第1話「鳴り止まないベル」

ジリリリリリリリリリリリリ!


(ハァ…またか…)


クラスメイト達も皆慣れたもので、非常ベルが鳴動すると体が勝手に反応して、まるで全ての行動をインプットされたロボットのように避難を繰り返していた。


これなら本当に火事が起きたとしても、逃げ遅れることは無いだろう。


いつからか誰一人として授業が中断されることに文句を言わなくなり、淡々と行動しているさまは正直言って気味が悪かった。


私は毎回心の中で盛大にブーイングをしていたけれど。


最近では朝の目覚めから普通に過ごせていない。目覚ましのアラームが非常ベルの音に聞こえて、慌てて飛び起きて避難する姿勢を取ってしまっていた。


まるでパブロフの犬の条件反射みたい…少し違うか。


三連休中に行なわれた消防設備の点検では機器に異常は見つからなかったようで、学校側は生徒のイタズラであると断定し、手の空いている教師が授業中に構内を巡回しているそうだ。


でもイタズラだとして一体『誰が』『何の目的』で、こんなことをしているのだろうか。


九月も下旬になったのに外は未だに真夏のよう暑くて、この避難中に倒れる生徒を何人か見かけていた。


(これじゃまるで、火事から避難じゃなくて飛んで火に入る夏の虫だよな)


そんなことを考えていると見計らっていたかのように、のどかが声を掛けてきた。


「ねえすじめちゃん、また数学の授業中だったね」


「え?」


「ほら、ベルが鳴ったのって今週の月曜日も先週も数学の授業中だったじゃない」


「確かに言われてみれば…いや、でも英語の時にもあったよね?」


「それって水曜日の英語でしょ?」


「そう…だったかな?」


「そうだよ!絶対に何かあると思わない?」


振り返って考えみてると、この避難が行なわれているのは月曜日と金曜日の数学の授業中、そして水曜日の英語の授業中に限られていた。


いまは金曜日の六限目だから、この法則が正しければ今週は何も起こることは無い。


まずは来週、実際にこの法則通りに事件…非常ベルが鳴るのかを確かめる価値はあるかもしれない。


(でも、そうだとしても授業中に抜け出して犯行なんて出来るのかな?)



周囲の雑音がうるさい。



私には癖がある。



集中したい時には、子供の頃からこうしていた。



両耳を手の母指球で覆い塞ぎ、完全に音を遮断してから目を閉じる。


この癖は、外ハネする髪を抑えていた時に編み出された偶然の産物だけれど、不思議と神経を研ぎ澄ますことが出来た。


非常ベル、避難、授業中、火事、数学、英語、二学期、九月…


(………暑い)


手を戻してスマホで今の時間を確認すると、15:11と表示されていた。


(授業が始まって三十一分か)


恐らく非常ベルが鳴ったのが五分程前、つまり五十分間の授業が折り返しに入った頃だろう。


「ねえのどか、頼みたいことがあるんだけど」


「なあに?」


この不毛な時間が終わるかもしれない。


(少しだけ考えてみるかな…)


「のどかって吹奏楽部だよね?」


「うん、そうだけど…まさか理ちゃん吹奏楽部に『興味』あるの?!理ちゃんが何かに興味を?!」


「違うって…」


(面倒くさいな…)


「ちょっと部員の人に協力して貰いたいことがあるんだよ」


吹奏楽部は各クラスから一人以上が入部していると、得意気に話をしてくれたことがあった。


「まあ私に出来ることなら何でもするけどさ」


「ありがとう、それじゃあ……」



開始時間が遅れた放課後を待って、私は音楽室へと足を運ぶことにした。

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