デートと妖精 2
いくら考えても正解がわからないまま、土曜日になった。
今日はお兄様とデートの約束をしている日である。
……お兄様とデートって、なんかちょっと不思議な気分。
前世の記憶を取り戻す前まで、わたしはお兄様は「お兄様」なんだと、疑いすら持っていなかった。
そのお兄様とこの夏に結婚して(契約結婚だけどね!)、夫婦になるのだ。
しかも、わたしが学園を卒業するまでに相手を見つけなければ、この結婚は永遠のものに――って、ああ! そうだったよ‼ 頭の中からぽろっと転がり落ちてたけど、お兄様とそんな約束したんだったよ!
ヒロインのリコリスが攻略対象の誰かと結ばれてハッピーエンドを迎えるのを見届けるのと並行して、わたしは結婚相手を探さなくてはならなかったのだ!
そうでなければ、わたしは永遠にお兄様の妻! ということは、わたしはアラトルソワ公爵夫人としてお兄様の子を産んで跡継ぎを育てなければならないと言うことだ。そして一生お兄様に「三回回ってわんわん」とか言われて揶揄われ続ける人生になると言うことだ‼
……ひぃ‼ お兄様と一生添い遂げるとか、きっとわたしの心臓とか精神力とかが持たないから‼ 心労たたって、ある日ぽっくり逝っちゃうから‼
学園の卒業まであと四年。四年あるけど、そもそも今の学園の生徒たちの中で、わたしに好意を寄せてくれそうな人はいるのか⁉
散々やらかしまくっていたので、同学年以上の生徒はきっとわたしのことなんて「お断り‼」という人ばっかりのはず。
……くっ、ということは下級生を狙うしかないわね。
しかし、昨年までと同じように、相手の迷惑を顧みず追いかけまわしてはならない。
品行方正な、下級生の憧れの先輩となって、むしろ相手から「結婚してください」と言ってもらえるようになるべきだ。
……いや、いろいろ無理があるな。
わたしはすぐさまその企みを軌道修正する。
品行方正はいいだろう。ここはわたしの努力で何とかなる。
が、「下級生の憧れ」はどうだろうか。「下級生の憧れ」の先輩とは、品行方正なだけではなく賢くてスポーツ万能でなくてはならない気がする。うん、無理だ。
……よし。品行方正な、可愛くて優しい先輩を目指そう。
こういうと自画自賛になってしまうが、「可愛い」は簡単にクリアできる。だって、マリア・アラトルソワはとんでもない美人だから。あとは、悪役令嬢感を抑えまくって、メイクと服装で清楚で可憐な感じに大変身すれば問題ないはずだ。
そして優しさは……。うん、わたしは自分が優しいのかどうかわからないので、「優しそうな」に変更しておこう。とりあえず相手に優しそうだと思ってもらえるように頑張る。
と、言うことで。
物は試しである。今日から「清楚で可憐」を目指そう。
「ヴィルマ、清楚で可憐な感じのメイクと髪型にしてちょうだい」
「…………。え?」
今、なんか長い間があったわね。ヴィルマ、あんた、わたしにどんなメイクとヘアメイクを施すつもりでいたのかしら?
しかし「優しそう」なご令嬢を目指すわたしは、こんなことでは怒らない。落ち着けわたし。
「ごほん。ヴィルマ、清楚で可憐なメイクと髪型に、してちょうだい」
「え? 盛らないんですか?」
ドレッサーの鏡越しに背後を伺えば、ヴィルマの手には小さなクッションが握られている。
ちょっと待てー!
もしかしてもしかしなくても、あんた、わたしの髪形をプーフにしようとしていないか⁉
プーフとは、マリーアントワネットが生きていた十八世紀の、超モリモリヘアのことである。
アップにした髪の中にクッションを仕込んで、とにかく高く高く盛り上げていく髪型だ。
さらにその高く盛った髪を、これでもかとヘアアクサセリーで飾る。
十八世紀のフランスでは大流行したのかもしれないが、この世界ではそんな髪型は流行していない。というか流行していてもわたしは絶対にそんな髪型にはしたくない。
「ヴィ、ヴィ、ヴィヴィヴィヴィルマさん? その小さなクッションを使う盛りヘアを、いったいどこで聞き及んで来たのかしら?」
「さすがは珍しいものに目がないお嬢様ですね。まさかご存じとは思いませんでした。お嬢様もご存じの通り、王都の東の美容室ではじめたという『ヴォルケヘア』を試してみようと、実は先日、店主のヴォルケさんにやり方を教わりに行ったのです」
教わるなー‼
ヴィルマ、あんたは本当に全力でボケてくるわね‼
「ヴィ、ヴィ、ヴィヴィヴィヴィルマさん? そ、その、ヴォルケヘアだったかしら? それは王都で流行しているの?」
「今からですよお嬢様。王都に一大旋風を巻き起こそうと、ヴォルケさんが頑張って流行らせている最中です! なので、流行の超最先端ですよ!」
まだ流行していないものを流行の最先端とは呼ばない。
そして、一大旋風ですって? こんなものが万が一にでも流行したら、一大旋風どころか巨大ハリケーンよ! すべて巻き上げられて、通り過ぎたあとは雑草一本すら残ってないわ‼
「さ、ということで、お嬢様。このヴィルマが新しく習得した技術を、お嬢様の記念すべき人生初デートの日にお披露目を」
「せんでいい‼」
なにが「ということで」だ。
恐ろしい子! ヴィルマ、あんたは本当に恐ろしい子よ‼ デートに行く(しかも確かに言われてみたら人生初)わたしを、そんな悪目立ちした上に失笑ものの髪形にするつもりか‼
無難なデート服を仕入れたと思ったらとんだ落とし穴が待ち構えていたものである。
「もういいわ、今日は自分でやる!」
ヴィルマに任せたらどんな目に遭わされるかわかったものじゃない。破滅ルートまっしぐらだ。
何故わたしは、自分の侍女に破滅への道を提示されているのだろうと、シクシクと心の中で泣きながら、メイクブラシを手に取った。
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