第2話




 うわっ、見れば見るほどあいつじゃん。ゲームでは、もっと成長した姿しか見たことがなかったから全然気づけなかった。そう言えば設定にあったなあ、こんな儀式。そんなことを考えながら、自分が悪役だったことにショックを受けていると、後ろからママに抱きしめられる。


「大丈夫よ、ルイス。闇属性でも、私たちの愛は何にも変わらないからね」


 何を言っているんだろう? ちょっとよく分からなかったけど、とにかく今はこのことを考えたい。


「ありがとう、ママ。でも、今はちょっと一人になりたい気分かも」

「……そうね。分かったわ。じゃあ、部屋まで一緒に行きましょう」


 そうしてママは、私を持ち上げるとそのまま私の部屋のベッドまで運んでくれた。しっかりと目を合わせて、『愛しているわ』と言われ額にキスをされる。この歳になってもそんなことをされるのは面はゆく感じたものの、この5年で親子の絆を築いた私はそれをしっかりと受け止めた。


 さて、ママが部屋から去ったのを確認したから、そろそろ状況を整理しよう。私はベッドに寝転びながら前世の記憶を辿る。まず、状況からしてここがあのエロゲーの世界だということは間違いない。タイトルはなんだったけな、光とか聖なるだとか書いてた気がするけど覚えてないや。まあいいや、とにかく今問題なのは、私がその作品で断罪される悪役だって言うことだ。


 ゲームの舞台はカロメア王立学園、主人公はその高等部に入学するところから始まる。田舎育ちの彼は貴族が多い学園になかなか馴染めないものの、持ち前の正義感からヒロインを助けていくうちに、次第に認められ、最後には学園に召喚された魔王をヒロインと協力して倒して結ばれるというのがおおまかな流れだ。いろんなタイプのヒロインがいて、その誰もが魅力的で、そういうシーンのときは大変そそられたのを覚えている。


 そのゲームの中でルイス・ロベリヤ、つまり私は悪役として描かれていた。こいつはとにかく屑で最低な、いわゆる女の敵というやつだった。公爵という立場を悪用して学園では好き放題してたし、ヒロインたちの危機には常にこいつが関わっていた。


 プレイしているときはただただこいつの悪辣さにドン引きしたし、魔王を倒した後に、その悪事が暴かれて断罪されたのは心の底からすかっとした。ルートごとに追い詰め方が異なり、今度はどんな方法で暴かれるのかとわくわくもした。


 ただ、それが自分となれば話は変わる。ゲームの世界に転生したのはこの際いいとして、よりにもよってこいつか。日本語とは響きが違うから全然気づかなかった。通りでパパやママを見たことあると思った。ルイスが断罪されるシーンで、彼らが出てくるパターンもあったからな。はあ、どうせ男に転生するなら主人公の方が良かったなあ。


 それに属性が闇だということで私の夢が一つ潰えた。闇属性の魔法は精神に関するものだらけで、全然格好良くないのだ。攻撃魔法みたいな派手な魔法が覚えられる属性がよかったなあ。それに確か闇属性はその特性上、忌み嫌われているらしいんだよね。まあ確かに、作中では記憶操作とか洗脳とか結構胸糞悪いこともしていたっぽいし。


 後こいつ、ゲーム開始の時点でもチビで、なおかつめちゃくちゃデブだったんだよね。ゲームのキャラだから不細工でこそなかったけど、でっぷりとしたお腹に、脂汗を浮かべたまるまるとした顔面には、これぞ嫌な貴族の典型みたいな印象しかなかった。


 私、将来それになるのかあ。なってしまったものは仕方ないけど、はあ、テンション下がるなあ。それにかっこいい魔法も覚えられないし。そんなことを考えながらベッドの上でゴロゴロしていると、時計が目に入った。もうこんな時間になってしまったのか。それに気づいてしまうと急にお腹が空いてくる。朝ご飯も食べていないんだから当然か。


 そう考えた私は、部屋から出て食堂を目指す。途中何度か使用人とすれ違うも目も合わせずに皆そそくさと行ってしまう。どうしたんだろう? 少しモヤモヤしながらも食堂につき、何か食べるものを頼もうかと思っていると、後ろからお母さんの声がした。


「ルイス、もう大丈夫なの?」

「うん、全然平気」


 不安げなママの顔を見ていられず、咄嗟にそう答える。なのに、まだ泣きそうな顔で私を抱きしめにくる。小さな体ながらも私はしっかりと抱きしめ返しながら言う。


「もう、平気だって言ってるじゃん。それよりさ、何か食べ物ない? 僕、お腹空いちゃった」

「……そうね、すぐに出せるものがないかシェフに聞いてみましょう」


 そうして、いつものようにママと一緒に昼ご飯を食べた。ただ、使用人たちの控えている距離はいつもより離れていた。だから私は食べ終わってすぐに部屋に戻った。


 私を心配するママの表情、そして私に対する使用人の態度の変化が、自分のこれからがいかに辛いのかを表しているようだった。さっきまでは、どこか他人事のように感じていたその事実が急にリアリティを帯びて襲ってきた。悪役の名は伊達じゃない。今よりもっと人に嫌われることを想像するだけで辛かった。ざわつく心の整理をつけようと一人で考え込んでいた。


 どのくらいの時間が経っただろうか、ドアがノックされる音で現実世界に意識が戻る。パパが帰ってきたので夕食にするとのことなので、すぐに部屋を出て食堂に向かった。パパも忙しいだろうに、毎日夜ご飯は家族みんなで食べている。楽しい話で盛り上がるはずの夕食時だったが、今日はどんよりとしていた。


「闇属性だったそうだな?」


 重々しく確認するその声に、私は弱弱しく『うん』と答えた。パパはいつも優しいけどこんな属性を持ってしまった息子に愛想を尽かしてもおかしくはない。むしろ貴族なら、そうして当然だろう。続く言葉が怖くて、俯いてしまう。そんな私の不安を払拭するようにパパは大きく笑った。


「ふはははは、まあそんなに気を落とすな。魔法が全てではない。お前は私に似て賢いからな、大丈夫だろう」

「ええ、そうね。ルイスはルイスだもの。心配しなくてもいいのよ」


 そんな温かい言葉に何か答えなきゃと思うのに、私は声が出なかった。どうしてそんなに優しいの? その気になれば洗脳とかできちゃうやばいやつなんだよ? 私には使用人の人たちの気持ちの方がよく分かった。そんな奴が近くにいたら距離を取って当然だろう。なのに、まさかそんな言葉をかけてくれるなんて思いもしなかったから。いろんな気持ちを飲み込んで、何とか声を絞り出して返事をした。


 そんなこんなで夕食を終え、ベッドの上で、これからどうするのかを考えていた。そして決意した。ゲームの中のルイスと同じことをしようと。ゲームではルイス一人だけが悪役に仕立てられていて、ハッピーエンドではルイス以外皆幸せになっていた。もちろん召喚された魔王に負けるとかそういうバッドエンドもあったが、基本はルイスのおかげで、主人公とヒロインは恋仲になり、その力で魔王を倒すことができていた。断罪もあくまでルイス個人だけが処分されて、家にはお咎めがなく、年の離れた弟が後を継ぐようになっていたはずだ。だからパパたちも大丈夫。


 それに、断罪と言っても処刑されることはなくて、毎回魔法を封じられて国外追放だったから、その後からでもチャンスはあるだろう。まあ、毎回リンチにはされるんだけど、死にはしないから大丈夫。だから、私もゲーム通りに頑張ろう。そうすれば皆幸せになれる。


 前世ではヒロインたちに幸せにしてもらったからその恩返しと考えれば悪くない。——あれ、本当に悪くないように思えてきた。私があの娘たちを間接的にとはいえ幸せにできるならむしろ良い気がしてきた。シリアスなのは性に合わないしこのモチベならいけそうだ。よっし、じゃあ可愛いヒロインたちのために、いっちょ原作再現頑張りますか。























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