月の欠片を拾った夜
帆尊歩
第1話 お月様を取ったよ!
月の欠片を拾った夜からもう五年が経っていた。
あの頃やっと歩けるようになった幼い砂羽は、夜になるとしきりに散歩に連れて行けとねだるようになった。
妻の美智に助けを求めると、
「自業自得よ」と取り合ってくれない。
まあ確かにそうなんだけれど。
あの日僕は、なんの気の迷いか、娘の砂羽を散歩に連れ出した。
家は上り坂の中腹にあり、少し上がると町が見渡せる高台に出る。
よちよち歩く娘に目を細めながら、坂を上がり、あるところで僕は、
「砂羽、目をつぶってごらん」と言うと、そこからは砂羽を抱きかかえて進み、一番のおすすめポイントにつれて行くと、抱きかかえたまま、「砂羽、目を開いてごらん」と言う。
そこには僕らの住む町の夜景が広がっていた。
砂羽は最初、息をのみ、次に奇声をあげ、抱いている僕にかまわず大暴れをした。
それから砂羽は夜になると散歩に連れて行け、とねだるようになった。
さすがに毎日とは行かないが、仕方なく三日にいっぺん砂羽を夜の散歩に連れて行くことになった。
すっかり夜景好きになった我が娘をみつめながら、美智とのことを思い出していた。
結婚前、美智とは様々なところに夜景を見に行った。
デートは大抵夜景だった。
今の家だってそこに決めたのは、ちょっと歩くと、夜景が見えるからだった。
砂羽は絶対にその血を受け継いでいる。
その日も、いつものように砂羽と夜景を見ているときだった。
急に停電が起きて夜景が消えた。
その事に砂羽は驚き、急に泣き出した。
僕は停電であたりが暗くなったことより、砂羽の泣き声にあわてた。
空は満月で、次第に目が慣れると、月明かりに照らされた町はブルーの海に沈んだように見えて、とても美しかった。
でも子供にそんな事が分かるわけもなく、砂羽はまだ泣いている。どうした物かとあたりを見渡すと、月の欠片が落ちていた。
いや用水路に月が映っていただけなんだけれど、あたりが暗いせいで、ひどく明るく光り、本当に月の欠片のようだった。
「砂羽、見てごらん。お月様の欠片が落ちているよ」さも大発見のように言うと砂羽は、
「えー、あっ本当だ」泣くのも忘れて、声を上げた。
「待っててね」と言って僕は十数メートル先の用水路から、手で水をすくって砂羽のところに戻った。
手ですくったのに、あたりが暗いせいか手の中で月の欠片が輝いていた。
「ほら、お月様の欠片をパパが拾って来たよ」砂羽は今まで大泣きしていたとは思えないくらい大喜びをして(持って帰る。持って帰る)と大喜びした。
「だめだよ、お月様きっと探しているから。返してあげないと」
「ヤダ、ヤダ」
「でも砂羽、砂羽の大事にしているお人形をどこかに落としたら、悲しいだろう。
誰かが拾って返してくれたらどうかな」
「うれしい」
「じゃあ、砂羽もお月様に、この欠片を返してあげた方がいいとパパは思うけれど」
「でも、でも」と砂羽が泣き出しそうになったとき、停電が解消して、またあたりが明るくなった。
そのせいで手の中の月の欠片は消えて無くなった。
「お月様が取りに来ちゃった」
「なんでパパ、返しちゃうの。かくしておいてよ」泣きそうになっていた砂羽だったが、なくなって見ると急に怒りだした。
「だめだよ、そんなことしたら、お月様本当に困るよ」
家に帰ると砂羽は、僕が、さもひどいことをしたように美智に言いつける。
「パパ、せっかくお月様の欠片を拾ったのに、お月様にかえしちゃうんだよ」砂羽はさっきの泣き顔はどこへやら、美智に訴えかける。
「砂羽、でもお月様探していたんでしょう。今頃、いい人に拾ってもらって良かった、戻ってきて良かった、って言ってるよ」
「そうかな」
「そうだよ。砂羽は良いことしたんだよ」
「砂羽、良いことしたの?」
「うん、砂羽は本当にいいことしたんだよ」美智、ナイスフォローと僕は心の中で妻を褒めた。
あれから五年が過ぎていた。
一人の家は本当にさびしい。
電力不足で計画停電をするというニュースが流れた。
僕はお月様の欠片のことを思い出した。
そしてなんと、今日は満月だ。
何という偶然。
そうだ砂羽にお月様の欠片を拾って来てあげよう。
僕はコップを持ってあの高台に行くと停電を待った。
停電が始まると、あの時のように、町はブルーの底に沈む。あたりの暗闇に、人の気配がする。
「砂羽かい。砂羽なのかい」気配は一瞬で消えてあの用水路に月の欠片が見える。
僕は慌てて月をすくった。
コップの中には、月の欠片が輝いていた。
持って帰って来て、仏壇に備えた。
「砂羽、今度こそ、お月様の欠片を拾って持って帰って来たよ」でも仏壇の前ではただのコップの水になって、月の欠片はなくなっていた。
仏壇の中で、写真の美智は笑顔で「何やっているの」と言い。
砂羽の写真はやはり笑顔なのに「パパのばか」と言っているようだった。
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