中間試験 6

 中間試験初日は、実技試験です。

 わたしは魔法訓練を行う実技棟にやってきた。

 そこには観客席で囲まれた大きなグラウンドがあって、アーチェリーや弓道の的のような的が壁際にたくさん並べられている。


「来月から、実技の授業がはじまる。今日のこの実技試験は、君たちの今の実力がいかほどのものなのかを調べるためのものでもある。真剣に取り組むように!」


 一年生の時は、魔法の基礎知識を教えてもらって、軽く練習しただけで終わっているが、二年生から本格的に魔法の実技の授業がはじまる。

 レベルによって実技のクラスを分けるようで、この実技試験の結果によってどのクラスになるのかが決まるそうだ。


 そう聞いて、わたしはゾッとした。

 もし、ファイアーボールすら打てない以前のわたしだったら、いったいどうなっていたのだろう。もしかして、最低レベルのクラスにすら入れず、ずっと基礎練習ばっかりさせられていたのではあるまいか。


 ……そんなことになったら、どれだけ恥ずかしい思いをしたことか!


 ありがとうスマホ‼

 おかげで、安心して試験に臨めます!


 実技試験は簡単だ。

 一人一人試験官の前に行って、今打てる魔法を披露する。もちろん魔力切れになったら元も子もないから、自分が使える魔法の中で一番レベルの高いものを披露する人が多いようだ。

 実技棟には防御結界の魔道具が設置されているので、多少のことでは壊れたりしない。


 ……ただ、「上級魔法は禁止する。上級魔法を打てる者は、打つ前に自己申告に来るように」という忠告があったので、過去にやらかした人間がいそうな気がする。やらかした人、お兄様ではありませんように……。


 二年生の時点で上級魔法が放てるなんて、規格外もいいところだ。

 普通はあり得ないのだが、お兄様ならやらかしそうだと、わたしには妙な確信があった。


 先生曰く、過去の二年生の実技試験で上級魔法をぶっ放った生徒のせいで、グラウンドは半壊したらしい。

 ここはあくまで学校なので、上級魔法に耐え得るほどの結界は施していないという。

 上級魔法の練習をするなら、ここではなくお城の魔法騎士棟に行かなくてはならないのだそうだ。


 どうやらわたしたちの学年には、今の時点で上級魔法を習得している人はいないようで、「二年生のはじめで上級魔法を打てる人間がいたのか⁉」とどよめきが走っていた。


 先生の目がちらっとわたしに向いたので、うん、間違いなく過去の犯人はお兄様だと、わたしは確信を強める。


 ……安心してください。ご存じでしょうが、わたしはポンコツなので、上級どころか中級魔法も打てませんよ。あんな規格外なお兄様と一緒にしないでください。


 試験官の先生は合計五人いて、わたしたちは五つのグループに分けられた。

 前から順番に試験に臨んでいくようだ。

 わたしの試験官の先生はニコラウス先生で、目が合うとにこりと微笑んでくれる。


 ……ニコラウス先生、優しい。前世の記憶を取り戻す前、マリアが好かれていると勘違いした気持ちがわかるわ。笑顔が尊い。


「ヴォルフラム・オルヒデーエ君」


 わたしの二人前がヴォルフラムで、ニコラウス先生に呼ばれて前に進み出る。

 ヴォルフラムが放ったのは水の中級魔法だった。

 見た限り、これまで試験をした人の中で一番強い魔法だ。


 ……さすが攻略対象の一人。スペックが高いわ~。


 魔法の衝撃波で、ヴォルフラムの蜂蜜色の髪がふわりと揺れる。

 ついつい見入ってしまったわたしは、ヴォルフラムが何かに悩んでいるような険しい表情をしていることに気が付いた。

 もしかして、今日は本調子じゃないのかしら? 充分すごいと思うけど……。

 ニコラウス先生からオッケーが出て、ヴォルフラムが無言で下がる。


 ……うん、やっぱり変だわ。


 いつものヴォルフラムなら、先生に対して「ありがとうございました」くらいは言いそうなのにそれもない。

 気になってヴォルフラムを視線で追っていると、彼のオレンジ色の瞳と目があった。

 途端、不快そうに眉を寄せられる。


 ……そうでした。わたし、嫌われていたんでしたね。


 気の多いマリアは、当然のことならがヴォルフラムにも粉をかけていた。かなり鬱陶しがられていたのを覚えている。


 ……気になるけど、話しかけるのはやめておこうっと。


 話しかけたところで無視されるか、侮蔑のこもった目で睨まれるかどちらかだろうし。


「マリア・アラトルソワさん」


 わたしの番になって、ニコラウス先生がわたしの名前を呼ぶ。


「はい」


 返事をして前に出ると、わたしは覚えたてのストーンブレットを披露することにした。


 ……はじめて使うけど、習得できているはずだからきっと大丈夫!


 まっすぐ前の的を睨んで、大きく息を吸い込んで集中する。


「世界の根源を司る四柱のうち土の精霊ノームよ、我の呼びかけに応え、その大いなる御力の片鱗を我に授けたまえ――ストーンブレット‼」


 すると、わたしの呼びかけに応えて空中に生まれた石の弾丸が、前方の的めがけて飛んでいく。


 ダンダンダンッ!


 と音を立ててすべてが的に命中した。うん、はじめてにしてはなかなかのコントロールじゃない?

 ニコラウス先生を見ると、優しく微笑んで頷いてくれる。


「よく頑張りましたね。オッケーです」


 やったー!


 わたしは小躍りしたい気持ちをぐっと押さえて、ニコラウス先生にお礼を言うと列の最後尾に戻っていく。


 ファイアーボールもまともに打てなかったマリアは、この短期間に、大きな躍進を遂げましたよ~!



     ☆



 二日目と三日目の筆記試験を終えて、緊張しまくっていた中間試験は無事に終了した。

 あとは、一週間後に結果が張り出されるはずである。


 ……どうか赤点ではありませんように! 追試ではありませんように‼


 わたしは、自分ができる精一杯のことはやった。あとは祈るのみだ。

 そして張り出された結果は、筆記試験はどれもぎりぎり追試ではなかった。

 実技試験のクラス分けでは、レベルは最下位のクラスだったけれど、恥はかかなかったからそれでいい。


 マリアは、やりましたよ~!

 落ちこぼれから一歩脱却です!

 そして、お兄様のお仕置きから、見事に逃れることができましたよ~‼


 やったー‼



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