六根清浄

筆開紙閉

re:参宮拓三

 首吊りという妙に現実的リアルな夢から覚めると、そこは知らない天井だった。うちの天井はこんなに真新しい白さじゃなかった。


「起きたのね、少年」


 起き上がって右横を見ると俺の寝ていたベッドの横におかっぱの若い女の人が居た。たぶん俺が起きたからだと思うけど、林檎と刃物を持ったまま腕を組むという器用な状態になっている。そして腕を組んでいても分かるほど馬鹿みたいな数の勲章を付けた黒い軍服のようなものを着ている。


「わたしは秋月千夏。で、あっちはアンゴルモア」

「アンゴルモアだぞ」


 秋月さんが刃物を正面に向けた、俺のベッドの反対側にアンゴルモアと呼ばれた人がいた。こちらは青を基調にしたアロハシャツに群青色の短パンを履いている。


「双子ですか」

「違うぞ」

「違うの」


 秋月さんとアンゴルモアさんが両方とも否定した。曰く、アンゴルモアさんは宇宙人で秋月さんの見た目をパクったらしい。『ものすごく遠い星』から地球侵略にやって来たらしい。


「とにかく誕生日を祝うの」


 秋月さんが林檎をアンゴルモアに投げ、指を鳴らす。

 瞬間、俺のベッドの丁度正面の空間にホールケーキの乗った台車が現れた。


「今日って俺の誕生日なんですか?」

「七月二十日に合わせて生き返らせたの」

「えっ、俺死んでいた?」

「そうだぞ」


 あれは夢じゃなくて現実ということか?でも、人間は死んだら蘇ることはないはずだ。


「アンゴルモアとわたしで長い間バチバチやっていたんだけど、流石に飽きてきたから地球侵略を辞めてくれる条件を聞いたの」

「タクミが蘇るなら、我から大王に取り成す。約束は守るぞ」

「全然破って構わないの。何時でも相手になるし」


 アンゴルモアと秋月さんの間で林檎が野球ボールのように飛び交う。会話のキャッチボールってそういうことじゃないでしょ。


「……今って何年ですか?」


 俺が死んだのは俺の誕生日と近い時期じゃなかった。冬だった。それに秋月さんはアンゴルモアと長い間戦っていたと言った。じゃあ俺が死んでから蘇るまで時間が過ぎているはずだ。


「西暦二千二十四年なの」


 俺が死んでから、十年以上の時間が過ぎていた。


「とにかくベッドから立って台車を押してリビングに運んで。寝室でケーキを食べるのは良くないの」


 こうして俺の第二の人生が始まり、なし崩し的にアンゴルモアが俺と同居することになった。そしてこの家が『ものすごく遠い星』の大使館になるそうだ。

 地球側では俺はすでに死んでいることになっているので、『ものすごく遠い星』の大使館職員として『ものすごく遠い星』の側の人として扱われるらしい。

 俺の認識ではつい先日まで中学生だったんだけどな。


「父親は?」

「気にしなくていいの。わたしたちの都合で蘇らせたんだしこれはサービス」

「うむ。代わりにフランソワがいるぞ」

「フランソワ?」


 俺がリビングに入ると、先客がいた。父親のように見える。


「フランソワです。こうしてこの顔で自己紹介するのも奇妙なものですね」


 父親の代わりにフランソワがいた。




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