アイスコーヒーの冷や汗

あめのちあめ

アイスコーヒーと冷や汗

通い慣れた喫茶店で、いつもの窓際の席に座ると愛想のない店主がメニューを持ってきた。選ぶのが面倒だからという理由で大して美味しくもないアイスコーヒーを二つ注文する。店主はお待ち下さいとボソッと告げて、手元の伝票にサラリと何かをメモしたあとカウンターへと引っ込んだ。

初めてきたときは、二人して伝票をこっそり覗き込んでは、読めないよね、なんて店主の癖字をこっそり笑ったものだが、もう、そんな他愛のないやり取りにも飽きた頃。

目の前の人は落ち着き無く大げさに足を組み直したり、テーブルにひっそりと置かれた灰皿を引き寄せてガスの少ないライターで何度もカチカチとタバコに着火を試みている。

やっと火が灯った頃、店主がやってきてレトロな装飾が施されたコースターを二つ並べてストローが添えられたグラスを乗せて、ごゆっくりと一言だけ発して再びカウンターへ。

まだ長いタバコを乱暴にもみ消して、アイスコーヒーを喉にすべらせた彼はつぶやいた。

「言いたいこと、分かるよな」

「他人の頭の中なんて分かるわけ無い」

沈黙の中でストローを弄びながら返してやる。空気が滞った店内、早くもグラスには水滴がつき始めていた。目の前の人も額から汗が滲んでいる。他に客はいない貸し切りの空間で、二つのグラスと一人だけが冷や汗をかいていた。

「それだけアンタのこと分かっていたら、今頃こんな不味いコーヒー飲んでない」

それだけこっそりと伝えたあと、紙ナプキンでグラスを拭って氷で薄まってさらに不味くなったコーヒーを、ストロー無しで飲み干す。少々乱暴にグラスをコースターに戻したあと、テーブルに手をついて立ち上がり、間抜け顔の男に言葉を投げる。

「安い出会いの安い関係、最後くらいはカッコつけなよ」

手荷物をまとめて椅子を戻してから店内に響くように、ごちそうさまと告げた。毎度あり、と店主の声、シンとした店内、さっき飲み干したグラスの氷が控えめにカラリと鳴った。

扉を開け放って外に出る。ガラス越しに見えたアホ面に笑顔で中指を立てて、私の夏を迎えに駅に向かった。

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