮せず受け取ってくれ。」
と言った。
「ところで、水の不整利用者の件についてはどうだ?」
「あまり、調子は良くないですね。1つ1つの家を調べているのですが、異常なメーターは中々見つからないです。」
「恐らく、メーターの細工ではなく派手な抜け穴を作っている連中がいるのだろう。下手な部品を使われると、水質にも影響が出かねん。」
「やっぱり、第2
すると衣笠局長は
一瞬少し唇を引き、眉をしかめると大きく息を吐いた。
「やはり、他支局のやつらと協力する必要があるか。」
「仕方がないんじゃないんですかね、管理職として頑張ってください。」
「他人事のように言うじゃないか。もし協議する場になったら君も行くことになるんだぞ。」
「ええ、何でですか。自分なんてしがない現場の兵隊なんですから、そんなところに行ったって仕方ないでしょう。」
支局間会議というのは、年に1度開催されているものであるが、今回のように一つの支局で対応できない問題が発生した場合に、局長以上の職界の権限で開催することが出来る。
ひと癖もふた癖もある局長が一同に集まる場であり、
大抵の場合開いた時より、現場にとって厄介ごとが増えることで有名である。
そんな魔境のようなところに、俺のような木っ端保全員が首を突っ込んだところで仕方がない。
正直言って面倒であった。
「そうは言っても君、私のようなか弱い乙女が変人たちの中に放り込まれてみろ。何をされるか分かったものじゃないぞ。ボディーガードとして自分からついていくくらいの気概を見せてくれたまえ。」
「いやいや、何言っているんですか。最年少昇進記録ホルダーでしょあなた。お偉い人の相手は任せますよ。」
「真面目な話、実際の雰囲気を分かっている奴は欲しい。資料の作成からしっかりと関わってもらうからな。拒否権はないぞ。」
「はぁ、分かりました。記録から資料を作っておきます。必要な要素は後でメールで送ってください。」
「良いだろう。また今度飯を奢ってやる。楽しみにしておけ。」
そう言って俺の肩を軽くたたくと、彼女は自分のデスクに戻っていった。
自分の棚から補給食を取り出した。
補給食の箱を破り、かじりつく。
口の中の水分が全て吸収されそうな程にパサつきがひどい。
安く、カロリーを補給するためには最適だが、趣味で食べるようなものではない。
机の横に伏せてあった自分のコップを取って、先ほどもらったペットボトルの封を開ける。
地球温暖化で海水面が上昇し水源が限られている現在、
海水を濾過したものではなく、地下から汲み取られた水は貴重品だった。
自分の安月給では中々買えない代物を、軽々と渡して見せた年下の
コップを手に取り、飲もうとした瞬間に、室内のスピーカーから放送が流れた。
『緊急放送、第35区域にて破壊活動の通報在り。科野隊は出動して鎮圧にあたれ。以上。』
旧ヨコハマ水道局 @Sanehika
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