ずっと夢の中、夢現。純粋さ故。

初心者ビギナーのファースト

彼女の名前はリリー


リリーは夢の中に住む夢の番人。仕事がなければ普段は彼女のために特別に用意された夢を管理する中心管理室のようなところにいる。夢を見る人間、つまり仕事があれば人々の夢を伝って目的の夢の世界に向かっている。容姿を見るものは誰もいない。彼女は人々にとって幸せな夢を見せる側なのであって、彼女の姿を見せる存在でないことを理解しているからだ。夢の番人である彼女がすることは、人々を眠らせ、記憶を漁りその人間が思う最も幸せな夢を見せることで夢の世界の安寧を保ち、人々の精神を安定させ幸せを感じさせることだった。


幸せをどのくらい感じられたかといったものは翌日一瞬だけ見える人間の寝顔であったり、心の動きや夢の安定さで判断している。人々は気持ちが不安定になったり恐怖を感じるとその人間の夢の世界自体が不安定になり始める。それを防ぎ安寧を保つため夢を見せる。基本的に人々が見たい夢は皆、一般的に言えば平和なもので、その人間が欲しがる物を与えればよかった。世界平和を望む人間もいた。その上夢の中でお腹がいっぱいになれば目を覚ますと同時に幸せそうな顔をするし、夢の中で想い人とくっついてしまえばもっと幸せそうな顔をする。だから、人々は平和で優しく単純なものなのだと考えていた。手探りで人々に幸せな夢を見せ続けていた彼女は夢を見せると同時に人々の目的や生きる意味を学んでいった。


そうして白い布に新たな色のクレヨンで絵を描き込んでいくように、彼女は新しい色鮮やかなものを学んでいった。


人々の幸せと人々が外で見ている世界は非常に美しいものであった。夢に見るというなら金銀財宝だって沢山くれてやったし、色とりどりの貝殻も、宝石も、望めば沢山用意して人々を幸せにしていた。人々の幸せは彼女にとって幸せで、仕事だとはいえ、人間を幸せにするのは彼女にとって生きがいとまで感じていた。しかし、幸せに対して単純であった人間とはいえ時間が経てば経つほどおかしな人間が現れ始めた。


同族で殺し合い1人になることを望む人間や皆々支配し1人の人間を追い詰めることを美徳とする人間が出始めた。彼女は困惑した。ずっと人々は美しいものや富を得ることでしか幸せを感じないと感じていたからだ。今望む人が少なくともその人々が望むのなら夢を見せてやるしかない。彼女は嫌であったが翌日幸せそうな顔をしている人間を見過ごせなかった。彼女は仕事も生きがいも捨てることはできなかった。その上、人々が夢をみることで彼女の存在は維持される。夢の世界を歩いて、そういう人間を見つけるとその人間の記憶を探りその人間の殺したい人間、傷つけたい人間、嬲りたい人間を探しだしそのダミーを用意してやる。その時に用意したダミーはなるべく黙らせその場に立たせてやるのがポイントだ。夢を見ている人間に対して恐怖を感じさせたい者もいる為、実際はその夢を見る人間次第なのだが…。するとみるみるうちに夢を見ている人間は豹変する。例え温厚な人間だろうが優しい人間だろうが本当のほんの少しの一部を除く者達は一斉に攻撃を始める。攻撃する人間が武器を求めれば持っている知識や人々の記憶を探って繊細に細部まで再現し、そばに転がすようにおいて置いた。ダミーとはいえ用意した人間は容易に傷つきボロボロになっていく。いずれ叩きに叩かれ、刺されに刺され、死ぬスレスレまで迫られてしまうこともあったし、全身見るに堪えない傷がつきにつくし打撲どころの話でさえなくなってしまうこともあった。本来夢を見せている側にとっては自分が用意した夢の一部を壊されたくは無いものだし、争いなんてもの好んではいないため人間の死体を作ることなど嫌なことなのだが、傷つく人間を再現してやらねば本人等も興味を失い夢を見なくなってしまうかもしれない。彼女は夢を見せる際に取る人々の記憶を利用し学んでいった。人間の多種多様な死に様も、傷つける位置によって出る傷も、そこから出る血の量だって、流れ方だって、何なら学んだ上で本物のような死体だって作ってみたり。現実に干渉はできなかったが人々の記憶からなんだって調べて探求してその積み重ねた知識を元にしそうした事に幸せを求めた夢見る人々の為に再現してみせた。


そうして翌日幸福感を持った人間を見て自分がしていることが間違っていないと、これこそがその人の幸せであったのだと結論付ける。そんな日々が続き彼女は気付いてしまった。ここ最近そんな人間を見かける頻度が明らかに増え続けているのだ。増えゆく事象にいずれ多くの人々はもう夢の中で色とりどりの貝殻を見ても、鮮やかなドレスを着て踊りを踊っても、一生分の財産を見ても満足しなくなるというのか、と不安する。否、そんなことはない。そんなことは無いはずだ。小さな子供たちは逆に人を傷つけることを望まない。寧ろ自分たちを包んでくれる存在、夢を見させてくれる存在を欲している。メリハリ、そう、メリハリさえつければ余計なことをせずに済むし全ての人々を幸せにさせることができる。そう考えていると彼女はふと思い出してしまった。


そ う い え ば …

【私が用意してきた人間のダミーは…どうなっているんだ?】

彼女は知ってしまった。後ろを見なければ良かったのに。ふと後ろを振り返って見ると、薄暗い夢の中に彼女が作り上げてきた【死体】すなわちダミーの山々は丁寧に積み上がっていた。大量の血を流す者、傷つけられもうあとすら残っていないもの、吊るされそのまま息絶えているもの。夢の中では死ぬことは無い為死体とは言えないが人々が見ればこぞって死体だと言い出すだろう。酷たらしい惨劇を生み出してしまったことに今更気付こうがもう遅い。毎日作られるであろうダミーとその死体はかなりの数がある。かなりの人間が同時に夢を見るからだ。それが大量に積まれていく。ここまで丁寧に大きな円柱形に積まれ敷き積まれているとすぐに倒れることは無いだろうがいつかはその…言うならば死体の塔のようなものも崩壊してしまうだろう。そのくらい毎日同族殺しの夢を見る人間が増えたということだ。


リリーは泣いていた。人々が夢を見る目的がこのままだと変わってしまうのではないかと。

リリーは泣いていた。人々は経つ時間の末にこんなに残虐になっていたとはしらなかったと。

リリーは泣いていた。ここが夢の中でありダミーであるとはいえ自分もこの殺人に、猟奇的な行いに加担してしまったと。


白い布に鮮やかな色を足した子どものような純粋さは、持っていた黒のクレヨンでだんだんと塗りつぶされていく。黒では飽き足りず、どす黒い生気の抜けた血液のような液体をバケツいっぱいに持ってきて布を浸した。彼女の心は純粋だった。純粋な白であったがゆえに完全に染まりきった彼女の心も倫理観も欠けていった。気付いたのだ。何年も何年も人に夢を見せてきて。気付いたのだ。沢山のダミーを作ってきて。


今の人間の多くの望む幸せは同族としてのお互いの傷付け合いにあるって。


彼女は気でも可笑しくなったのかと思われるくらい仕事の合間に拷問に関する人間のもつ記憶を漁り始めた。拷問だけではない。殺傷物の記憶も漁り始めていった。そこから人間の体に対する知識も深く深く得ていった。血管の数も、そこを流れる赤血球の流れの速さだって必死に読み漁り人間のダミーのクオリティもどんどん高くなっていった。最初は難しかった血流を流す行為だって今は流れるようにできるようになっていったし、人間の死に顔も何個も学んでいったのがよかったのか、その場にあった最もふさわしい死に顔も気絶した顔も何もかもを再現させることもできるようになっていった。死体でできた塔もかなりの高さになってきた。倒れそうかと思うかもしれないが、しかし、底にある塔の基盤となる床の円がかなり大きく、少しでも層ができるのにかなりの死体がいることだけが救いだった。


だが、ここで1つ嫌なことがあった。彼女のために特別に用意された集中管理室のような場所についてだ。死体の塔があるところでもあるが、あまりにも知りすぎたが故にクオリティが上がり、本来そこまで出す必要がなかった血液量が格段と増えてしまったのだ。人間一人の血液は体重の8%だ。その量すべてが出ているかは限らないが傷付けた場所によってはかなりの血液量になるのだ。それがずっとリリーが立っている、塔から10m離れたところでさえ流れ続けているのだ。血の有効活用方法はないだろうか。そうだ、人間の記憶を漁り読んだ時に読んだことがある。人間は同族の血を浴びる、飲むなどすると体が若返るという話を。夢を見せていると幸せなことが若返ることという人間もいる。ちょうどよかったかもしれない。あまりに余ってしまった血液の有効活用ができるかもしれない。死体の隙間から、裸体から血液を集める。小さな瓶1つでは人間は若返るはずはない。風呂1つは満たしてやらなければならないそうだ。ついでに持っていってもらおう。いや、夢の中で残したものはそのまま夢の中に残されてしまう。それなら体に揉み込ませれば良い。人間の汗と血液は成分的に言えばほぼ同じだと聞いた。今度試してみる事にした。そうしてどうにかこうにかしてその人にとって幸せな夢を見せ続けていた…。


ある日彼女はしくじってしまった。夢の番人を自覚してから2度目のミスだった。あまりにも残虐性のある夢を見せ続けていたが故のミスだ。それは小さな子供の夢だった。早速血の有効活用を考えていた彼女は子供に対してバケツ一杯の血液をぶちまけた。中には一緒にすくった内臓も入っており結構な質量が支えきれない子供の体に降り掛かってしまう。やらかしてしまったと思った。子供の心は不安定で、少しでも恐怖を感じると夢の世界が崩れかねない。案の定その子どもの夢の世界は揺れ動き始め、天井から崩れ落ちていく。夢の世界が、大きい岩の破片になり降り掛かってくる。幸いにもこれを体験するのは初めてではなかった。日頃の行いからか動揺を抑えることも慣れていた。ゆっくりとしていられない。生み出したバケツはそのままにして、精一杯足を動かし逃げる。崩れ行く夢に巻き込まれてしまえば二度と戻ってこれないことは本能で理解していた。助かるには別の人間の夢に逃げなければならない。そのためには早く子供の夢の一端に逃げ、今風に言うならゲームのバグ技のように壁をすり抜け別の世界にいかねばならない。上から降ってくるものが夢の世界の地面に触れるとそこから一緒に崩れていく。夢は幸運なことに真ん中から崩れ始めている。何とか逃げられるかもしれない。二度とこのような失態はしないよう胸に秘め走り抜けていった。


しかし、子供の泣き声が、悲鳴が、ここまで【良く】思えたのは初めてだった。そう言えば、ダミーに一切声を出させていなかったような気がする。どちらにせよ得られてしまった知は仕方がない。失敗を踏まえての参考が増えただけだ。


翌日の顔なんてもう何ヶ月も覗いていなかったので久々に覗いてみた。一瞬だけしか見られないため深々は見られなかったが、子供は息を引き取っているようだった。隣で母親の泣き叫ぶ声が一瞬だけ聞こえた。

…私は幸せを感じさせるという事柄を忘れてしまっていた。元々私は人を喜ばさせる為に…いや、おかしい。私は幸せにしてきた筈だよな。大体人々が、夢を見る人間が他の人間が死ぬことを望んだのが、?え、他の人間を痛めつけることを深く深く望んだのがわるいわけであって…え?


【私さ、何も悪くないよね?】


翌日からも幸せな夢を見せ続けた。

ある日は拷問器具を使い、

ある日は色鮮やかではあるが少し歪な貝殻を沢山作って持っていき、

ある日は大量のダミーを作って1人の人間に対してすべて従うようにし、

ある日は一生分の少し歪な富を作り上げ、

ある日は生き血で人を若返らせようとした。


ある日、彼女が夢を見せようと夢を見始めた1人の女性の夢の中に入る。この人間の望むことを調べるために慣れた手つきで記憶を漁る。記憶は冊子状にすると読みやすくて楽なことに長く仕事をし続けて気付いたのであっさりとその人間が望む幸せがわかった。この女性が望むことは亡き子供に会うことであった。それもこの前彼女が誤ったとしても手にかけてしまった子供だった。顔が真っ青になるのが分かる。脂汗が出る。体温が下がっていくのがわかる。自然と体が震えてくる。この母親の幸せを叶えることはできない。何故ならば…私は…


気付けば女性にまたがっていた。手元を見れば自分がしたことは大体わかった。多分あの女性を手に掛けたのだろう。細かいことは思い出せない。しかし、この大きな石で手にかけたのは間違いない。女性の顔はもはや原型がなく、石には大量の血液が付着している。嗚呼、夢を見せられていたら良かったのに。夢を見せる側が見られるわけもなく、夢の世界は壊れていく。女性のそばに石を放り投げ走る。走りながら気付いた。今、興奮しているんだと。気付くことにより体に少し注意が回った。ずっと声を出していたのか喉の震えを感じていた。それからずっと言語化もされていない叫びが木霊していたのだろう。喉はずっと震え続けていた。


手に掛けてしまったにしてはあっさりとしている。罪悪感はまるでなくなっている。まるでダミーを殴っている感覚とにていた。人間は顔を強打されるとあの様になるのか。幸せを求める人間のためにまた理想に近付けられた。そこに幸せを感じてしまっている彼女はもう手遅れだろうか。その日に別の人々のために作った貝殻は歪で今にでも砕け散りそうであった。


彼女はその後もずっと人々のために夢を見せ続けた。あの時以降、人を殺めていないし夢を見せるのに失敗したことはない。だが、彼女が作る夢の中で、昔はあんなに精巧に作れていた貝殻や宝石、蝶々や花束なんかは脆く、拙く、歪になっていった。しかし彼女の中では作れていると勘違いしている。それに気付き声を掛ける人はいない。代わりにダミーの人間を作るのはとても上手になっていった。その度に塔も高くなっていく。そんなある日だった。彼女はついに作り上げた。人間が作った最高の拷問器具。【アイアン・メイデン】。鉄の処女という異名を持ち、その外観からは想像ができないほどの鋭い針が中にはびっしりと詰められており、それらはすべてあえて急所を避けるように作られているそうだ。とある貴族の人間が血液を集めるために作ったという情報があるが、彼女に確認の術はない。ようやく最高傑作を作れたかもしれない。しかし、それに喜ぶリリーと引き換えに高く積み上げられ限界を感じたのか、それとも禁忌に触れすぎてしまったのか、今までの失態、殺人による制裁なのか。塔はかなりのスピードを出して倒れる。彼女が気付いた頃にはもう逃げられなくなってしまっていた。運がいいのか悪いのか。彼女はちょうど塔が倒れれば押されて入ってしまうほどの距離で作ってしまったのだ。気付くのが遅かったせいで開いているアイアン・メイデンに体をぶち込まれ飲み込まれてしまう。沢山のダミーの死体が良いところにあたってしまったのか。抵抗する術もなくアイアン・メイデンの扉は閉まり、彼女は閉じ込められてしまった。アイアン・メイデンの表面には血液採取用の穴が空いている。本来ないはずだが、思い込みなのか、彼女の刺された体から大量の血液が吹き出す。その間もアイアン・メイデンは転がっていった。大量の死体に押されまるでタイヤのように。


時間が経った。アイアン・メイデンが開き、死体も全て倒れきった頃には、彼女はもう息絶えていた。夢の番人もいずれは死ぬ。彼女が死ねば夢を管理する中心指令室も今までの人々の夢と同じようになくなっていく。崩れ行く夢の世界の中で、純粋であり、ありのままの人の幸せを願えたはずのリリーは一体何を考えていたのだろうか。


夢の番人がいなくなればどうなるか、答えは1つ。器を持つ者が新しく成り代わるだけだ。

……

………

紹介しよう。彼女の名前はリリー。リリーは夢の中に住む夢の番人。仕事がなければ普段は彼女のために特別に用意された夢を管理する中心管理室のようなところにいる。夢を見る人間、つまり仕事があれば人々の夢を伝って目的の夢の世界に向かっている。容姿を見るものは誰もいない。彼女は人々にとって幸せな夢を見せる側なのであって、彼女の姿を見せる存在でないことを理解しているからだ。夢の番人である彼女がすることは、人々を眠らせ、記憶を漁りその人間が見る最も幸せな夢を見せることで夢の世界の安寧を保ち、人々の精神を安定させ幸せを感じさせることだ。


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