全肯定BOT︰愛−AI−ちゃん

小坂あと

第1話「私と、付き合ってよ」

























 はじめは、悪ふざけのつもりだった。


 高校二年の時から仲良くしてる常呂愛ところあいは、クール系の黒髪ストレートがよく似合う美人で物静かな女の子で。

 166cmと身長が高いから、スタイルも良いし目立つタイプではあるけど、無口で生真面目な性格が災いしてこれまで友人関係は希薄だったらしい。

 たまたま同じクラスになって、隣の席にもなったから気さくな感じで話しかけたら、意外にも気に入ってくれたみたいで仲良くなれた。

 そこから高三もクラスが同じだったからなんとなくそのまま仲良くしてて、進路の話をしてたある日。


「愛って、都内の大学行くんだっけ」

「……うん」

「さびしーから、一緒の大学行こうよ」


 頭のいい彼女は都内の国立大に進学予定だったんだけど、冗談とノリでそんなわがままを提案してみたら、


「…うん。いいよ」


 静かに微笑んで、快く頷いてくれた。

 私の進学先は地元の女子大で、偏差値はそんなに高くない。彼女なら受かるのは確実とはいえ、さすがになんだかんだ第一志望の国立大に進むでしょ…なんて、自分から言っといて真に受けてないと思ってた。

 けど、経験のためと親から勧められていたひとり暮らしの環境も捨て置いて、彼女は本当に私と同じ大学に進むことを選んでしまった。


「え。まじで…?」

「…うん」

「な、なんで?愛なら、国立大行けるじゃん」

「……芽紗めいさに、頼まれたから」


 まるで“それが当たり前”みたいに、彼女は眉を僅かに垂らして言った。

 その辺りから、この人は頼んだらどこまで許してくれるんだろう?と素朴な疑問を抱いた。嫌な好奇心である。

 ちょっと頼まれただけで将来的にも役立つであろう高学歴の国立大を捨てて、地元の無名な女子大を受けちゃうなんて……少し異様にも思えたから。

 でも過去の記憶を遡れば、これまでも彼女は私の発言なんかを悪い意味で否定したことがなくて、何を言っても何をやっても受け入れては肯定してくれてた。


 いわゆる、全肯定BOT的な。


 だから一種の試し行動みたいな感じで、嫌がりそうなことをたまにお願いしてみるようになった。


「ねぇ、愛」

「……うん、なに?」

「ポテト一本ちょうだい」

「…ん。いいよ」


 最初の頃はこんな感じで、ファミレスに行った時に頼んだ料理とか、食べてるお菓子とかを一口だけ貰ってみたりして。

 予想通り、一口くらいなら問題なく差し出してくれた。


「そのアイスおいしそう…ひとつ貰っていい?」

「…うん、いいよ」


 ふたつセットのアイスを食べてる時にそんな図々しいお願いをしても、愛は迷わずひとつ譲ってくれた。

 食べ物関係は全部こんな感じで、「ひとくちだけ」と言ってわざと大きいひとくちにしてみても、


「……ふ、すごい。美味しそうに食べるね」


 時にはまるごとひとつ「ちょうだい」って、大好物の食べ物なんかをねだってみても、


「芽紗もそれ気に入ってくれて嬉しい。また買ってくるね」


 彼女は柔らかく目を細めては、褒めてくれることまでしてくれた。


 大学生になる頃には、さすがにこんな事じゃ怒らないって分かって、彼女の心の広さを改めて思い知った。

 だけどそれが返って逆に、どうしても愛に「やだ」って言わせたい欲を強めてしまって、だんだんと私からのお願いはその悪質さを増していった。

 自分でも“いつか嫌われちゃうかも”って分かってるのに、嫌われたら怖いのに、つい。


「…芽紗、なに飲む?」

「んー…どうしよ」

「私のオススメは、いちごみるくだよ」

「いいね。…じゃあ、それ奢って?」

「……もちろん。いいよ」


 お昼ご飯のお供に自販機で飲み物を買う時に奢らせてみちゃったり、


「まじ課題だるい」

「…疲れちゃうよね。少し休む?」

「……愛、やってくれない?代わりに」

「うん、いいよ」


 大学の課題を押しつけてみたり……これはさすがに撤回して自分でやったけど。


「あれ。リップ変えたの?」

「…うん。これは最近のお気に入りなの」

「へぇ……私も使ってみたい。ちょうだいよ、それ」

「いいよ、あげる」


 お気に入りだと言うから、あえてねだってみたりもした。…この時も申し訳なくて借りただけで返却したけど。


 結果、何を言っても愛が断ることは一度もなかった。それどころか、嫌がる素振りさえ見せなかった。


 断らないと分かってる相手に色々頼んだりするのは、一歩間違えたらイジメなんじゃ…?って思うものの、ここまで来たら「いやだ」って言わせるまで引き下がれない気持ちになってきちゃって、好奇心を抑えることができなくて、


「あのさ、愛」

「うん、なに?」

「私と付き合ってよ」


 大学一年の夏。

 これは絶対に拒否するでしょ、ってことを言ってみたら、


「……ん。いいよ」


 彼女は少し照れたようにも見える顔で、頷いた。


 私達は女同士だし、お互い恋愛対象は男で、日頃から「彼氏欲しいね」なんて話もしてたから……てっきり、断ると思ってたのに。

 すんなり受け入れてしまった愛に戸惑いつつ、なんでか変な意地が働いて、私から別れる選択肢は頭から無くなった。

 こうなったら、付き合ってるのを良いことに今までよりもっとひどいお願いをしてみて、いつか何でも許しちゃう愛の口から「やだ」の二文字を言わせたい。


 だから。


「ね、ねえ」

「ん…?なに?」

「付き合ったんだし、キスしようよ」


 これはさすがの愛も、断るでしょ…って。

 女とキスなんてできないと、タカを括っていた私は、


「……いいよ」


 次の瞬間には、ふわりとした感触にファーストキスを奪われていて、思考を止めた。


 …え?


 なんでそんな躊躇いもなく、できちゃうの…?


 友達だった私とキスをする事すら厭わない愛が、何を考えてるのか分からなすぎて少し怖くも思った。

 ファーストキスを済ませた後も彼女はいつも通りで、動揺する私とは違ってまるで何も起きなかったみたいに趣味の読書へ戻ったのを見て、悔しさも湧き上がった。

 セックス……が頭をチラついたけど、そこまでする勇気は私にはなくて、だから代わりに何でもいいから愛を困らせようと、次のお願いをするため口を開く。


「ふ、深い方のキスもしてよ」


 自分で言っておきながら、内心。


 おねがい。


 やだ、って…言って。


 そう心の中で願う気持ちも虚しく、


「…いいよ」


 愛は静かな微笑で、頷いてしまった。


「え、ふ…深いやつ、だよ?」

「うん」

「ディープキスだよ?」

「うん」

「し、舌とか入れるんだよ?」

「…うん。いいよ」


 嘘でしょ?


 なんで断らないの、って私が言う前に愛の細く長い綺麗な指が輪郭をなぞって、顎の下を持ち上げた。

 艷やかな黒髪を耳にかけながら、整った顔が近付いてくるのを、頭を白くして眺める。

 びっくりするほど柔らかな唇が浅く触れて、彼女は何度か挟み込むようにした後で、


「くちびる、開けて……芽紗…」


 熱い吐息を多分に含んだ、どこか艶っぽい声を出した。


「っ……あ、う…」


 まさか本当にするだなんて思わなかったから、パニックになった私は言われた事とは逆の、口を固く結ぶという行動で対抗して、愛はその緊張を解すみたいに優しく頬を触った。

 待って…よ、愛。

 おかしいじゃん、こんなの。

 私達、女同士なんだよ?ついさっきまで、友達だったんだよ?

 なのにどうして、キスできるの…?

 心の中に溜まっていく不満にも似た思いは、勝手に口から出そうになって、


「愛…あ、の」

「恥ずかしいから、目は閉じてて…」


 そのせいで薄く開いた唇めがけてまたキスを落とした愛は、そっと私の目元を手のひらで覆った。

 温度の高い湿った何かが下唇を撫でて、そのまま探るように入り込んでくる。

 どうしたらいいか分からなくて動けずにいた私の舌を掬い取って絡まった動きに、悔しくも気持ちいいような感覚を覚えてしまった。


「……もう一回、する?」


 思考がぼやけきってから顔が離されて、目の鼻の先で珍しく向こうから聞いてきてくれた彼女に対して、


「…あと100回して」


 この期に及んで困らせようとお願いした。


「……うん。いいよ」


 まんまと期待は打ち砕かれて、むしろどこまでも澄んだ包容力で返されたことに戸惑う。


「じ、冗談。しなくていい」

「……そっか。わかった」


 本当に、どこまで。


 愛は許してくれるんだろう?


 疑問は興味本位へと形を変えて、いよいよ私は引き下がれなくなってしまった。


 “やだ”……そう言わせたいがために交際した私達の歪んだ関係は、こうして始まりを告げたのだった。























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