第2話


(ガララ、と部室の扉が開く。部屋には先輩が一人だけ。普段は遅れてやってくる彼にしたらずいぶんと珍しい)


 あれ? 先輩もう来てたんですね。

 ははーん、ようやく先輩も部長として責任を受け止め始めたってわけですか。関心関心。まあ、いうて先輩ももう三年生になるんで部活引退目前で私からすればようやくかよって感じですけ……え? どうしたんですか、虫歯と腹痛が一緒にきたような顔をして。


 今日が何日だって? 二月十四日ですけど。この間中間テストが終わったと思ったのにもうこんなに経つとかそういうのを言っていると自分が歳をとった気になるのでいやですね。で、それがどうかしたんですか……どうして泣き出すんですか。

 あ~……もしかしてチョコレートもらえなかったことを悲しんでい……違う。そうですか、違うんですね。それは失礼しました。


 椅子から転がり落ちて冷や汗だらだらかいてますけど、どう見ても確固たる証拠を突きつけられた犯人みたいな状態になってますけど。そうですか。悲しんでないんですね。じゃあ。そういうことにしておいてあげますけど、ちなみに本当には……悲しんでない。はいはい。


 別にいいじゃないですか、チョコレートがもらえなかったことくらい。血の涙を流しながら無言の抗議はやめてください。どれだけ悔しいんですか、血のバレンタインデーとか洒落になりませんから。

 え? チョコレートもらえないぜ同盟を組んでいたクラスメートが裏切った? しかも三人も? ちなみにその同盟の構成人数は……四人。つまり四引く三で、泣かないでくださいって。いまのは私が悪かったですから。

 でもそうですか、もらえなかったんですか。そうですか……ふぅん……え? べつに、喜んでませんよ? 先輩がチョコレートもらえなくて悲しんでいるのにそれを喜ぶ後輩とか最低じゃありませんか。


(漏れ出る鼻歌)


 喜んでませんよ。

 喜ぶわけがないじゃないですか。そもそも喜ぶ理由もありませんし、鼻歌? 私だって人間なんですから鼻歌くらい口ずさむ日があったっていいじゃないですか。たとえそれがこの一年間で一度もなかったことだったとしても、それがたまたま今日であっただけであってそこに特別な理由なんてものは存在しないんですよ。


 ふぅ……そっか。ふぅん……ふぅん……。

 まあ、わかってましたけどね。先輩がモテないってことくらいはずっと一緒にいたんですからわかりきってましたけどね。

 いいじゃないですか、別にいろんな人からモテなくてもたとえば……そのぉ、たった一人の大切な人にモテればそれでいいわけですし、そういう相手を大切にしている人の方がきっと素敵だと思うんですよね。


 そうです、そうです。きっといつか先輩のいいところを好きになってくれる相手がみつかりますから。たとえばー近くにいるけどぉ、先輩のこと好きなんだけどそういうことを先輩が気づいてないだけーとか。素直になるのがちょっとだけ恥ずかしくてどうしようもない空気をごまかすために空回りしちゃっているーとか。それでも先輩のことが好きだからせめて一緒にいたいと同じ高校に入学したーとか。無理矢理廃部状態だった部活を幽霊部員になるであろうメンバーをわざと集めて再開させて先輩と二人っきりになっているーとか。

 いるわけないぃ……! そんな力一杯否定されるとちょっと私の態度も悪かったのかなと反省しなくてはいけなくなるんですが。いえ、こちらの話です。


 で、つまりは教室にいてもつらかったから部室に逃げてきたんですか? え? 違う? じゃあ、どうして。


 ……私が、困ってないか気になった?

 もしかして、この間の相談のことですか? あれはですから、相談は相談ですけどそういう真剣な話じゃなくて、もしも渡す相手がいたらーの話であって別に悩んでも困ってもいないと言ったような、言ってなかったような。つまりは……別に悩んでないんですよ!


 ……そんなに力一杯否定されると……困るんですけど……。

 そうですね……まあ、作った……んですけどね。家族以外の、初めてのチョコレート……。


 渡したかって? いえ、まだ。ちょっちょちょ!? どうしたんですか、いきなり立ち上がって! え? 今から渡しにいく!? いやいやいや! いいですって、よくない……ってそんなにだから力一杯否定されると……。

 ですから! もうあれなんです。その、いま部室から離れても渡せないというか、ここから出て行く意味はないというか。いやいや、相手が帰ってしまったとかそういう話じゃないんですけど。


 一生懸命作ったんだろう?

 ……それは、いえ、一生懸命かといわれれば父と弟のついでにちゃちゃーと……ちゃちゃーと……。その、ちゃちゃーって……。


(静まりかえる二人。窓の外から部活動にいそしむサッカー部の声)


 ……。作りましたけど、その、頑張って。一生懸命とか、わかりませんけど。まあ、がんばって?

 でも、いいんです。その、ここから出て行く意味は。ですから。……はい……です、から。


 もう!!

 時々先輩ってそういうところありますよね! いいんですって、ていうか先輩がそこまで真剣になるようなことじゃ。


 ……ッ!?


 ~~っ……あぁ、もう……!


 わかりました!!

 渡します! チョコレートを渡します!!


 ですが! 先輩の助けは必要ありません! 私が! 一人で! 渡すんです! いいですね!!


 なんか腹立ちますね、その顔。

 もうワシが教えることはない? そもそも先輩から教わった試しがないんですけど。


 んんっ!

 渡しますよ、いいんですか。渡しますからね。この意味わかりますよね、私がチョコレートを渡すということは、びびってないで早くいけ? ……くっ! 先輩に言われると数百倍は腹立つ……!!


 すぅ……はぁ……。


 先輩。

 そこに立ってください。


 どうして? いいから、はやく立ってください。ほら、はやく!

 ……この状況でこの顔できるとかどうなってるんですかね、この人の頭の中は。


 いいですか、一度しか言わないからよぉく聞いてくださいね。

 ……。

 ……。


 私のチョコレート、

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