続 婚約破棄なんて言うヤツは許さない!

大井町 鶴

続 婚約破棄なんて言うヤツは許さない!

ティニーはイラついていた。


せっかく理想的な伴侶と巡り会えたと思ったのに、レーガとの甘い時間は2週間で終わりを告げたからだ。もう2ヶ月も会っていない。一緒にいた時間をとうに超えている。


「イラつくなよ。仕方ないだろ、レーガの領地でドラドンが出たんだからさあ。土地に詳しいレーガが派遣されるのは当たり前だ」


ティニーは軍の修練場にいた。自分とレーガの同僚でもあるギンスになだめられていたところだった。


「何てタイミングが悪いんだ。私は日頃の行いがいいんだぞ!」

「オレに絡むなよ」

「あー、むしゃくしゃする!ギンスもう1戦付き合え!」

「お前の体力、バカすごいな!あと1戦だけだぞ」


ティニーは不満をぶちまけるがごとくギンスに模擬用の槍をふりかざした。ギンスは模擬用の剣でティニーの一撃を受け止めると、横に振り払った。


「そうはいくかぁ!ダリャー!」


ティニーは槍を払われた反動を利用して回転しながら槍をギンスの脇腹に槍を突き出す。見事クリーンヒットした。


「ぐわぁー痛てぇ!もうここまでにしとこうぜ!」

「何だ、もう終わりか?」

「お前、オレが本調子じゃないことに感謝しろよ?」

「そんなこと言ってギンスはいつも手加減しているだろう?」

「そんなことねえって」


ギンスは子爵家の次男だ。剣の能力を買われて近衛兵にまで昇進してきた期待される男だった。身長が174センチのティニーに対してギンスは175センチであったので、体格のつり合いが取れることもあり、よく練習中に組むことが多かった。ティニーの家よりも格下であるということもあり、ティニーは気軽に口を聞ける人物でもあった。


ちなみに、騎士団には女性騎士がほどんどいなかったので、練習は男性騎士と共に行っている。さすがに、寮は別々に用意されているが、軍はほとんど男性の集団であると言えた。


ティニーは女性だからと手加減されたり舐められるのがイヤであったので、普段から胸にサラシを巻いて女らしさを封印していた。大きな胸が戦いに邪魔であるというのもある。


「ドラゴンと私も戦ってみたかった」

「下手したら死ぬぞ」

「そんな死ぬかもしれないところにレーガは派遣されている!」

「だからオレに怒るなよ。決めたのはヘンリーニ殿下だ」


(あのぉクソ王子が~!私の大事な人が死んだらどうしてくれるんだ!)


レーガは軍の指揮のトップとして自領に出たドラゴン退治に派遣されていた。レーガはドラゴンとかつて戦ったこともあり、実績が見込まれての抜擢だった。


「レーガなら大丈夫だ。ドラゴンと戦った経験もあるしな」

「そんなこと言ったって、人生何が起きるか分からないだろう……」

「弱気になるなよ。お前が信じなくてどうするんだよ」


ギンスは私の背中をパシパシ叩くとシャワーを浴びに宿舎への方へと行ってしまった。


「はぁぁ」

「何をタメ息ついているの?」

「ナリオーネ様!なぜこんなむさ苦しい所へお越しに?」


背筋をピンと伸ばしてカッコよく見えるように立ち上がる。


「相変わらずティニーはカッコいいわね!あなたを観に来たんじゃない。荒れてるって聞いたわよ」


お付きの侍女に囲まれながらナリオーネは微笑んだ。ティニーの男性よりもスマートでところがお気に入りのナリオーネは1日に1回はティニーに会いに自分からやって来る。ティニーはここのところ、軍での修練に集中していた。


ナリオーネは、一時は自分に対してあらぬ疑いをヘンリーニ王子と共にかけてきた性悪女であったが、彼女を暴漢から守ったことでティニーの大ファンへと変わったのだった。


「ドラゴン退治の方はどうなっているのでしょうか?」

「膠着状態が続いているみたい。だけど、被害も今のところ出ていないみたいだし安心して」

「そうですか。お知らせ頂きありがとうございます」


ティニーは頭を下げ、胸に手を当てた。


「ティニー、これから殿下とお茶をするのだけど、付き合ってくれる?」

「はい。汗を流してからで良いならばぜひ」

「急がなくて大丈夫よ。お庭で殿下とバラを眺めてからお茶する予定だから」

「では、後ほど参ります」


ティニーは急いで女子寮に戻るとシャワーを浴びて下着を着てシャツを羽織った。髪の毛は拭いたがまだ湿っている。


(短髪だしそのうち乾くだろう)


髪の毛もナリオーネの好みに合わせて短くしたままだった。戦いやすいしティニーも気に入っている。レーガがもしかしたら女らしい姿が好きかもしれないと思って本人に聞いてみたが、“ティニーのどんな姿も好きだ”と言われたので、ナリオーネ好みに合わせたスタイルのままでいた。


急いで宮殿内に戻り、お茶会の部屋へと小走りに走っていると、前からギンスが歩いて来るのが見えた。


「宮殿内を走るなよ。叱られるぞ」

「ナリオーネ様と殿下のお茶に呼ばれているんだよっ」


ギンスの前で立ち止まるとハァと息をついた。


「髪の毛が濡れたままじゃないか。それに……」


ギンスの顔が横を向く。顔が赤い?なぜだ。


「お前、何か忘れてないか…?」

「何を?」

「言っても変な目でオレを見るなよ?」

「はあ?」

「言うぞ! お前、サラシ巻くの忘れてる」

「えっ!」


驚いて胸を確認すると、大きな胸がたゆんと揺れた。


(やらかしたー!!急いでいてサラシを巻き忘れた!)


「ギ、ギンス!見るな!」

「だから横向いてるだろ!オレを変態扱いするな!指摘するのもハズカシイんだぞ!」

「ど、どうしよう…」

「これ羽織って早くサラシ巻いて来いよ」


そう言うと、ギンスは上着を脱いで胸を見ないようにしてティニーの肩にかけた。背丈が変わらないからサイズがピッタリだ。


「ありがとうギンス!ちょっと上着借りてくね」

「おう。オレは予備があるから気にするな」


ティニーはギンスに借りた上着の前を手で押さえると女子寮へと急いで走って行った。その様子を見たギンスはつぶやいた。


「あいつ、気を抜くと女言葉にふと戻るんだよなぁ。普段からそのままでいればいいのに」


ギンスはそのままブラリと歩きながら男子寮へと予備の上着を取りに行った。


一方、サラシを巻き直して急いで宮殿に戻って来たティニーは、散々走ったせいで髪の毛はとっくに乾いていた。


「マズイマズイ、遅れた!」


お茶をする予定の部屋に滑り込むと幸い、まだ2人は来ていなかった。少しするとヘンリーニにエスコートされたナリオーネがやって来た。


「ティニーさっぱりとしたわねって、なんかまだ汗かいたままじゃない?」

「その…汗を流してきたのですが、また走って汗をかきまして…」

「何やってんだ君は」


ヘンリーニは相変わらず、ちょっとティニーに冷たい。ナリオーネがティニーの大ファンだからだ。


「失礼ながら申し上げます。彼女は、大事なサラシを忘れて巻き直しに戻っていたようですよ」

「そうなのか?」

「あらまあ」


2人の後ろに付き従って部屋に入って来たギンスが余計なことを言った。レーガがいない今はレーガに次ぐ実力ある者達が順番に殿下を守っていた。


「……それは失礼したな」


なぜかヘンリーニは顔を赤らめた。私の胸が大きいのは婚約者時代に令嬢の恰好をしていたので知っているハズである。今更そんな照れた様子を見せても遅いぞ。


ヘンリーニとナリオーネがソファに座るとお茶の用意が整えられる。私とギンスは壁際に控えた。壁際に行く際に“ハズカシイことをよくもバラしたな”と、私は密かにギンスの足を蹴っておいた。ギンスは顔を一瞬歪めたが、すぐすました顔をして素知らぬ顔をしている。何だか悔しい。


「ティニーとギンスに話しておく。ドラゴン退治の件だが、どうやらドラゴンは子を宿してて気が立っていたらしい。なので、人が近づかねばドラゴンが無意味に暴れる可能性は低いだろうとのことだ」

「ということは近々、レーガ達は戻って来る予定なのでしょうか?」


気になって私が尋ねると“そうだ”とヘンリーニが答えた。


「昨日、引き上げさせたところだ。ドラゴンの出産後、様子を見てまた派遣することになるかもしれないがな」

「ひとまずティニー良かったじゃない。愛しのレーガが帰って来られることになって!」

「いえいえ、ナリオーネ様の側にいるだけで私は幸せですので…」

「もう、そんなこと言って!」


ウフフと機嫌良さそうに笑うナリオーネを見てティニーはメンドクサイと思う。ナリオーネは口では私とレーガのことを応援するようなことを言うが、少しでもデレたりすると、途端に機嫌が悪くなるのだ。なので、あくまでナリオーネが大事だとアピールせねばならない。


レーガ達が引き上げて来るという話を聞いてから数日後、私とギンスはいつも通り修練場で模擬の剣と槍を使った稽古をしていた。


「ダリャアッ~!!」


私の大声が修練場に響きわたる。ようやく本調子になったのかギンスは私に対して手加減することが減って打ち合いも過熱するようになっていた。


ギンスが剣を斜めに構えてこちらを見据える。私は槍でギンスとの間合いをはかりながら飛び込んでくるのを警戒する。


ギンスが突っ込んで来た。私は構えた槍を隙となっている部分を狙って鋭く突き出した。すると、見事ギンスを直撃する。


好機とばかりに私は足で地面を蹴り、砂を巻き上げてギンスの視界を奪った。こうなればもうこっちのものだ。私は、一気に槍でギンスを突き倒すとギンスの握っていた剣を蹴り飛ばし、ギンスに馬乗りになって槍の束でギンスの首もとを締め上げた。


「負けを認めろ」

「ぐぅ…」


ギリギリと槍の束で締め上げるとギンスは苦しそうな表情を見せた。が、次の瞬間、私の持っている槍をギュッと掴むと反転して一気に私を地面に組み伏せた。今度はギンスが私の上に乗っている形だ。片手は背中に回され押さえられている。もう片方の手で槍を探すが、どこかにいってしまって掴めない。


「形勢逆転だな」

「うぅ…」

「負けを認めろよ」

「いやだ」


もう片方の手も簡単に抑えられてしまった。


「認めろって」


ギンスの赤茶色のカールした髪の毛が顔に触れるほど近づいた。私は頭突きしようと頭を振ると、ヒョイと避けられる。ギンスは懲りずにまた顔を近づけて来た。


「こうやって襲われたらどうするんだ?」


襲われる?自分の中に無い言葉に驚いてギンスの目を思わず見つめた。


「お前は女だ。男のオレには勝てない」

「どういう意味だよ?」

「そのままだよ。オレみたいな実力ある男には勝てない」


女扱いされることに慣れていない私は呆気にとられた。いつもゴツイだのさんざん言われてきたので、こんなことを言われるのは極めて珍しかった。


「そこまでだ!いつまでそうしている」


組み伏せられたままで顔を横に向ければ、レーガの姿があった。ギンスも私に乗ったままレーガを見る。


「ギンス、さっさとティニーから離れろ」


ギンスは私から身を離して立ち上がると、私の手を引っ張って立たせた。私は久しぶりにレーガに会えて嬉しくなり笑顔になる。だが、レーガの表情は固い。


ギンスがレーガの方に近づいて声をかけた。


「よう、帰って来たな」

「ああ。だが、帰ってみればなぜこんなことになってる?」

「本気のオレと戦いたいってティニーが言うから」

「……ほどほどにしろ。オレの婚約者だ」

「分かってるよ。……で、その後ろのお嬢さんは?」


巨体のレーガの後ろから可憐な令嬢がひょっこり顔を覗かせた。そのままレーガの隣に並んで立つと、レーガの腕に手を絡みつかせて寄り添った。


私はそれを見て、レーガに微笑んでいた顔が引きつるのを感じたのだった。

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