チェイサー
杏
チェイサー
「ウイスキー一本がぶ飲みしてアルコール中毒で死にたい気分」
自販機で買ったペットボトルのサイダーを、一気に半分飲むとそう言った。一学期が終わる終業式の日、照りつける太陽と爽やかな炭酸の雰囲気とは交わることのないような言葉だった。
中学の時から五年付き合っていた彼女に振られたらしい。期末テスト前に妙にシュンとしてたのはそのせいか。
「じゃあ未成年飲酒で刑務所かな」
そう言ってボケると綺麗なインサイドキックを脚に食らわせてくる。お遊び程度でもそれなりに痛いことをそろそろわかって欲しい。
「こういうことしてるから振られたんじゃないの」
「黙れ、お前だけだよばーか」
県内ではまあまあ強いうちのサッカー部のエースにまで上り詰めたものの、どうやら三年になってからは練習試合でもなかなか点が取れないらしい。点が取れないのはサッカーにおいてだけでなく、テストで初の赤点を取ったという話は聞かずともあっという間に広まった。そこに今回の件も重なって、テストが終わってから情緒不安定なのが明らかだ。躁鬱みたいな感じ。
「……で、なんて言われて振られたの」
「さあ」
「『さあ』じゃなくてさ」
こちらに目もくれず歩き出した後を追う。後ろから「歩きスマホは危ない」って言おうとしたけど、蹴られるのは痛いし無視されるのも虚しいからやめた。横に並んで、歩幅を合わせて歩きながら顔をのぞき込もうとする。
「ねーえ」
「うっさい」
せっかく聞いてあげてるのに、無愛想過ぎるのではないだろうか。
自覚してるのかしてないのか、こいつが振られた理由なんて、私とつるんでるからに決まっているだろう。付き合ってる男に自分以外の女と仲良くされて、嫌と思わない女がこの世に果たしているのだろうか。少なくとも私は嫌である。
私たちと元カノとでは小学校が違って、こいつが元カノに出会ったのは中学の時だ。一目惚れしたらしい。本人から彼女が出来たと聞いたのは、付き合い始めた翌日の事だった。
家が正面で親同士の仲も良かったから、小学生の頃からいつも一緒に登校していた。それを知った日も、いつもの世間話程度のノリで登校中に言われて、驚きとショックを隠すのに必死だったことは今でも忘れない。興味無いみたいに適当にあしらった記憶はあるけど、かなりの衝撃だったし、その日の授業内容は全く頭に入ってこなかった。
日々を過ごすにつれて、こいつが彼女を溺愛しているのはよく分かった。見たこともないような笑顔を見せるし、らしくもなく優しく振舞ってるし、もはや彼女のほうがやりにくそうなぐらいだった。
その彼女と同じぐらい共に時間を過ごしていたのが私だった。登校時間で一緒にいるのは必然だったし、彼女と同じ高校に行きたいというこいつのために勉強を教えることもかなりあった。結局こいつと彼女、そして私も一緒に同じ高校に進学した。
彼女が私に対して複雑な感情を抱いているということは初めから理解していた。家は目の前だし、家族ぐるみで付き合いがある仲だ。恋人として優遇されているのはもちろん彼女だったけど、友人として勝っているのは誰がどう見ても私だった。「なんでも言い合える女友達」という立場の私という存在が目障りだっただろうし、睨むような視線を向けられたことも何度もあった。
けど、それは私も一緒だった。
「ねえ、ウイスキーの語源って知ってる?」
「またお前の雑学かよ」
「……いや、私も知らないけど」
「じゃあ聞くなや」
「わざわざウイスキーって言ったんだから意味あるのかなって」
「ねえよ」
ウイスキー。アルコール度数四十パーセントの強いお酒。まあ、確かに、一本をがぶ飲みすれば急性アルコール中毒なんかで死にそうではある。もちろん飲んだことはないけど。
食卓で食事をする時、両親がウイスキーをそのまま飲んでいるところは滅多に見ない。ハイボールにするとか、水割りするとか、バーに行ったらカクテルとかで出てくることもあるだろう。
だからまあ、未成年である現在、現実的にはほぼ百パーセント無いと言っても、そんな度数の高い酒をストレートで飲んで死なれるのは困る。仮にストレートで飲むというのなら確実にチェイサーが必要になる。
酒の誘惑と快楽に溺れるばかりでは、いつか人は死んでしまうのである。だからチェイサーは存在する。
左手からサイダーが半分残ったペットボトルを取り上げる。前に進む足が止まって、視線が私の方に向いたのを見てから言った。
「ウイスキー大量に飲んで死ぬぐらいなら、私をチェイサーにして生きた方が楽しくない?」
チェイサー 杏 @karamomo0314
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