第24話 キ60から一式重戦闘機へ
~何度目かわからない満州総合兵器試験場~
(やれやれだな)
「これも全て石原閣下のおかげ! 重戦闘機は川崎にお任せください!」
「軽戦闘機も負けておりません! 爆撃機もあります! 中島を信じていただきたい!」
「石原閣下は良い物を選ぶと仰られた。両社だけでない全社が良い物を作ることに期待している」
陸軍は戦闘機の運用に重戦闘機と軽戦闘機の二種を採択した。当初は軽戦闘機を主兵力に定めたが、石原莞爾を筆頭に関東軍が重戦闘機をねじ込み、重戦闘機と軽戦闘機を併用する。
ノモンハン事変において軽戦闘機は爆撃機の迎撃に大苦戦を強いられたが、重戦闘機は爆撃機狩りに大活躍しており、制空権を巡ってI-16と互角以上の戦いを披露してみせた。石原莞爾が陸軍大臣に就任すると形勢は一気に重戦闘機へ傾き始める。陸軍内で数年前とは反対の軽戦闘機不要論が囁かれた。
「重戦闘機を主力戦闘機に定める。軽戦闘機を補助戦闘機に定める。その他は用途に応じた適材適所に運用する。これが基本方針で変わることはない」
「石原閣下は誰よりも航空戦を理解しておられる」
「中島も存じております。高速爆撃機から戦略爆撃機までドンと来い」
「エンジンの件は申し訳なかった。海軍と折り合いをつけることが遅れている」
航空機メーカーの一番は祖国の大勝利であるが利益を確保することも当然のことだろう。陸軍大臣の石原莞爾に売り込みをかけることは日常茶飯事だ。官民問わず広く募集する故に有力者が殺到して止まらない。今日の飛行試験は名ばかりの実際は一大航空ショーを開催した。
「川崎は液冷なので無関係ですが、空冷は大変と聞いております」
「海軍の零式艦上戦闘機は三菱の金星に決着した。陸軍の軽戦闘機は中島の栄を充当する。航空機のエンジン供給が変に捻じれると困るものだが、海軍は意外と強情で骨が折れた」
「我々の栄と護は三菱さんに負けておりませんが、こればかりはやむを得ず、新たに空冷星型複列18気筒の2000馬力を開発します」
「中島の気概は認めているつもりだ。それで川崎の液冷エンジンはどうなっている? いつまでも800馬力にしがみ付いている訳でもあるまい」
日本陸軍の戦闘機運用方針は「重戦闘機を主力戦闘機」と「軽戦闘機は補助戦闘機」の二本柱である。重戦闘機がノモンハン事変に大活躍したから一本化する声は非合理的と断じた。重戦は液冷エンジンの信頼性や操縦性の重さといった課題が残る。軽戦は苦戦を強いられると雖も空冷エンジンの堅実さや良好な操縦性は侮れなかった。したがって、ノモンハン事変以降の戦闘機開発は競争よりかは分業が採られる。日本陸軍御用達の川崎重工業と中島航空機が大半を占めた。三菱と、愛知、立川の製品も所々に確認できる。
「愛知さんのアツタは最大1200馬力を発揮できて水メタノール噴射装置を使用した際は1350馬力を得られます。重戦闘機の名に恥じない力強さを誇りましょう」
「中島は2000馬力を目指すらしい」
「液冷エンジンには串型直結という策がございます。まだ鋭意研究中ですが何とか間に合わせましょう」
「よろしい」
川崎の次期主力重戦闘機と中島の次期補助軽戦闘機は既に完成されていた。彼らの頭上で仲良く模擬空戦に興じている。試製重戦は速度に物言わせた一撃離脱戦法を仕掛けた。試製軽戦は己の身軽さを活かして容易く回避してカウンターの機会を窺う。航空戦の主役は自分だと言わんばかりだが、あいにく、地上の観客はエンジン談議に花を咲かせた。
川崎は九五式戦闘機の時点で液冷エンジンの重戦闘機を志向している。この経験から液冷エンジンの扱いに長けたが、液冷エンジンの開発と製造は愛知航空に一任と機体設計に専念した。これは石原莞爾が海軍と調整の末に液冷エンジンの開発と製造を愛知航空に一本化したことに依る。
愛知は川崎から液冷エンジンの開発と製造を承継した。外国製の複製と改良から純然たる国産化を目指す。残念ながら、完全な国産化は当分先のことだ。日本は中華民国を経由してドイツのDB601やイギリスのマーリンを入手している。国内に適当な物が無いため外国製の国産化を続けざるを得なかった。
今まで積み重ねてきた技術と経験をふんだんに使おう。愛知はイギリスのマーリンとドイツのDB601の良い所を抽出と凝縮を繰り返した。川崎が試製重戦闘機に採用した液冷エンジンは愛知製の『アツタ』と名付けられる。液冷V型12気筒の基本形は変えていないが、愛知は随所に工夫を凝らすことで1000馬力の壁を突破し、水メタノール噴射装置が5分間の時限式で1350馬力に迫った。
「キ60は九七式重戦闘機の正当な後継機です。土井技師の肝いりで異常な頑丈さを誇ります。エンジンさえ動いてくれれば武人の蛮用に耐えられる。37mmモーターカノンの連射も大歓迎ですよ」
「満州飛行機の独自改造は突飛だが実に面白いな」
「自由な発想には脱帽を禁じ得ません」
川崎の試製重戦闘機はキ60と呼称される。来年の採用予定から一式重戦闘機の通称も存在した。本機は土井武夫技師が設計したことで「異常な頑丈設計」と評される。キ60は急降下耐性を図った際に750km/hを超えてもビクともしなかった。テストパイロットが「これ以上は危険だ」と判断して切り上げ、無事に地上へ降りてから主翼と胴体を確認するが、シワ一つ寄っていないことに驚嘆を余儀なくされる。
土井技師は戦場の過酷な環境に耐えて大量生産に適する難題に真っ向から挑んだ。
九七式重戦闘機で培った主翼設計は左右一体構造で頑丈性を重視する。飛行試験時は強度不足どころか強度過大と言われた。急旋回を何度繰り返しても壊れない。胴体は液冷エンジンに合わせて絞り込まれた。その細さから繊細を覚えたが、案の定と例に漏れず、異常な頑丈設計が注入される。胴体は分割と接合を減らすことで生産性の確保と強度を維持して軽量化の両立を成し遂げた。あまりの頑丈さに「敵爆撃機を撃墜する手段に体当たりを推奨する」という冗談が聞かれる。
「武装に関しては素直に負けを認めましょう。20mm機関砲4門に37mm機関砲が1門ですか」
「モーターカノンは必然なのかね?」
「手っ取り早くはありますが必ずしも有効とは限りません。13.2mm機関砲4門を基本にしています」
主翼に13.2mm機関砲4門という比較的に大火力を携えた。これはブローニングM2とオチキスの融合である。7.7mm機銃よりも弾道の低伸性に優れる上にそこそこの威力は使い勝手が抜群に良かった。海軍も同じ機銃を採用している。零戦の機首機銃に据えた。20mm機関砲が圧倒的な破壊力の代償にションベン弾で弾数も少ない。13.2mm機関砲はバランスの良さで陸海軍の航空機に広く搭載された。
「20mm機関砲に換えられるか? 私は機関砲をこよなく愛している」
「もちろんです。主翼に余裕を設けています。20mm機関砲への換装は容易です。モーターカノンも不可能ではございません。どうぞ、ご安心ください」
「素晴らしい。土井技師に賞賛を送ろう」
「土井が言っておりました。石原閣下の期待に沿ってみせると…」
川崎の土井技師は重戦闘機至高論の筆頭格だろう。石原莞爾が軽戦闘機至高論に異を唱えて重戦闘機をねじ込んだことに感涙を流した。それも自身が担当する液冷エンジンの重戦闘機である。この日本に重戦闘機を理解する者がいることに狂喜した。そして、石原莞爾を心酔するに至る。
「軽戦闘機を忘れられては困ります。中島のキ43は最強の軽戦闘機です」
今度は中島の番のようだ。
続く
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