11話「幼馴染と相部屋確定演出」
ベアトリスとの決闘が周囲に拡散された事をヒカリは危惧するが、そのまま次の授業が開始されると淡々と授業自体は進んでいくのであった。そして小休憩や昼食を挟んで過ごすと、あっという間に初日を終えることとなった。
「以上で今日の授業を終わる。これより各自で指定された寮部屋へと向かい、そこで夕食の時間まで待機しろ」
姉貴が電子黒板の電源を落としてタブレットを脇に抱えると、それだけ言い残して教室を出ていこうとする。
「「「はいっ」」」
全員が返事をして姉貴が教室を出て行くのを見守ると、そのあと女子たちは一斉に帰りの支度を始めていた。それはヒカリも同様であり、取り敢えず俺も流れに乗るべく支度を開始する。
……だがそれでも疑問は尽きることはない。
何故なら俺は姉貴から寮部屋のことを何一つ事前に聞いてないからだ。
なんならさっきの言われて初めて指定された寮部屋というのを知ったぐらいである。
「はぁ……。姉貴頼むから、そういう事は早めに言って欲しいぜ……」
多少の愚痴を吐きつつも帰りの支度を済ませると、いよいよ今からどうすればいいのかと本格的に悩み始める。
まあ簡単に解決させるなら職員室に行けばいいだけの話で、確かこの学院の職員室は一学年校舎の一階にある筈なのだ。
「なにをゆっくりとしている。ハヤトも寮に行くんじゃないのか?」
すると唐突にも帰りの支度を終えてバッグを肩に掛けたヒカリが横から現れると、不思議そうな表情を浮かべながら顔を覗き込んできていた。
「あ、ああ。実は自分の寮部屋が何処か知らないんだ。だから姉貴に聞きに行くべきかと今悩んでいる最中だ……」
机の上に両肘を乗せて手を組みながら重々しい雰囲気を漂わせて伝えると、周りでは既に半数の女子たちが教室を出て自分たちの寮部屋へと向かっている現状だ。
「そうなのか? だったら早めに聞きに行った方が――」
何処か呆れたような表情をヒカリが見せていたが気のせいだと思うことにすると、突如として教室の扉が開かれる音が聞こえて自然と視線を向けていた。
「あ、姉貴?」
そして扉を開け放ち教室へと足を踏み入れたのは先程授業を終えて職員室へと戻った筈の姉貴であった。しかも何故か視線を真っ直ぐに俺の元へと向けていて尚且つ、最短距離の一直線で歩いて近づいてくるのだが、これは十中八九なんらかの要件があるとうことなのだろうか。
……も、もしかしてベアトリスとの決闘のことだろうか。だとしたらこれは非常にまずいのだが、如何せん今から逃げようとすると決闘の事実を認めるのと同じ……。ど、どうすればいいのだ。
「ふむ、まだ残っていたか良かった。実はお前に伝え忘れていたことがある」
鉄仮面のような無機質な表情を見せながら足を止めて口を開くと、雰囲気的に怒っている様子はなさそうだが一体何を言われるのだろうか。
これで仮に決闘の話が出たら終わりだ。ああ、全て終わりだ。
「ど、どうしたんだ? あ、姉貴?」
恐る恐る尋ねるが所々で気弱な部分が出てしまうのは仕方のないことだろう。
「ああ、もう気が付いていると思うが、お前に寮部屋の事について教えるのを忘れていてな」
だが姉貴がさらりと発言したことは俺が想像していた事とは違い、どうやら寮部屋についてのことらしい。ということはまだベアトリスとの決闘のことは知られていないようだ。
「……りょ、寮部屋のことか……はぁ」
それを聞いて一先ず安堵の気持ちが湧いてくると、その横ではヒカリも胸を撫で下ろしたかのように安心した表情を浮かべていた。
「ん、なんだその反応は。他に何かあるのか?」
すると何を察知したのか姉貴が目を細めて見てくる。
「い、いえ! なんでもないです! それで俺の寮部屋は何処ですますか?」
咄嗟の出来事に変な言葉が口から出ていくが、一刻も早く話を逸らして危険地帯を抜け出さなければならない。
「怪しいな。だがまあいい。それで寮部屋のことだが……うむ、ヒカリも居ることだし丁度いいな。私の権限でハヤトの部屋をヒカリと同室にする。これは決定事項だ。異論は認めん」
姉貴は僅かに人の内面を探るような視線で睨みつけてくるが、それでも深く探ろうとはせずに矢継ぎ早にとんでもないことを口にしていた。
その言葉は当然ヒカリにも聞こえていた訳で、
「「……え、ええぇっ!?」」
ほぼ同時に俺達は同じ反応をして教室内に響き渡るぐらいの声量で叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って下さいサクヤさん!」
「なんだ? 文句でもあるのか?」
ヒカリの慌てた様子も気にせずに姉貴は冷静な声色で言葉を返す。
「も、文句ではないですが……。そ、そのハヤトと同室というのは些か問題があると思います!」
視線を物凄く泳がせながら彼女は言うと、それは俺としても全く同感であり一体姉貴は何を考えているのかと一時間ほど問いただしたい気分である。
「……ほう、お前はもしかして同じ部屋で男女が生活を共にすることに恥じらいを感じているのか? だが異論は認めないと言った筈だ。二人とも速やかに移動を開始しろ」
恐らくヒカリが気にしているであろう部分をいとも容易く見破ると、姉貴は一切の異論は聞かないとして部屋に移動するように告げた。
そして姉貴に言われたことが図星であったのか、ヒカリは肩を震わせて唇を尖らせていた。
「あ、姉貴。流石にそれは横暴なのでは……」
余りにもヒカリが不運でいたたまれなくなると、つい姉貴に声を掛けてしまうが弱腰なのは許して欲しい。
「横暴ではない。これにはしっかりとした理由もある」
姉貴が鋭い眼光を浴びせてくると、次に口を開いたら黙らせてやると言わんばかりの威圧をも同時に放っていた気がした。
「で、でしたらその理由を聞かせて下さい! じゃないと私は納得できません!」
そこへ姉貴の言葉に食いつくようにしてヒカリが握り拳を胸元に添えながら反論する。
「……はぁ。ったく仕方のない奴らだな。一度しか話す気はないからな」
珍しくヒカリが引くことをせずに攻めていく姿勢を見せると、姉貴は溜息を吐きつつも手を額に当てながら理由を話す気になったらしい。
「まず第一に今更男子寮を作る時間も余裕もない。それに女子寮の方が何かと問題事が生じた際に対応が利くという要因もあるからだ」
俺が女子寮へと入ることは即ち、諸々の面倒事を一挙に全てクリアできるからで特に深い理由がある訳ではなさそうだ。しかし何故よりにもよってヒカリと同室なのかは気になるところである。
幾ら女子寮と言えど使用していない空室とかでもいいのではないかと。
「なら仮にハヤトが他の女子生徒を襲い出したら、どうするんですか!」
ふとそんな事を考えていると突然横から自分の耳を疑うような台詞が聞こえてきて、思わず顔全体をヒカリの方へと向けていた。
一体なにをどう試行錯誤したら、その発想に至るのだろうか。というよりこれだけ長年幼馴染という関係を続けているのにも関わらず、未だに信用がないことに驚きを隠せない。
「なっ!? ヒ、ヒカリなにを言っ――」
「うるさい! お前は口を閉じていろ!」
「は、はい……」
文句を言おうとしたのだが、それは彼女の怒声により遮られて従う他なかった。
こういう時に上に出られないのは恐らく生前の頃の影響だろう。
「……ふむ、そうだな。仮に弟が他の女子に手を出そうものなら、私の部屋にて監禁となるだろう。無論だが風呂とトイレ以外の自由時間はない。残りの時間は全て私に尽くすことになる」
独裁者のような事を急に言い出しては姉貴の瞳が揺らぐことなく本気だということが伝わる。
だが俺としてはだらしのない姉貴に毎日尽くすのは普通に嫌だ。
自分で脱いだ下着ぐらい自分で片付けて欲しいし、酒の空き瓶とかも自分で何とかして欲しい。
「……信じてくれヒカリ。俺はなにもしない。ただの石像のように置物となることを誓う」
そしてその結果なんとしてでもヒカリと同室にならなければならないことを悟り、即座に彼女の手を握ると真剣な眼差しを向けて懇願した。と、同時に周りの女子達とも一定の距離を保たねばならないことを分からされた。
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