第88話:トーナメント戦開幕

 学年チーム戦のトーナメント戦がいよいよ始まる。


 トーナメント戦は2日にかけて開催される。本日は準々決勝が行われ、明日は午前に準決勝、午後に決勝戦が行われることになっている。


 集合場所はグループリーグ戦と同じ実技場前。そこに行く前に美里たちと落ち合うことになっている。俺は美里から言われた集合時間に間に合うように寮を出た。


 先週は実技場に向かうまでの間、多くの生徒たちを目にした。しかし、今日は寮から歩くこと数分が経過しても誰一人として見ることはなかった。そのせいか小鳥の鳴き声がやけに聞こえた。


 理由は明白だ。


 トーナメント戦からはモニタリングが行われることになっている。トーナメントに参加しない生徒は原則として自分のクラスでトーナメント戦の様子を見ることになっている。同時に最大4つの試合が実施される。生徒は各々好きな試合を電子端末で見ることになっているらしい。


 それがあってトーナメント戦に出場しない生徒はすでに教室にいるのだ。トーナメント戦に出場する生徒はもう少し後に寮を出るだろうから道は閑散としている。


「おはよ〜」


 集合場所に着くと2人の姿を発見する。その内の1人である来栖が俺に大きく手を振ってきた。少し遅れて隣にいた晶もまた手を振る。来栖とは違い、胸の辺りで小さく手を振った。俺は2人に応えるように掌を見せる。


「おはよ。美里はまだか?」


 集合場所には来栖と晶しかおらず、美里の姿はなかった。


「寝坊したらしい。さっき私のところにメッセージが来た」


「何でグループチャットを使わないんだよ、あいつは」


「きっと遥斗くんに寝坊したのを悟られたくなかったんだよ。メッセージが飛んできたのは私たち3人のグループチャットだったから」


「いやいや。俺がここに集合する時点で悟られるのは不可避だろ」


 というか俺を省いたグループチャットがあるのか。俺以外は女子なのだから当たり前かもしれないが、なんだかショックだな。


「トーナメント戦には遅刻しないようだから不安はない」


「前もって集合することにしたのは正解だったかもしれないな。まあ、もし『トーナメント戦に間に合わないかも』ってなっても、【瞬間移動】で美里を部屋から実技場まで連れてくれば何とかなるだろ」


「ははは、なんだか遥斗くんがやるような言い方だね」


「ん……あ、違うに決まってるだろ。やるのは晶だよ、晶。俺がやったら規約違反になるからな」


 危ね……来栖の言っていることが一瞬理解できなかった。暦の部屋に行っているせいで感覚が麻痺してた。そういえば、男子が女子寮内に入るのは禁止されているんだっけか。


「……」


 間一髪、危機を回避することができた。そう思ったが、晶には誤魔化しが効かなかったのか疑うような表情でこちらを見ていた。


「どうした?」


 惚けた風を装って聞いてみる。


「遥斗の最初の反応に違和感があった。もしかして、本当に美里の部屋に行こうとしてた?」


 やはり気づいていたのか。流石は晶。油断できない。


「そんなわけないだろ。大体、美里の部屋に行ったことがないから部屋のイメージができない。これじゃあ、【瞬間移動】は使えないはずだぜ」


「っ! そっか。遥斗は美里の部屋に行ったことがない。なら、無理そうだね」


 俺の言葉を晶は素直に受け取ってくれたようだ。美里の部屋には行ったことがないから嘘は言ってないしな。それにしても、何で晶はちょっと喜んでいるのだろう。


「お待たせー!!」


 3人で軽くやりとりをしていると美里がやってきた。「遅れる」とは言ったが、やってきた時間は集合時間ちょうどだった。かなり急いで用意してきたようだ。


「おはよ」


「くそっ。遥斗がやってくるまでに間に合わなかった!」


「残念だったな。遅刻の件は聞かせてもらったぜ。にしても、別に隠す必要はなかったんじゃないか?」


「仕方なかったのよ。マイナス査定を食いたくなかったから」


「マイナス査定って……別に集合時間に間に合わなかったくらいでマイナスにはしないよ」


「本当?」


「隠したことはマイナス査定だけどな」


「……もういい! みんな、トーナメント戦に行くわよ!」


 逆ギレするような形で美里は外方を向く。晶と来栖に声をかけると実技場に向けて歩き始めた。一番遅れてきてもなお、威厳を崩さないのは流石だな。


「それで、どうして遅れたんだ?」


 逆ギレされたことに腹を立てたわけではない。ただ、美里を揶揄うつもりで俺は彼女の隣につき、遅刻の原因を尋ねることにした。美里は俺の方をチラッと睨みつける。


「寝れなかったのよ。緊張して」


 何とも可愛らしい理由だった。


「美里って緊張しいだよな」


「別に緊張しいってわけじゃないわよ。ただ、今回からモニタリングされるんでしょ。何かやらかしたら全生徒の前で恥をかくことになるのかって思うと足が竦むっていうか……」


「なるほどな。そうは言っても、美里が何かするわけじゃないだろ。今までの試合も部屋で待機するだけだったしな。唯一やったのは囮くらいだし、気にすることはないって」


「それはそうだけど……励ましてくれるのは嬉しいけどなんかムカつく」


「励ましてるわけじゃないさ。ただ、事実を言ってるだけだ」


「じゃあ、ただ単にムカつく! 神様、どうか遥斗くんが全生徒の前で恥をかきますように」


「おっかない願いするなよ……」


 まあ、悪いのは俺だから言われても仕方はないか。あんまり気にしてはなかったけど、試合中に何かバカをやらかしたら見ている生徒に知られるわけか。宵越とかは俺の試合を見てそうだし、下手な真似はできないな。


 美里に唆されたからか、俺も少しだけ緊張してきた。


 とは言っても、トーナメント戦から逃げられるわけではない。俺たちは実技場の前にやってくると、指定された場所に一列に並ぶ。グループの先頭に立った俺は審判を担当する堂前さんに全員揃っていることを伝えた。


 生徒会のほとんどはトーナメント戦に駒を進めているが、準々決勝は午前午後に分けられているため審判はこれまでどおり生徒会が務めることになっている。


 当初、午前に試合を控えていた俺は午後に審判を割り振られていた。しかし、暦も我妻も午後に試合を控えており、ミズキの見張りをする者がいなくなるため宵越に代わってもらうことにした。宵越には事情を伝えられないため説得には苦労したが、1回遊ぶ権利を行使して何とか代わってもらうことができた。


「今日はよろしくな、久遠」


 集合時間10分前。待っている俺たちの元へ1人の男がやってきた。彼はグループの先頭にいた俺の隣につき、声をかけてきた。彼の方を向くとこちらに手を差し伸べている。


 癖のある黒髪。鋭い目つきは周りに人を寄せ付けないほどの凶暴性を兼ね備えている。それでも、彼に対して嫌な気を抱かないのは今のような礼儀正しい振る舞いのおかげだろう。


 雷文 泰二。俺と同じ生徒会のメンバーでトーナメント戦1回戦の相手だ。


「よろしく、雷文」


 俺は差し伸べられた手を握って彼に応じた。挨拶してきたものの、それ以降は特に話しかけては来なかった。すでに臨戦態勢に入っているからか、元々話すことが得意ではないのかは定かではない。俺は言わずもがな自ら喋るのは気が引けるから話しかけなかった。


 雷文のチームは現地集合だったようで集合時間が近づくにつれ、1人ずつ順に集まっていった。


「時間が来た。両チームとも全員揃っているようなので、これより試合会場に移動する」


 最後尾まで聞こえるほどの声量で堂前さんは俺たちに声をかけた。実技場へと入っていく彼に遅れを取らないように俺と雷文は歩き始める。


 エレベータを使い、地下へ。


 試合会場に入り、いつものように各々が入るVR機器の前に立つ。もう何度も聞かされてきた説明が堂前さんからされる。もうそろそろ省いても良さそうなものだが、先生曰く『説明が試合に対するスイッチの切り替え』を担っているとのことなのでこれからもされていくのだろう。


「以上だ。では、各々VR機器へ入り、試合の用意を始めてくれ」


「すみません。その前に一つ良いですか?」


 ようやく試合が始まる。そう思ったところで、雷文が手を上げた。


「何か質問か?」


「いえ。質問というよりは提案です」


「提案?」


 雷文の言葉に堂前さんは訝しげな表情をする。彼の隣に立っている先生も困惑した様子を見せていた。二人から雷文に視線を変えると、彼は俺の方に視線を向けていた。どうやら、俺に対する提案みたいだ。


「久遠。この勝負、俺とお前のワンオンワンで対決しないか?」


 雷文からの提案は予想だにしないものだった。

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