続 婚約破棄なんて言うヤツは許さない!≪ギンスルート≫

大井町 鶴

続 婚約破棄なんて言うヤツは許さない!≪ギンスルート≫

レーガの腕に腕を絡めて立つ令嬢がいる。


(誰だ、あの女は!)


私は馴れ馴れしくレーガに触る女を思わずにらみつけた。


「私、にらまれてる!コワイ!」


私の方を見て忌々しい女はレーガにさらにくっついた。


「リーニ、くっつきすぎだ。一戦交えた後は、気持ちも高ぶる。表情も険しくなるもんだ」

「えー、そうなの?でも、戦いの稽古ってあんなに密着するものなの?」


無邪気にレーガに先ほどの稽古の様子を告げる表情はイジワルな顔だ。ワザとだな。


「普通は地面に引き倒される前に決着がつくものだ」


私は何となく“実力不足”だと言われた気がして、思わず下を向いた。


「あーティニーさあ、この前貸した上着返してくれねえかなぁ?今晩必要なんだわ」


ギンスが全く関係ないことを言い出した。私はギンスの方を見る。


「ああ、洗って乾かしてあるよ。部屋に掛けてあるから持ってくるよ」

「オレも寮の前まで行くよ」

「上着を貸してもらってたの?お二人ってとても仲が良いのね。レーガの婚約者なんじゃなかったの?」

「リーニ、ティニーとギンスは背格好が似ているからたまに貸し借りをすることもあるんだ。大したことではないよ。あちらで茶でも飲んでいよう」


レーガはそのままリーニという令嬢を連れて修練場を行ってしまった。


「ティニー、行こうぜ」

「……あのリーニという娘、誰なんだろう」

「親しそうだったな。レーガを呼び捨てで呼んでいたし。連れ帰って来たところをみると……」


私はギンスの続きの言葉を聞きたくなくて早足でズンズンと歩いた。


「待てよ。まだ、恋人だとか言ってねえぞ」

「まだって何だよ」


私は不機嫌に言うと、寮の自分の部屋から借りた上着を持って出てきてギンスに渡した。


「何で急に上着の話を出したのよ」

「んー、何か雰囲気悪かったから。オレがレーガに詳しいことを聞いておいてやるよ」

「……そうだったの。レーガ様に直接、事情を聞きたいけど、今の私には聞く勇気はないや」

「落ち込むなって」


ギンスは私の背中をポンポンと叩くと去って行った。


その後、私はナリオーネのお忍び街散策などに付き合ったり、城の侍女に護身術指導などをしていたりしたらレーガと話すこと無く数日が経ってしまった。私の心はずっとモヤモヤしたままだ。


(もしかして、レーガ様の中では私のことは無かったことになっているのかな……)


芝生の上に足を投げ出して座り空を仰ぎながら考えていると、隣に大きな気配がして人が座りこんだ。見るとレーガ様だった。


「レーガ様……」

「ティニー、今話せるか?」


私がうなずくとレーガは話し出した。


「すぐにでもティニーと話したかったが、報告や会議が立て込んでいてティニーと話すのが遅れてしまった」

「いえ……それは当然です」


私はレーガが公爵家の次男であり、自分よりも格上貴族であることが念頭にあったからレーガと話す時はいつも敬語で話していた。


「昨日、オレの側にいた令嬢だが、彼女はリーニという」

「はい……」


私は“彼女は想い人だ”なんて言われるのではないかと思うと聞きたくない気分になった。彼女は、私には無い女らしい魅力のある人だったから私は自信が無かったのだ。


「ティニー、何で暗い顔をする?彼女はオレの親戚でカスラ伯爵家の娘だ」

「へぇ…」


親戚と言っても婚姻はできる間柄じゃないかと、私の気持ちは晴れなかった。だってあの小娘、レーガのことを確実に狙っている。


「反応が鈍いな?彼女はオレが王都に戻るタイミングに合わせて、社交界デビューをするためにやって来たんだ」

「社交界デビューを?でも、彼女はレーガ様に気があるように見えました」

「小さい頃、よく遊んでやっていたから懐かれているだけだ」

「……そうでしょうか?」

「なぜそんなに気にする?それよりも、ティニーはなぜギンスと服の貸し借りをするほど仲を深めているんだ?」

「ああ、あれは私がサラシを胸に巻くのを忘れてしまい、見かねたギンスが上着を貸してくれたんです」

「サラシを巻いていない姿をギンスは見たのか」

「急いでいて不覚にもサラシを巻くのを忘れておりまして」

「そこじゃない、ティニーはそんな姿をギンスに見られてどうも思わなかったのか?」


レーガ様は何を言いたいのだろう。見られたのはハズカシイに決まっているじゃないか。


「恥ずかしかったです」

「……稽古はいつもあれほど過熱しているのか?」

「いえ、あれは特別に過熱しまして」

「オレはドラゴン退治の派遣だったとはいえ、長くここを離れすぎたようだ」


レーガが立ち上がると“また”と言って去ってしまった。


「結局、あの娘はレーガ様狙いの小娘だってことだけが分かっただけじゃないか…」

「へえ、そうなの?」

「わゎ、ビックリした!」


隣にギンスが身軽に座り込む。


「レーガと話せたんだ?」

「話したけど、社交界デビューにかこつけてレーガ様にくっついてきたってことぐらいしか分かってないよ。あ、でもあんたのことも言ってた」

「何て?」

「いつの間に服の貸し借りするほど仲良くなったのかって」

「はは、アイツそんなこと気にしたのか」

「大したことじゃないよね。あたしとアンタ、体型似てるもん」

「オレには胸はねえぞ?」

「当たり前じゃん!」


アハハと笑い合う様子をリーニは物陰からじっと見ていた。


その夜、城の下働きをしている女からメモを渡されたティニーはメッセージに書かれていた指示通りに城のバルコニーで人を待っていた。


(レーガ様はなぜ下働きの女にメモを?今まで一度もそんなことは無かったぞ。私とあんな会話をした後だから気マズかったのだろうか…)


レーガを待っていると、そこに現れたのはなぜかギンスだった。


「ティニー、用って何だよ?」

「ギンスが何で?」


2人の声が同時に重なり、お互いの頭にハテナが浮かんだ。


「お前、オレにここに来るように伝えろ?」

「私もここにくるようにメモを渡されたからいたんだけど?」


ギンスの様子を見るに、どうも仕組まれたらしいと分かった。こんなことをするヤツと言ったらあの小娘ぐらいしか思い浮かばない。


「あんの、小娘がぁ」

「おいおい、小娘でもレーガの大切なイトコだろ?せっかくだから星でも眺めて行こうぜ。ほら、今夜は流星も見える」


ギンスに言われて空を見上げると、澄んだ空に星が流れて行くのが見えた。


「わぁ、キレイだなぁ」


実家である辺境の夜空を思い出して私は懐かしくなった。


「私の実家の空もこうやって星がキレイに見えるんだ」

「へえ、そうなのか。それはいいな」

「あ、また流星が!ホラ、願い事しないと!」


私は隣に立つギンスをせっついた。


「えっとじゃあ、“お前が幸せになれますように”」

「願い事って口に出さなくてもいいんだよ。それに何で私のこと?」

「いいじゃねえか、いいこと言ってるんだからさ」

「自分の願い事を言わなくちゃあ」


そういいながらギンスの方を見ると、ギンスはなぜか私の方を見ていた。


「ギンス…?」

「……何でもねえ。寒くねえか?ホラ上着」


自分の上着を脱いで私の肩にかけてくれる。確かに夜はヒンヤリして肌寒い。


「ありがと」


私は微笑んでギンスを見た。その時だ。


「ギンス、なぜここにいる?」


大股で近づいて来たレーガ様がギンスと私の間に入り込むと、私の肩にかけられた上着を振り払った。上着が石畳の上に落ちる。


「レーガ様、何を…」

「ティニー、君もなぜここにいる?」

「レーガ、落ち着けって!」


誤解を解こうとギンスがレーガに近づくと、レーガ様はギンスにパンチを食らわした。反動でギンスが吹っ飛ぶ。


「ギンス!」

「ティニー、構うな!アイツがオレの婚約者にちょっかいを出したのが悪い」

「誤解です!私もギンスもメモを渡されてここに来たんです!」

「2人で会う約束をしていたんじゃないのか?リーニから2人がバルコニーで会う約束をしているのを見たと聞いた。気になって来てみれば2人がいた!」


レーガ様は完全に私達が密会していると勘違いをしていた。頭に血がのぼっている状態では冷静に話を聞いてもらうことはできない。


「証拠のメモはあります。明日お見せしますので!」


私はそう言うと、殴られて口から出血しているギンスの方へと走り寄った。ギンスは石畳から背を起こすと頭を振っている。意識がもうろうとしているのだろうか。私はギンスを後ろから支えて寝かそうとする。


「ギンス!無理して起き上がっちゃダメだ」

「オレはいいから…レーガときちんと話せよ」

「レーガ様には明日、メモをお見せする……冷静になって見て頂ければきっと分かって下さるから」


レーガ様は、自分が冷静ではないことは自覚していたのだろう。私の言葉を聞くと、恥じた様子でこの場から離れて階段を足早に下って行った。


「あーあ、レーガ行っちゃったぞ」

「今は、あんたの方が大変なことになっているよ」

「だな、痛てぇ。アイツ思い切り殴りやがった」

「あんたが死ななくて良かった」

「まさか殺すつもりでアイツも殴らねえよ」

「あんな怖いレーガ様、初めて見たよ」

「アイツ普段、感情を抑えているからな。内には激しいものを抱えているんだよ」

「あんた、優しいのね。殴られたのに」

「感心したのなら、オレのこと手当してくれねえ?」

「いいよ、修練場の救護室に行こう。薬がある」


私はギンスの意識がハッキリしているのを確認すると、肩を貸してギンスを救護室に連れて行った。腫れた頬を冷やして薬を塗ってやるとホッとした。


「染みる?」

「ああ、染みるけど、大丈夫だ」

「あんたのキレイな顔が台無しだね」

「オレの顔、キレイだと思うのか?」

「うん。世間的にはキレイな顔っていうやつだと思う」


“何だよソレ”と笑うギンスは赤茶色のカールした髪の毛が特徴のやわらかい雰囲気を持つ男だ。顔のパーツもバランス良く配置されているから、たまに城の女中から手紙やプレゼントをもらっているのを知っている。


「お前がそんな風にオレを思っていると思わなかった」

「一応、私だって心の中では色々と思ってる。口には出さないけど」

「だよな。お前っていつも自分を抑えて無理やり男らしくしようとかしているもんな」

「え……」


ギンスがそんな風に私を見ていることが意外だった。私は、自分の武力スキルを活かして生きて行こうと決めた時から女性らしさなんていうものは後回しにしてきた。元々、気は荒かったからそれでいいと思っていたし......いや、いいんじゃないかと思うようにしていたのが正しいのか。


だから、レーガ様が私を女性として見てくれた時は嬉しかったし、彼の強さや見た目も気に入ったからすぐに求婚にOKしたわけだが。


「おい、どうした?黙りこくって」

「いや......私この後、どんな人生を歩むんだろうと考えただけだ」

「レーガと結婚するんだろ?心配なのか?」

「あんな風にこじれたらもう……領地に帰ろうかな」


私がつぶやくと、隣に座っていたギンスが私の手を取った。


「何、急に?」

「……なよ」

「え?何言っているのか聞こえない」

「“帰るなよ”って言ったんだ」

「何であんたがそんなこと言うの?」

「お前が好きだからだよ!」


ギンスの言葉に私はとても驚いた。


「冗談?それとも、レーガ様に見放された私のこと慰めてる?」

「冗談じゃないし、レーガのことはオレの気持ちと関係ない」

「……」


私は、レーガ様にしか“好きだ”と言われたことがない。だから、ギンスの言葉に面食らった。


「お前、そもそも鈍いんだよ」

「あんたとはいつも軽口叩いて、稽古してただけじゃない」

「オレは色々とお前のことを見てたよ。男になりきろうとして無理したり、女性特有のツラい日に何ともないようにして振る舞っている姿とか」

「ちょっと待って!何か聞き捨てならないこと言った!何であんたが私の女性特有のツラい日を知っているわけ!?」

「オレは鼻がいい」

「ヤメて~!最悪!」


私は告白された余韻に浸る間もなく救護室で叫んだのだった。


「オレと家族になればそんなこともハズカシくない」

「そんなわけないだろ!……って家族になれば?」

「ちゃんと聞いてるじゃないか」

「それってプロポーズ?」

「そういうこと」


軽いノリで言うギンスの言葉で冷静になった私は、まずはレーガと話し合う必要があることなど至極マジメに説いた。


「分かってる。オレの気持ちはアイツに直接伝えるけど、そちらも2人で良く話し合ってくれ」


その言葉の通り、ギンスはすぐさまレーガ様と話の場を持つと長々と話し合ったようだ。酒場で話をしたらしく、翌日の朝は2人とも死んだようになって修練場にやって来た。打ち解けた様子を見るに仲直り?はできたらしい。


私もレーガ様にお互いの気持ちなどを話すための時間を作ってもらった。レーガ様もずっと話さなくてはと気にしていたらしい。


レーガ様はまず私に誤解していたことを謝ってくれた。そして、その後に心の内を素直に話してくれた。ドラゴン退治に旅立った後も私を想ってくれていたこと、疲れて帰って来たら私がギンスと仲良くなっていて許せなかったことを。


私は、レーガ様がいない間、稽古に打ち込むことで寂しさを紛らわしていたこと、帰ってきたと思ったらリーニがベッタリとレーガにくっついていてイヤだったことを話した。


リーニの企みはレーガも知ることとなり、きつく叱ったそうだ。(私が見るに、全く凝りていなさそうであったが)


「ギンスのことはどう思っている?」

「え、ギンス?」

「ティニーに告白したと聞いた」

「それは……」


私は黙った。ギンスがレーガ様に気持ちを話すと聞いていたが、私はどうするべきか悩んでいた。レーガ様の激しい感情の起伏を見て、少し怖いと感じてしまったのもある。長い沈黙が続いた後、レーガ様が長いタメ息をついた。


「その沈黙が答えだな」

「あの、私は…」

「いいんだ。オレを選ぶならば君はすぐに答えたはずだ。すぐに答えられないということは気持ちに迷いが生じているか、すでに気持ちが離れ始めている証拠だ」


レーガ様の冷静な分析に私はそうかもしれないと素直に思った。


「君と過ごした時間はあまりにも短かった。時間とは残酷なものだな」

「レーガ様……」

「昨夜、酒場でギンスから君をなぜ好きになったかを聞いた。細かく君を見ていて驚いた。ヤツにならば任せてもいい。幸せになってくれ」


レーガ様は修練場の個別相談室の扉を開けると出て行った。私はどんな顔をして修練場に出て行けば良いのか分からず席を立てずにいた。


「ティニー、いつまで座ってるんだよ」

「ギンス……私、フラれたみたいだ」

「はあ?今レーガからお前にフラれたと言われたぞ?」


笑って私に声をかけたギンスがギョッとした表情をした。


「お前、泣いてる……レーガを呼んでくるよ」

「違う、彼が去って悲しいんじゃない......と思う。私も分からないんだ」

「何だよそれ…オレのこと好きだって言えば丸く収まるのにさ」


おどけたように言うギンスに背中をポンポンされると私は涙がどんどん溢れてきて不覚にも大泣きしてしまった。


私の泣く声にほかの騎士達も見に来て“ティニーがギンスに泣かされている”と騒ぎになった。そのせいで、事態の収拾のためにレーガ様が呼ばれるという良く分からないことが起きた。


レーガ様は困ったようにこちらを見て、ギンスに“仲直りしてくれ”とギンスの背中を叩くと出て行ってしまった。ギンスは私を泣き止ませるのに苦労した。


それから半年が経った。


私はいつものように修練場で稽古に精を出していた。


「よう、頑張るな!今度の結婚式に一緒に出てくれってさ」


休憩に入り座っていた私の横に座るとギンスが言った。


「決まったのか?」

「ああ。トントン拍子だな」


あれからレーガ様は、“強い男性が大好き!”というワフル伯爵家の令嬢に猛アタックされて根負けしたレーガ様は婚約をし直したのだった。その後は順調に話が進み、半年という短期間で結婚まで至っていた。


「何だかんだでアイツ幸せそうだよ」

「そうか、それは良かった」

「これで、オレ達も進展できるんじゃねえか?」

「え……」


私達はあれから何も、何も、進展していない。まわりでは“レーガはやはり女らしい令嬢が好きだったのだ”という雰囲気になり、完全に私がフラれたと思われていた。ギンスと私は同僚からは仲の良い2人だとしか思われていない。


「レーガがずっと気にしているよ。“何のために身を引いたのか分からない”って。婚約を解消して新しい相手と婚約したのもずっと後ろめたく思っていたって」

「知ってるよ。本人から聞いた」

「あ、オレの知らないとこで2人だけで話してたのかよ」

「妬かないでよ。私は“レーガ様が幸せにならない限り進展はあり得ません”って答えたんだから」

「それで、半年後の結婚ていうわけか?プレッシャーかけたんじゃねえか」

「でも、決めるのは本人だから」

「そうだけど……でも、じゃあオレ達のことも皆に言ってもいいよな?」

「まあ……」

「何で後ろ向きなんだよ」

「ハズカシイだろ」


ギンスは修練場の中央に歩いて行くと大声を出した。


「皆!聞いてくれ!オレはティニーと結婚するぞー!!」

「バカ、ギンス!」


修練場にいた皆がギンスと私に注目する。わわ、見るな!私はきっと真っ赤だ。


「あー、知ってるぞ~!お前達は仲いいからな!別に驚かないぞ~!」

「いつ結婚式するんだよ~?」

「レーガの結婚式の後にしとけよ~!アイツをフッて幸せになろうとしてるんだからさ~!」


色々な声が聞こえて私は意識が遠のきそうになった。


(皆、私とギンスとレーガ様の間に起きたことを知っている!?)


「ホラ、お前って鈍いじゃん」


戻って来たギンスに言われて私は何とも言えない顔で“そうかも”と答えるのが精いっぱいだった。


「……そういえばまだ、うちの実家に何も話してないぞ。勝手に色々と公表するなよ」

「今度、休みをとってお前の実家に行こう。オレはもう実家には伝えてあるから」


ギンスが微笑みながら私に言う。もう、ギンスは私のことを自分の実家に伝えていたのか......。


私は色々とあったが、自分が自然でいられる人に見染められて再び幸せを掴もうとしている。私を想ってくれる人を大切にしていきたい、守りたいと思ったのだった。

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