デートと妖精 4

 にこにこと上機嫌のお兄様に連れられて、わたしはユヴェーレンの中にいた。

 右を向いても左を向いても、きらっきらの世界である。


 ……おお~、高そうな宝石がたっくさん。前世のわたしには無縁すぎる高そうな宝石たちに、目がチカチカしてきましたよ。


 マリア・アラトルソワには見慣れたものでも、前世の社畜な日本人だったわたしには無縁の世界だ。

 今のわたしはマリア・アラトルソワと前世のわたしが融合しているが、感覚は元日本人のときのわたしに引っ張られているので、恐ろしく高そうな宝石に目が回りそうである。

 そういえばわたし、こんな恐ろしく高価な宝石を、これでもかとじゃらじゃらぶら下げて歩いていたのよね~。公爵令嬢の金銭感覚、こわっ!


「注文していたものはできているかい?」


 お兄様がさりげなく、本当にさりげなく、さら~っと店主に言う。


 ……え、お兄様すでに注文していたの⁉


 驚くわたしをよそに、品のいい初老の男性の店主は優雅に腰を折った。


「はい。ご用意しております」


 そうして通されたのは、どこからどう見てもVIPルームな高価な調度で彩られた部屋だった。

 ふかふかのソファに座ったわたしたちの前に、白い手袋を身に着けた五人もの店員が、恭しく宝石の乗ったクッションが敷き詰められている箱を持ってやってくる。


 ……ちょッと待ってお兄様! お兄様‼


 前世社畜の日本人のわたしでも、公爵令嬢マリア・アラトルソワとして生きてきたため、この手の審美眼は確かなものがある。

 お勉強ができないマリアだけど、おしゃれとか美容には並々ならぬ関心を持っていたため、わたしの宝石類の鑑定眼は鑑定士も舌を巻くほど優れているのだ。

 その優れた鑑定眼によれば、並べられたネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット、ついでにアンクレットに使われている宝石が、すべてパープルサファイアとパープルダイアモンドであるという結果が出た。


 つまりすっごくすっごく、とんでもなくすっごく高いやつ‼


 使われている金属も、もちろん金やプラチナだ。デザインは繊細かつ優美で、一級のデザイナーの手によるものだとわかる。


 ……お兄様、あなた、とんでもないものを注文しましたね! そして全部パープルサファイアとパープルダイアモンドって、どれだけですか!


 パープルサファイアとパープルダイアモンドの中でも、お兄様の瞳の色に近いものが揃えられていた。要するに、ここにあるものは全部お兄様の瞳の色だ。己の瞳の色に似た宝石を恋人に贈るのが流行っているとはいえ、これはいくら何でもやりすぎだろう。全身お兄様の色を纏えと、そう言っているのに等しい。しかも、全部超一級品‼


 これは総額おいくらなのだろうかと、わたしがプルプルしている横で、お兄様は優雅に絹のグローブを嵌めてアクセサリーの出来を確かめていらっしゃる。

 店主をはじめ、店員さんたちは息をつめて真剣な顔でその様子を見つめていた。

 しばらくして、お兄様がふっと息を吐くように笑う。


「素晴らしい出来だ。すべていただこう」


 いただいちゃいましたよ‼


 ひいっと悲鳴を上げたわたしは、続くお兄様の言葉に卒倒しそうになった。


「今ここですべてつけていくよ」


 ……なんですと⁉


 東京の一等地に大豪邸が立つレベルのとんでもなく高価な宝石類を、全部わたしにつけて歩けと、お兄様はそうおっしゃっているのでしょーか⁉


 唖然としている間にも、お兄様の指示に「かしこまりました」と大変にこやかに同意を示した手人さんたちが「さあお嬢様」とわたしの手を恭しくとると、試着室に連行していく。

 服を脱ぐわけでもないのに試着室があるのがびっくりだよ――じゃなくて!


 ……本当につけるの? 本当に? これを? 今日のワンピースは水色で色の組み合わせとしては大変よくあっているとは思うけれど、つけるの? そしてこの状態でわたしは歩くの? 誰か悪い人に誘拐されたりとかしない⁉


 だがここで断ったりしたら、お兄様が怖い。

 せっかくのデートでいじめられたくはないので、ここは「大丈夫マリアは可愛いからお兄様が守ってくれるわ~♡」という、マリア・アラトルソワ本来の超ポジティブ思考を発揮した方がいいのだろうか。


 わたしが悩んでいる間にも、さくさくと店員さんの手によって、ネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット、アンクレットすべてが身につけられる。

「とってもお似合いですわ」「まさにお嬢様のために存在している宝石のようですわね!」と、店員さんたちがすごいおべっかを言ってくれるが、わたしの耳には入ってこない。


 今、わたし、総額おいくら万円なのかしら? いえ、この世界は円ではなかったわね。今わたし、総額おいくら万マルスなのかしら?


 これは深く考えてはダメなやつだ。もう、心を無にしよう。身につけているのは高い宝石ではなくおもちゃだと思おう。そう思わないとやってられない。

 わたしが試着室から出ると、お兄様は満足そうに頷いた。


「いいね、とってもいい気分だ」


 ほほほほほ、そうですか。わたしはとってもぐったりですよ!


 しかし、お兄様が大金をはたいてプレゼントしてくれたものである。嫌な顔はできない。


「あの、お兄様、ありがとうございます」

「いいんだよ」


 金額が恐ろしくて冷や汗ものだが、お兄様のプレゼントは嬉しい。

 行こうか、と手を差し出されて、わたしは店員さんたちにお礼を言うと、誘拐を警戒してお兄様の手をしっかりと握り返して店を出た。




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