祈り

ラプラスAki

祈り

 金星のゴミ溜め。おれはここが職場だった。底辺の底辺。誰もが嫌がり、感染症の巣窟のゴミ溜め。おれにはそれしか生き方がなかった。いや、他に選択肢はなかった。

 今日も黙々とゴミを拾い、袋詰める。これは完全に嫌がらせだ。こんなことしなくても全て処理できる技術はある。しかし、おれが生きるのには必要なことだった。それで生計を立てていた。

 ここは確かに不衛生だったが、通りに出ると、高級ブティックが軒を連ねる。そこには身綺麗な格好をした人々、主にカップルが楽しそうに歩いている。最初の頃は羨ましかったが、だんだんと自分とは関係ない世界なんだ。おれには絵がある。それでいい。と自分に言い聞かせていた。

 おれのような底辺の身分でも入れる聖会があった。なにやら昔の聖人が立てたらしい。全く興味はなかったが、一度入ってみるとひどく落ち着く。出入り自由ということなので、時々来る。みんな手を合わせて目を瞑っている。祈りというらしい。全くもって意味不明だった。

「やあ」

 ふいに声をかけられて、隣を見た。

「お祈りかい?」

「いえ」

 初対面なのになぜか懐かしい気がした。

「聖人ってほんとにいるんですか?」

 聞いてみて気づく。なんでこんなこと聞いてんだ? おれは。

「ははっ。そうだね。そういう人もいるね」

 笑われた気がして少しむっとした。

「詳しいんですか?」

「まあ、まあね」

 その後、男は黙っていた。

「絵を描いてるのかい?」

「ええ……」

 なぜ知っているんだ。管理局のやつか?

 男はそれ以上何も言わずに、ふいに席を立ち、

「じゃあ。頑張って」

 とだけ言い残し、聖会を後にした。

 

 今日も汗水たらして不衛生極まりないゴミを袋に詰める。服は支給されているが、替えがなく、ひどく汚れたままだ。

「すみません」

 その声に脊髄反射で反応してしまった。勢いよく振り向いたので、声の主は少し驚いている。

「あ、あの。ジョーグラフさんって……」

「はい。僕ですけど……」

 よくみるといわゆるモデルさんの様な容姿。これまで女性は見てきたけど、会ったことのないタイプの女性だった。

「管理局の方ですか? おれは真面目に働いてます」

 おれは肩をすぼめて言う。ああ、目をつけられたか、そろそろ終わりか……。

「絵を描かれると聞いて」

「はあ……」

 聞いてみると彼女はやはりファッションモデルららしい。こんどネットに自画像をあげるのに自分の絵を描いて欲しいという。今どき絵なんて頼む人がいるのか。

「おいくつから絵のほうを」

「ああ。気づいた時にはもう描いてました。最初はARとかで描いていたんですけど、マテリアルのほうが安いのもあって、リアルで描いてます」

「リアル?」

 小首を傾げる仕草に目を逸らす。少し焦って、

「ああ、ええっと。物質と言うか、三次元というか……」

「やっぱり! 貴方です! 貴方をさがしてました!」

 急に笑顔が弾けて、手をとる。その行動にびっくりして心臓が止まりそうになる。

「ぜひお願いします!」 

 

 ボロボロなアパートの一室。ワンルーム。ここにはパレットと散乱した画材だけがあった。手に入れることができないのもあるが、興味がないという事もあった。

 彼女の横顔をデッサンする。こういう言い方は好きではないが、彼女は絵になる。さすがモデルだけあって微動だにしない。なぜかすいすい筆が進む。

「あの。1ついいですか?」

 おれは手を止めずに耳だけ傾ける。

「ずっとあの仕事を?」

「……」

「すみません」

 彼女はそれきり何も言わずにいた。

 

 おれは絵を仕上げて彼女の家へと出来上がった品を届けに行った。

 なんと彼女もボロアパートだった。

 ドアをノックする。

「すみません。ジョーグラフです。完成した絵を届けにきました」

「はーい。いま開けます」

「すみまえせ……えっ?」

 彼女はホバーを足につけて轟音とともに浮いていた。

「「え?」」

        了

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祈り ラプラスAki @mizunoinori

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