第45話 強襲上陸とくとみよ
=1941年12月10日=
時は開戦直後に遡る。
「上陸命令きました!」
「第一陣は哨戒艇の誘導に従い突っ込めぇ!」
「百一号型輸送艦から戦車を出せ!順番を誤るな!」
日本軍の南方作戦はマレーやフィリピンに注目されがちだ。ウェーク島など遠洋の島々も制圧目標に置かれる。日米開戦と同時に大規模な上陸部隊が大艦隊に護衛されて忍び寄った。ウェーク島は米軍にとって本国とグアム、フィリピンを結ぶ線を為す。日本軍にとって南方作戦の楔と目の上のたん瘤だ。早急に制圧することが求められる。史実と異なりハワイ攻撃作戦は中止された。海軍は戦力に余裕があって一つの島に対して大兵力を動員することができる。
「扶桑と山城から襲撃機が発艦しました。砲台は徹底的に破壊しましたが、僅かでも動きを見せれば…」
「敵と味方が入り乱れなければ艦砲射撃で支援する。襲撃機には機関銃陣地を任せた。砲台はコンクリートで固められて100kg爆弾では無茶だ。扶桑と山城の36cm砲なら一発で木端微塵にできる」
「本艦の20cm砲もありますが」
「大きな物には大きな大砲だ。小さな物には小さな大砲だ。中くらいには中くらいの大砲だ」
「阿部のおやっさんに任せておけ。全て上手く行くんだから」
ウェーク島攻略作戦の陣容は攻略部隊、支援部隊、潜水部隊(誘導役)の三つに分けられた。攻略部隊は重巡1隻と水雷戦隊から構成されるが上陸船団に護衛に専念する。いざ上陸が開始すると島まで肉迫して艦砲射撃を加えた。これと別個に支援部隊を用意している。支援部隊は上陸前の準備攻撃を担うが、当日も空母艦載機の戦闘機が直掩に訪れており、同じく爆撃機/攻撃機が要請に控えた。潜水部隊は文字通りの潜水艦から構成され上陸の誘導役を務める。
ウェーク島攻略作戦
〇攻略部隊:阿部俊雄少将
旗艦:重巡『利根』
第六水雷戦隊(省略)
特設巡洋艦2隻
哨戒艇4隻
一号型輸送艦
百一号型輸送艦
〇支援部隊(甲):松田千秋少将
戦闘空母:『扶桑』『山城』
防空重巡:『青葉』『衣笠』
駆逐艦複数
〇支援部隊(乙):井上成美中将
空母:『翔鶴』『瑞鶴』
防空軽巡:『日野』『佐波』『吉井』『遠賀』
駆逐艦複数
〇潜水部隊
イ号潜水艦/ロ号潜水艦が共に多数
以上
攻略部隊の司令官が少将と支援部隊の司令官が中将に関してチグハグが否めない。一応は井上中将を責任者とするが、上陸戦闘の指揮は海軍陸戦隊と陸軍派遣組も含めて阿部少将が執り、井上中将は原則として干渉しない方針を打ち出した。これに阿部少将以下はホッと胸をなでおろす。なぜなら、井上中将は学者的な気質で自分達の武人的な気質と反りが合わなかった。
一号型輸送艦より特大発と大発が発進して砂浜へ突き進んでいる。大発は画期的で戦車と装甲車、歩兵を迅速に効率的に運搬できたが、輸送艦や哨戒艇などから兵士を移送する際に手間が多く、最初から兵士を乗せるわけにもいかず手間を承知で運用した。一号型輸送艦は艦内に注水したり、後部にハッチを設けたり、等々の工夫を凝らすことで見事に解決してみせる。艦内で兵士の移動が済むため発進までスムーズになった上に兵士が海へ落下する事故を防止した。大発は哨戒艇、駆逐艦と共に潜水艦の誘導に従って砂浜へ突き進む。
米軍のウェーク島守備隊は連日の猛爆撃と猛砲撃より上陸を予期した。生き残りの沿岸砲台より砲弾が撃ち込まれる。駆逐艦と哨戒艇は沿岸まで近づけるため、小口径の艦砲でピンポイントの精密な砲撃を与えることが多く、必然的に沿岸砲台の標的になることが多かった。
「睦月が被弾!」
「敵砲台が生きていました!」
「砲撃…」
「扶桑と山城が撃つ! 狼狽えるなぁ!」
洋上から眺める分には落ち着いていられる。
現場の者達はまさしく生きた心地がしなかった。
「駆逐艦が!」
「ええい! このまま上陸を強行する! 突っ込めぇ!」
「砂浜に乗り上げたら直ぐに渡し板を下すんだぞ! 俺たちが道を開ける!」
「頼むぞ! 機関銃に気を付けてなぁ!」
「わあっとるわ!」
百一号型輸送艦は戦車揚陸艦(LST)と称するが手っ取り早い。砲戦車9両と少数の歩兵を吐き出した。沿岸砲台から散発的ながら砲撃を受けている。駆逐艦が被弾して爆発音を響かせた。敵弾が海面に突っ込む度に水柱が生じて恐怖心を煽る。この中を突っ込むと言うことは正気の沙汰でなかった。ウェーク島を早期に制圧する方針は揺るがない。もう死に物狂いで砂浜を目指すしかないわけだ。
「もう着きます!」
「渡し板下せ!」
「戦車前へ! 砂浜を確保する!」
「渡し板下ろします!」
海の状況は決して良好でない。勝利する以前に生きるために無茶を犯した。駆逐艦と哨戒艇が身を挺する。彼らの挺身を無碍にすることは許されなかった。百一号型輸送艦は無事に砂浜へ乗り上げると同時に艦首の門扉がバタンと下ろされる。門扉は渡し板を兼ねて戦車が走行できるだけの強度を有した。いかにも重厚な砲戦車はガソリンエンジンを轟かせる。
「たかだか12.7mmで100mmの装甲を貫けるか。37mmでも75mmでも何でも持って来やがれってんだ」
「地獄の中でも動ける。最高の棺桶だ」
「艦隊の艦砲射撃に航空機の爆撃もある。恐れずに進めや進め」
一番に砲戦車を揚陸したことは大正解を与えた。上陸地点は守備隊が築いた機関銃陣地の目の前らしく猛烈な掃射を被る。もし大発が先行して歩兵を下ろした場合は悲惨に尽きた。その前に準備攻撃を加えるものだが十分に施している。まさか沿岸砲台や機関銃陣地が生きていると思わなかった。空母航空隊の詰めの甘さが露呈した瞬間である。
彼らの尻拭いと言わんばかりに戦闘空母から襲撃機が飛び立ち機関銃陣地へ100kg陸用爆弾を撒いた。爆撃を終えた後は機銃掃射を加える。母艦も36cm砲を振り上げて沿岸砲台に照準を絞り込んだ。36cm砲はどうも物足りない思われがちだが十分に強力と言える。沿岸砲台の鉄筋コンクリートにヒビを入れた。ウェーク島は要塞化工事で頑強に頑強を重ねている。一撃で破壊は叶わなくとも砲弾を叩きつける度に強度は低下する。最後は20cm砲弾の貫徹を許して弾薬庫まで達した。
「大発が続々と来ています。このまま飛行場まで行きますか?」
「馬鹿言うな。敵と味方の区別がつかなくなる」
「ただでさえ地獄の中で入り乱れたら困るのは自分達なんだ。こういう時はどっしりと構えている。敵さんの砲弾も銃弾も装甲の前にゃ無力さ」
ここで景気よく飛行場まで突っ込もうと言うが即座に却下される。この状況で突っ込むことは自ら孤立に入ることに同義だった。敵軍と友軍が入り乱れて洋上の艦隊と空中の航空機は識別不能に陥る。艦隊と航空機が同士討ち覚悟を纏った際は不運な誤射に斃れることになり、一方で安全策を採って支援を打ち切った際は敵弾に塗れることになった。
「まずい! 敵機が駆逐艦に向かってる!」
「睦月が危ない!」
「避けろ! 避けてくれ!」
「どこに隠れていやがった!」
「これだから空母乗りは信頼できない!」
前日までの激烈な爆撃と砲撃を生き抜いたF4Fことワイルドキャットは突貫修と1000ポンド爆弾を吊架する簡易的な改造を受けて即席の爆撃機に変わる。一矢報いんと好機を窺った。敵駆逐艦が被弾して弱まったところを狙う。
「ダメだ…」
「後ろを振り返るなぁ! 今は正面に集中しろぉ!」
「そう言われても…」
「明日には飛行場に突っ込む。それで敵討ちとしよう」
ウェーク島を背にして日本海軍の駆逐隊である睦月は轟沈した。
彼女の敵討ちと日本軍の攻撃は激しさを増す。
海にワイルドキャットの亡骸を遺した。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます