雑貨屋リーベ 1

 次の土曜日までにデート服を新調しなくてはならない!

「ブルーメ」ではヒロインが攻略対象とのデートイベントに臨む際にはいつも新しい服を購入する必要があったので、なんとなくだが、わたしもそのルールに従っておいた方がいい気がしたのだ。


「ジークハルト様とのデートですか? このバニーガールの衣装ではダメなんですか? これはもともとルーカス殿下を悩殺するためにお嬢様が――」

「ほほほほほ‼ お黙りなさいヴィルマ‼」


 お前はわたしを破滅させる気か‼

 親密度どころか、そんなものを着て町に繰り出せば途端に笑いものよ‼

 そもそもそのバニーガールの衣装を買った時、ヴィルマも一緒にいたよね⁉ 何故止めなかった薄情者! 絶対に面白がっていたでしょう!


「ヴィルマ、明日は授業が午前中で終わる日よね! 午後から雑貨屋リーベに行くわよ‼」


 ブルーメ学園は必修科目のほかに各自選択科目も選ぶので、選択科目の選び方によっては時間が空いたりする。

 わたしは毎週水曜日の午後に取りたい選択科目がなかったため、午後からまるまる開いているのだ。


 本来の目的は、去年遊びまくって全然授業を聞いていなかったダメダメなわたしの学力を向上すべく、水曜日の午後に寮で自習をするつもりで開けていたのだが、今回はそうもいっていられない。急いでデート服を仕入れなくてはならないからだ。

 というかクローゼットを開けてびっくり! マリアってば本当に恋愛命で生きていたのね! 並んでいるドレス類は全部露出の高いものばかりだったわよ! ゲームのデートイベントのルールに従って新調するとか、それ以前の問題だわっ!




 ということで、水曜日。


 わたしは学園の外。王都にある「雑貨屋リーベ」を訪れていた。

 この雑貨屋リーベはゲーム「ブルーメ」に登場する雑貨屋で、ヒロインは毎回ここで必要なものを購入する。というか、ゲーム中ではこの店しか登場しない。


 そして、わたしマリア・アラトルソワも、前世の記憶を取り戻すまで、このお店の常連だった。

 あの際どい下着とかバニーガールの衣装とかも、全部ここで購入したものである。


 雑貨屋リーベは、食べ物から服、小物、怪しげな魔法グッズに至るまで、いろいろなものが揃っている。

 店で扱っているものは全部店主の趣味らしく、いったい何に使うのかよくわからない妙な壺とかも並んでいた。

 雑貨屋リーベの店の戸を引くと、カラン、とドアベルの音がする。


「いらっしゃ――あらあ~、マリアちゃんじゃないの~」


 わたしが店に入ると、店の奥からがする。

 ぱたぱたと奥のカウンターからおネエ走りで駆けてきたのは、筋肉質なごっつい体にフリフリの真っ白いエプロンを身にまとった、スキンヘッドにひげの長身の男だった。


「いらっしゃ~い」


 その、見るからにごつそうな、極道のボスもかくやと言わんばかりにいかつい男が、野太い声を発しながら頬に手を当ててこてんと首を傾ける様は、世界が凍り付くほどにシュールだ。

 が、ゲーム「ブルーメ」でもこうだったのと、これまでも何度も通っていたこともあって、わたしには耐性がある。そして一緒について来ているヴィルマはこの程度で動じるようなタイプではない。なので、普通に相手をする。


「こんにちはリックさん」

「やだ~、リッチーって呼んでっていつも言ってるじゃない~。それからそんな固い挨拶なんて不要よ! あたしとマリアちゃんの仲じゃないの~」

「……リッチー、久しぶり」

「うふふ、久しぶり! ああそうそう、この前の『ドキドキ☆悩殺ランジェリーセット』はどうだった? 効果あった~?」


 うげっ! 嫌なことを思い出させやがって!


 あの隠す意思もなさそうなつくりの下着セットは、リックさん……リッチーの口車に乗せられて買わされた代物だ。まったく、とんでもないものを買わせたものである。もし前世の記憶を取り戻すのが一歩遅ければ、わたしはあの下着を着てルーカス殿下の部屋に突撃していたのだ。恐ろしい‼


「ほほほほほ、残念ながらあまり効果はありませんでしたわ~!」

「あらあ、おっかしいわね~。あの下着、着た人に好意のある男性が見たらその好意が十倍に、逆に悪意を抱いている人が見たら悪意が十倍になる優れものなんだけど……」


 なんだその恐ろしい機能を持った下着は‼

 マジで着なくてよかった。わたしに嫌悪しているルーカス殿下の前にそんなものを着て行けば、わたしへのその嫌悪感が十倍に膨れ上がってその場で斬り殺されていてもおかしくなかったわ‼

 まあ、その前に護衛の騎士に止められて大恥をかく可能性が高かったけども!


「ほ、ほほほほほほ、リッチー、こ、こここ、今度からはそんな恐ろしい機能がついていない普通の! ふ・つ・う・の‼ 下着をお勧めしてくださるかしら~?」

「え~。マリアちゃんが、わたしの魅力を最大限に引き出すものがほしいって言ったんじゃないの~」


 魅力を引き出すのと、怪しげな機能がついているのでは、話が違うと思いますよ‼

 もう本当に、オリエンテーション前に前世の記憶を取り戻してよかったよ。ゲーム本編がはじまる前の悪役令嬢未満の段階でうっかり殿下に誅殺されるところだったわ!


「それで今日はどうしたの? 新しい下着なら入荷してるわよ~。ほら見て、これは題して『わたしを縛って☆ダーリン』下着……」

「下着はいらないから‼」


 リッチーが取り出した下着を見た瞬間にわたしは大声で叫んだ。


 ……リッチー! あんたそれ、下着じゃないわよ! 全部紐じゃないの‼ 隠すどころか下着の機能すらないわ‼


「あら~、マリアちゃんに似合うと思うんだけど」


 似合ってたまるか!

 マリア、あんたも、公爵家お抱えの仕立て屋があるくせにどうしてこの店で下着を買っていたの‼ あれが本当にいいと思っていたわけ⁉


 ……ふう、落ち着け、落ち着けわたし。今日はデート服を見に来たのよ。ゲームのイベントルールに従ってこの店でデート服を買うの! デート服……だ、大丈夫かなあ……。


 もうすでにぐったりしているわたしをよそに、ヴィルマは店の中を物色して回っている。

 そして、その中からとんでもないものを見つけて持って来た。


「お嬢様これはどうですか? これを着たらカワウソのように可愛くなれてモッテモテ……と書いてあります」

「わたしの目にはどこからどう見てもカワウソの着ぐるみにしか見えないけど⁉」

「そうとも言いますね」

「そうとしか言えませんね‼」

「マリアちゃんは、今日は何を買いに来たの~?」


 ヴィルマが持って来たカワウソの着ぐるみを手に取って「これ、とっても可愛いのよ~。おすすめ☆」とふざけたことを言いながら、リッチーが訊ねてくる。


「ちょっと、デートに使えそうな服を……」

「お嬢様、あっちに人魚の衣装が」

「いらんわ!」


 というか「衣装」と言い切った時点でまじめにやってませんよね! わたしは仮装大会に出るための衣装を探しに来たんじゃない! デート服を買いに来たのよ‼

 カワウソの着ぐるみも人魚の衣装も、バニーガールと同等レベルの代物だ。あんなものを着て街中を歩けと? お前はそれでもわたしの侍女か‼


「デート~? あらやだ~、マリアちゃんったらいつの間に♡ もう、隅に置けないんだから~! いいわよ~、とびっきりの服を出してきてあ・げ・る」


 リッチーのとびっきりほど怖いものはない。

 普通でいいから普通で、とわたしが止める前に、リッチーはうきうきした足取りで、けれども恐ろしく早く店の奥へ消えていった。



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