この物語はフィクションです。
秋草
第1話
「ハーレムを作りたい?」
そこは放課後のとある教室。机と椅子は後ろに積み重なるように纏められ、周囲には本がうず高く積まれている。そしてそれ以外はない。教卓も時計もカーテンですら、排されていた。窓からは西日が直接差し込んでいる。
殺風景な場所だった。そこが学校であることを忘れてしまうぐらいには、その場所は寂しく感じられる空間だ。
そんな場所にただ一人。訪問者である俺と向かい合う形で、絶世な美少女が椅子に腰掛けていた。
「ああ。いや、というか。……別にこんなものは俺の戯言で世迷言だ。わざわざ付き合ってくれなくてもいいぞ」
「いや。話は聞く。つまり君は彼女が欲しいわけだ」
真面目な顔で、真摯に受け止められるとこちらとしても困る。
軽い冗談のつもりだったのだが、真面目な相談内容として取られてしまった。笑って馬鹿にされた方がまだマシというものだ。
その短く黒い髪を揺らして、彼女は続ける。
「そうだな。色々と言いたいことは無いことも無いが。まずはきっかけから聞かせてもらおうか。その根底にある思想を知らないと、こちらとしても適切なアドバイスは下せないし渡せない」
「きっかけって、それは必要なのか? というか、冗談だから別に、こんな下らないことに時間を掛けなくてもいいんだぞ」
「何を言っているんだ。君は全く、いちいち面倒臭い人間だな。まず一つ、きっかけを知ることが必要か否かだが、当然必要だ。必要に決まっているだろう。そして次点、下らないことに時間を掛けなくてもいいという、懇切痛み入る発言。これ自体は恐らく君の善意によるものだろうが、ただ下らないと評するのは君ではなく私だ。応えなくてもいいというのであればそれに従うのみだが」
いちいち面倒臭い、と思っているのは何もアンタだけじゃない。その言葉がそっくりそのまま跳ね返っているという事実を俺は、それこそ面倒なので何も言わない。
このまま押し問答を続けても、きっと無駄な時間を過ごす羽目になるだけなのは、分かりきったことだ。
「まあ、アンタが良いんなら俺としても別に構わないんだけどな。……それで、きっかけだったか? わざわざ語るほど大層なもんじゃないぞ? アンタの好きな物語性があるわけでもない。それでもいいのなら、話すけどな」
わざわざもったいぶるような内容でもない。というか改めてこういうことを他人に話すのはどうにもむず痒い。多分、俺でなくても、この心理は理解してくれるはずだ。
自分の夢とか、志すモノを自信満々に講釈垂れるほど、俺は人間が出来ちゃいない。
「彼女が欲しい、ってのもまあ当たらずとも遠からずだ。ハーレム王になりたいなんて大それたことは考えてなくてな。単に一つの希望みたいなもんだ。ここはハーレムじゃなくても、ぶっちゃけどうだっていい」
「ハーレムが希望とは……中々に歪んだ意見を持っているじゃないか。いや、だが面白い。是非聞かせて欲しいな。君自身の考えについて」
彼女はただ言葉だけを放つ。興味を持った様子だったが、特別彼女自身に変化は無い。椅子に座ったまま、背筋を伸ばして俺と対峙する。
「だからそんなに期待しないでくれ。あんまりハードル上げすぎると、その期待に応えられるか不安になるから」
「ならそのハードルを潜ればいい。他者の期待に対する解決法なんて、そこに正解があるわけじゃない。良い意味で裏をかき、悪い意味で愚直に挑むのもまた、期待への返答だ」
「期待に応えたその後も、まだ人間関係が続くから社会に属するってのは面倒臭いんだよ」
「ふむ。まあそれも一理ある。人間関係などという言葉は使いたくないが、呆れ果てるほどにつまらないからな。……それで。話に乗ってあげたが、決心はついたか?」
別に話を逸らしていたつもりもない。言ってしまえば楽になる。その踏ん切りを中々につけられないのが、思春期であって人間ってもんだ。
俺はようやく。決心したように、口からその回答を溢した。
「はあ、じゃあ言うけどさ。絶対に笑わないでくれよ?」
「それは、前フリか?」
「違えよ!! 笑うなって言ってるんだ!!」
逆に考えれば、この目の前にいる何を考えているのか分からない美女の、人を小馬鹿にした笑いを見れるのか。ただそういうのはマゾヒズムを持つ人間が積極的に犠牲になればいい。
多少気にはなるけどな。人として完全過ぎる彼女の、人間らしい場面が見たいと言えばまあ嘘になるけど。
だがしかし、今はその時ではない。
「あー、えっと。叱翅はさ。なんだろう、非日常に憧れたことってあるか?」
俺の脈絡のない問いかけに、しかし彼女は眉根の一つも動かさない。綺麗な笑顔で、きっちりと応えてくれる。こういうところが、どうにも同い年とは思えない。
「私はあるぞ。というより、今でもその節がある」
「今でもって……、まあそこはいいか。とにかく、誰にでもあることだと思う。もちろん、俺にだって、その時期はあった。日常には無いような刺激を、今の世界に求めるような時期がさ」
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