第30話 機甲部隊の南部仏印進駐

=サイゴン=


 日本陸軍の機甲部隊はサイゴンを威風堂々と行進する。フランス領インドシナこと仏印は日本軍の進駐を受け入れた。欧米諸国は当然ながら猛反発したが一切を無視して東亜連邦の友と迎えよう。


「子供たちには飴を与えよ。食料も分けて構わない。何よりも現地の民を大切にな」


「もちろん、よく理解しています。このために菓子職人を連れてきました」


「個々の得意を伸ばして活躍の場を設ける。それが必勝の道だ」


 彼らは想定外の事態とサイゴンの市民から大歓迎を受けていた。子どもたちは大急ぎで準備したのか白い布に赤い丸を記した即席の日の丸国旗を振り回す。日本軍は仏印進駐前に謀略を講じ、宣伝放送やビラ配りから反欧米と親東亜を訴え続け、宣伝戦略が見事に成功した。


 サイゴンから仏軍は撤退済みらしい。フランス本国は既にヴィシーフランス政府と自由フランス政府に分かれた。枢軸国側は進駐を認めて現地軍の指揮官を解任する。連合国側は頑として認めることなく徹底抗戦を命じた。現地軍も二分されて現地軍は速やかに降伏して寝返る。本国派遣軍は一時抵抗したが殲滅されて残存戦力は英領マレーに退避した。


 さて、サイゴンへ入城はパフォーマンスの新進気鋭の機甲部隊が主演を務める。


「どうした?」


「子どもが飛び出してきたようです」


「優しく返してあげなさい。飴を忘れるな」


「大丈夫ですよ。指揮車が言わなくても、飴を手渡しています」


 市民の中に正規軍がゲリラと紛れている可能性を鑑み、機甲部隊に先んじて警戒の歩兵を並べた。新式小銃を手にした歩兵の姿に恐怖を抱くことを危惧するが、幸いにも、市民は歩兵の姿を見て安堵を抱いたらしい。自ら道案内を申し出た。そうして歩兵の警備が整い次第に機甲部隊の車列がゆっくりと行進を開始する。


 サイゴン市民は老若男女を問わず歓迎を表明した。あまりの興奮に前のめりとなった子供が飛び出してしまう。全ての車両がゆっくりと走行する上に一定の間隔を空けていた。子ども特有の急な飛び出しにブレーキをかけて最悪の事故は免れる。しかし、江戸時代の参勤交代の時は平伏を強いられるが如くだ。進駐軍の車列を妨害する行為は反逆行為と捉えられてもおかしくない。


 実際に子どもの親は助けに行こうと試みたが周囲の者に抑えられた。ここで下手を犯せば武力を振るわれる。多くの市民のために子どもを諦めることは不条理を極めた。警備の兵士が動く前に中戦車から兵士が降りる。彼は慈悲の微笑みを見せながら飴の詰まった袋を手渡した。最後に頭を撫でてから「飛び出して来たら危ないぞ」と言って母親のところへ返している。


「そう、そう。それでいい」


「重機関銃はおろか戦車砲も市民に向けたくありません。こう穏便に済めば全て良しなのです」


「チハ改の57mm砲とホイの75mm砲は洒落にならない。あれは英軍に向ける物だ」


「ジットラ・ラインの突破は生半可でいきません。戦車隊と機動砲兵隊の集中運用を以て穴を開けては食い広がる」


「ドイツ軍はマジノ線を大迂回したと聞きます。我々はジットラ・ラインに真正面から突っ込まざるを得ません。シンガポールに直接上陸する作戦は不可能と言われています」


「シンガポールは海軍さんが徹底的に叩いてくれる」


 子どもは飴を沢山もらった笑顔で母親のところへ戻るった。母親は周囲の大人も含めて猛烈な説教を与える。相手が善良な日本軍だから事なきを得た。これがフランス軍なら銃殺されたに違いない。日本軍の車列は戦車と装甲車、自走砲(砲戦車)から構成され、13.2mm重機関銃と7.7mm車載機銃はいつでも掃射でき、建物に不穏な影を見つけた際は容赦なく57mm砲と75mm砲が火を噴いた。相手が市民と雖も東亜連邦に仇なす者は粛清する。


 子どもの飛び出しというトラブルはあったものの行進は予定通りに完了した。サイゴンの役所にフランス国旗と代わって日本国旗が風に揺れている。南部仏印の完了に伴い南北仏印は完全に手中に収まった。ここに東亜連邦構成国のインドシナが生まれたのである。


「石原莞爾陸軍大事の方針から現地に負担金は求めない。ただし、ゴムや炭などは本土と中華民国へ輸出する。どうかご協力をお願いしたい」


「多少の負担は理解しています。植民地支配から解放してくれた恩人に報わせていただきたい」


「これからは友に手を取り合って参ろう。ホー・チ・ミンらの独立運動も存じている。日本にインドシナを支配する予定はなかった。インドシナを解放する予定を組んでいる」


 インドシナも天然資源を有する中で天然ゴムを一番に定めた。ゴムは至る所にふんだんに使用する。軍需では航空機の燃料タンクを防弾仕様にする難燃ゴムに用いた。その他も大規模な田畑から米と野菜を本土に送ることになり、インドシナを解放すると言うが、一定程度の支配は拭い切れない。


 インドシナは各地で分離独立運動が盛んだった。ベトナム地域は特に強くあってホー・チ・ミンらが中華民国から訴えを止めない。彼らの意思は十分に尊重して日本への協力を約束する代わりに独立を認める方針だ。仮に諜報活動など欧米への協力行為が確認された場合は即座に打ち切る。大規模な粛清を行うことを示唆した。


「石原大臣は恐ろしい方針を打ち出された。これが東亜連邦というのか」


=陸軍省=


 南部仏印の完遂に胸を撫で下ろす。日米決戦は回避不可と陥れど前々から決まっていたことだ。何を今更と言わんばかりにマレー電撃作戦に思案を巡らせる。英軍のジットラ・ラインを突破するには機甲部隊の集中投入が欠かせなかった。


「山下将軍と栗林将軍は進駐を終えました。今はマレー半島を睨んでいます」


「チハ改とホイ、ホニは足りているのか? 満州から引き抜いて数を揃えた」


「私の見立てでは全く足りません。いくら少数精鋭でも要塞線の突破は荷が重い」


「突撃砲を増やすしかあるまい。中戦車の半分の価格で生産できる。旧式砲の機動化も怠るな。近代戦は火力の集中で旧式だろうと使える物は何でも使え」


(戦略の天才と言われる石原莞爾も日本の貧乏には抗えんわけだ)


 南方方面の機甲部隊は贅沢を極めている。


 我ら主力中戦車のチハ改はノモンハンの教訓から走・攻・守の全てを強化した。新式砲塔へ換装するに伴い47mm戦車砲から57mm戦車砲に変えることで対戦車戦闘を磨き上げる。長砲身が生み出す高初速の砲弾は高い貫徹力を発揮した。もちろん、榴弾と榴散弾も発射でき対地と対歩兵を兼ねる。装甲はリベットから本格的な溶接に移行して数値通りの防御力を得た。もっとも、現地の判断により装甲板をリベット打ちした追加装甲を施すことがある。必ずしも統一されているわけではないのだ。エンジン自体は統制ガソリンエンジンに変更ない。サスペンションを改良して悪路の走破性能を向上させて南方地帯の密林を迅速に突破した。


 これに砲戦車と自走砲が追従するが細かい話になって省略する。


 突撃砲と軽戦車も存在するがまたの機会に回した。


「戦陣訓も発表されて浸透した頃合いです。石原閣下の崇高な思想を一兵も漏れなく染めることができました。しかし、虜囚となった際は工作活動に従事せよには驚きました」


「兵士なら死んではならない。虜囚になれど抵抗し続ける。抵抗は武器を持たずともできることだ。幾度となく脱走を繰り返したり、尋問の時は嘘をまき散らしたり、敵軍の食料を食いつぶしたり」


「逆に捉えると」


「我々も敵兵の捕虜の扱いに気を遣う。そういう所は関知しないが」


 兵士の心得も刷新されている。


続く

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