第59話
「あっ、聖女様! どこに行ってたんですか!」
「ほら、言ったじゃないっすか。セリちゃんが儀式をおじゃんにするわけないって」
「ちゃん付けはやめろといつも言ってるだろ、アンナ。お前は慣れ慣れしすぎるんだよ」
「あはは、別にいいじゃないですか。カルラはいつも固すぎですよ」
「ほら~、セリちゃんもそう言ってるんだし」
「聖女様のご厚意に甘えるな」
「はいはい」
ルイスさんと別れ、教会の前に進めば、お付兼護衛の二人がすぐに迎えてくれた。5歳の頃、私が聖属性だと分かり、教会につれてこられてからずっと一緒にいる二人だ。
ただ、彼女たちは私が聖女だからと一歩引いたところにいる。特にカルラはその傾向が強い。周りにたくさん人はいるのに、私はいつも独りだった。だから外に出てみたかったのだ。
「でも、帰って来てくださって良かったです」
「私がいないと儀式ができませんもんね」
さっきまで自由を謳歌していただろうか、咄嗟に出てきた言葉は酷く嫌味なものだった。頭の片隅に常にある、ささやかな不満が抑えられなかったと言ってもいい。
私には、聖女という立場しかない。聖女だから価値があり、それ以外の価値はないんでしょ? と拗ねてみたくなってしまったのだ。
「聖女様」
そうして返された彼女の言葉は静かで、どこか悲しい響きがした。
「本当に心配したんですよ」
そっとカルラは私の頭を撫でる。その彼女の目を見て、私はさっきの発言がいかに愚かなことだったかを理解した。
彼女が、カルラが私のことを聖女としてだけでなく、想ってくれていることなんて分かり切っていたはずなのに。胸にある寂しさから変なことを言ってしまった。
「……すみませんでした」
私とカルラ、それぞれの後悔が周りの空気を重くした。しんみりした雰囲気を払拭するように、アンナが明るい声で言う。
「はいはい、今はとにかく儀式の準備をしちゃいましょう。ほら、体を清めて着替えないと。ただでさえ時間が押してるんすから」
アンナに背を押されながら教会まで歩いていく。アンナはいつもこうだった。私が暗い気分になったときは、自らが道化となってでも場を明るくしてくれた。
離れたからこそ、二人の気遣いに気づくことができた。直接伝えるのは少し恥ずかしかったので、心の中で二人に感謝する。
沐浴を終え、穢れを払えば、いよいよ着替えの時間だ。儀式用の衣装は一人では着られないので、二人に手伝ってもらう。シュルシュルと布がこすれる音が小さな部屋に流れる。
「きつくないですか?」
「はい、大丈夫です」
その衣は重く、息苦しいものではあるが、儀式の間ぐらいならなんともない。二人に巻いてもらっている間は暇なので、外を眺めればとっくに空は闇へと変わっていた。
瞬間、空が光る。パーンと弾ける音が鳴る。ドーンとお腹に衝撃が来る。パラパラと火花が消えてく音がする。
まだまだ花火が上がる。最終日の今日、ロテス様に気づいてもらえるように、明日からもまた頑張れるように、花火は上がる。
教会の中でも高いところにあるこの部屋では、地上より花火が近くに感じられた。小さい頃はその音が、衝撃が、一瞬の光が怖かった。
この小さな窓からでは花火はよく見えなかった。伝え聞く花火は怖いものではなく、美しいもののようで、だからこそ見てみたかった。
初めて下から見た花火は真ん丸で、それは大きく、そして鮮やかに見えた。体に響く衝撃も心地よく、心が震えた。もしかしたら、一緒に見た人が良かったのかも?
その答えは分からないけど、今もまだその高鳴りが残っているようにも思えた。
「今年も派手にやってますねぇ」
「無駄口を叩くな」
「これくらい許してくださいよ」
「カルラ、無言では寂しいです」
勝ち誇るようにアンナが笑う。やれやれとカルラが呆れたように笑う。そんな二人の様子を眺めて私も笑う。
たった一日、離れただけだったけど、やっぱり彼女たちがそばにいてくれるのが落ち着く。それでも、たまの自由は欲しいけど。……彼の魔法なら、それもできるかな。
花火が終われば、私の番がやって来る。ロテス様に祈りをささげ、城下の皆に祝福を授ける。ただそれだけのこと、毎年やっていることだから今更緊張はない。何年も何年も続いている私の役目の一つ。
「はい、これでいいでしょう」
「いつものことながら、かっこいいっすね。神々しさがやばいっすよ」
「ふふっ、そうですか。じゃあ、かっこよくお役目を果たしてこないとですね」
「今日のことはまた後で、聞きますから。今は儀式を、復活祭の締めをよろしくお願いしますよ」
「はい。話したいこといっぱいあるので、楽しみにしておいてください」
彼女たちにも聞いてもらおう。今日のことを。私を助けてくれた彼のことを。
そのためにも、儀式はつつがなく終わらせないと。最後の怒涛の花火が終わる。夜空は再び静寂を取り戻す。
私は重い衣装をなるべく引きずらないようにしずしずとバルコニーへと進んだ。下を見れば、多くの人が待っていた。私は彼らに、ここにいないすべての人に、幸せが届くように祈りながら、祝福を願った。
花火に負けないくらいの明るい光が、王都の夜空に広がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます