第9話 戦闘配置を眺めて

 私は満州北部の防衛を確認するために航空機を手配させた。地上で眺めても良いが俯瞰する方が誤魔化しを看破できる。関東軍にチョロチョロする軟弱者はいないが、もしかしたら、良からぬことを企てているかもしれない。


「誠に良い眺めである。アメリカの製品を手直しする度量と技量に敬意を示したい」


「この日のためにネジ1本まで入念に磨きました。九二式重爆撃機の後継を務めることは不可能でも輸送機には十分足りましょう。重爆撃機は一筋縄ではいかぬものです」


「海軍の大攻計画は陸軍の計画に統合させた。海軍から刺される前に完成させねばなるまい。私は常日頃から海軍に恨まれて大変なんだ」


「それはもう存じております。そういえば、海軍は新式飛行艇を陸上機化するという噂話もありまして」


「どうだろうな」


 満州北部の上空を希少な四発機がゆったりと飛行する。乗客が窓を通じて地上の様子を観察できるように配慮が散りばめられた。地上で帽子やタオル、シャツを振る者と目線を合わせられる高度を維持している。操縦手はベテランの技量を披露した。


「岱山は一度に多数の兵士、エンジンや機銃、医薬品などを特急で運搬できます。戦闘機に比べて遥かに鈍足でも輸送船を突き放す。太平洋の島と島を無補給で往復できて従来の双発輸送機では難しい輸送を可能にしました」


 陸軍と海軍は共に輸送機を運用した。輸送機は空挺部隊の投入以外に傷病兵の移送、基地間の連絡、指揮官の移動など縁の下の力持ちを宿す。従来は九七式高速爆撃機や九六式陸上攻撃機、民間旅客機の軍用機転用で対応した。


 太平洋の島と島を結ぶは主に輸送船である。大量の運搬を得て野砲や重砲の重量物と師団単位の兵士を運ぶことに適した。その代わりに速達性を犠牲にして数日から1週間を要する。一方の輸送機は輸送船を圧倒する速達性が最大の利点だ。将校クラスの人員の移動や医薬品と食糧など、重要度の高い人と物を近場なら当日に配送でき、輸送船と輸送機を上手く使い分けていくことが求められる。


 陸軍は石原莞爾ら満州派の意向で新型輸送機の開発を決めた。従来の双発輸送機が一度に運搬できる人員と貨物は非常に少ない。将来的な日米決戦において輸送機の不足は目に見えていた。太平洋の島嶼部における基地航空隊の運用を鑑みて、航空兵と整備員、エンジンとガソリン、爆弾と機銃弾、等々を速達で配達可能な大型輸送機を欲する。


「九二式重爆撃機も所詮はドイツのユンカース社G.38を複製したに過ぎない。国産品の大型機は海軍の飛行艇が精一杯だった。陸軍が負けていてはと言いたいが、決戦に間に合わせるため、ここは挙国一致を良いように捉えて海軍を抱き込んだ」


「海軍さんの建造計画にケチをつけて一部を廃案に追い込んだことは?」


「そんなこともあったかなぁ…」


「なるほどであります」


 四発機の開発経験は九二式重爆撃機ことユンカース社G.38の複製と改造から得られた。最初期の重爆撃機として完成度はさして高くないものの貴重な経験を積めている。主要な航空機メーカーは挙って研究に臨んだ。日本の基礎的な工業力から理想の実現は遅延を重ねざるを得ない。国産で真っ当に運用できる四発機は海軍の九七式飛行艇しかなく、陸軍は海軍と協議の末に大型の陸上機は共通の機材にすることで合意し、陸軍と海軍が別々にバラバラと作っては効率が悪かった。基礎的な部分は共通にして細かい部分で仕様を別個に変えよう。


 大型の重爆撃機を開発する前に大型輸送機が完成した。それは『岱山』と名付けられる。岱山は九二式重爆撃機と同様に外国製を導入してから独自改良を以て国産化した。素体はアメリカのダグラス社DC-4とされる。大日本航空が使用する民間用旅客機と称して少数を輸入する。日米関係が回帰不可能に至る前に確保して無許可で複製と改造に入った。


「バカ鳥とは言わせんよ」


「なにか?」


「いや、独り言だ」


「はい」


 ダグラス社の航空機は優秀と知られる。特にDC-3は世界の航空輸送を切り開いた傑作機と誇り、日本は民間航空会社に加えて海軍が新型輸送機と国産化を目指し、そ同社がDC-3を凌駕する大型の旅客機を開発していると聞けば注目しないわけがなかった。ダグラス社の新型旅客機は大日本航空の名義(実際は陸海軍の連名)で購入すうる。


 残念ながら、DC-4は試作機の域を出ずに終わった。操縦性などの性能はまずまずだが、整備性や経済性に難点を抱えており、改善は不可能と判断されている。アメリカ本国では開発を打ち切って一から改めることになった。後にDC-3以来の傑作機こと本当のDC-4が登場して試作機はDC-4Eと名称を変更する。


 したがって、日本軍は失敗作のDC-4Eを導入したわけだ。これも貴重な経験を積むには十分と見る。陸軍と海軍はDC-4Eの導入を大失敗にする前に三菱と中島を中心としたチームを組んだ。アメリカがDC-4のような大型機を(当時の日米関係の割には)易々と渡すことが訝しく思われ、おそらく、何らかの欠陥を抱えていることを看破して予め対策チームを用意する。仮に重爆撃機が厳しい場合は大型輸送機に移行するだけだ。


「海軍名は深山というらしい。岱山で共通化すれば良いものを魚雷を積むから変更したいと言ってきた」


「海軍さんも譲れないものがあるのでしょうなぁ」


「石原閣下。よろしいかな?」


「これは張氏に大変な失礼をした。誠に申し訳ない」


「いやいや、気にしないでくれ。奉天軍はいつでも奴らを出迎える準備が整っている。石原閣下の鶴の一声でね」


 私の正面側に親友の張作霖氏が座る。鉄道とは違う眺望に目を輝かせた。この限定された空間は会議室に早変わりする。彼の奉天軍は中華民国軍を為す大軍勢の一つで専ら関東軍と協調した。北伐で共産党勢力を撃滅するに際して驚異的な快進撃を見せている。


 今度の日中対ソ蒙紛争でも獅子奮迅の働きに期待した。装備を刷新することはもちろん、満州防衛に緻密な作戦と計画を練らなければ、各地で潰走を繰り返すばかり。地上の密会は「壁に耳あり障子に目あり」と言うように筒抜けの恐れが呈された。その一方で輸送機は飛び立ってしまえば外部から干渉できない。機内は親友と腹心で固めることで諜報対策は万全を誇った。


「東欧が再び燃えるのを尻目に悠々と南下してくる。流石と言うべきか」


「スターリンは明確に東亜連邦を打倒すべきと述べている。一度言った以上は必ず実行に移すのが独裁者というものだ」


「それを満州の独裁者が言いますかな?」


「私は独裁者ではありませんよ。本当に善良で市民に愛される名君なのですよ」


「違いない」


 本人たちは大真面目であるが時折に灰色の冗談を織り交ぜる。いかにも楽しそうに笑いあった。輸送機は万が一があってはならないとUターンを開始する。現地戦闘機隊が訓練と称した護衛に守られつつ飛行場へゆっくりとした帰路についた。すると、見慣れない機影が近づいてくる。


「あれは?」


「日の丸を掲げていますから、少なくとも、ソ連空軍ではありませんね」


「急ぎ駆け付けたというところかね? 海軍の試製艦上戦闘機」


 その正体は海軍航空隊の試製艦上戦闘機と見えた。海軍は日中とソ蒙の衝突が近いと知ると否や試作機をテストするぞと言わんばかりに少数を派遣する。それは九六式艦戦の後継と開発したが、1200馬力級の空冷エンジンや20mm機関砲(機関銃)などの真新しさを随所に秘めており、世界最強の戦闘機を目指したことを窺えた。


「あれが本土から直接に飛んできたらしく技量の高さはピカ一でしょう」


「ソ連空軍の戦闘機なんぞカモに等しいなり。うちの試作戦闘機と競争してもらおう」


 伝説の戦闘機は産声をあげたばかり。


続く

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