5話「貴族との決闘は決闘でなくて死闘」

 ベアトリスという貴族の女子から聞き捨てならない言葉を聞くと、俺はつい衝動に駆られるがままに口調が少々荒っぽくなりながらも反論した。

 すると彼女は徐に手を顎に当てながら考え込む仕草を見せると、


「姉貴? ……ああ、なるほど。貴方が噂の聖剣を扱えるという男子ですか。通りで学院の制服を着ている訳ですわね。てっきり誰かの従者かと私は思いましたけど」


 と言いながら興味深そうな視線を向けながら俺を見ては僅かに口の端を上げていた。


「そんなことを聞いてるんじゃねえ! 俺の質問に答えろ!」


 だがベアトリスが先に返してきた言葉は俺の質問を全く無視したものであり、明らかに下級の平民の質問には答える気が毛頭ないという雰囲気が伝わってくる。


「はぁ……これだから男という生き物は嫌なんですの。目先のことばかり優先させる野蛮な生き物。少しはゆとりを持つということも大事なことですわよ」


 大きさ溜息を吐き捨てたあと彼女は右手を額に当てると、そのまま首を左右にゆっくりと揺らして男という性別を完全に馬鹿にしているような素振りを見せていた。

 

 しかしそこで俺の中で何かが明確に大きく脈動すると、それは怒りの許容値が限界を突破した事を自分でも理解していて、ベアトリスを睨みつけたまま歩みを進めて近づく。


「んだよ。俺の質問には答えずに偉そうに性別差別か? はっ、この国の貴族は随分と――」


 怒声混じりの言葉を呟きながら彼女の元へと近づいて胸倉を掴もうと右手を僅かに上げると、その瞬間不意に背中に何かが当たる感覚を受けてそのまま勢い良く前方に投げ出された。


 それはまるで俺がこの世界に来る要因となった駅のホームから放り出された時みたいな、それと同じ感じであり全思考が一旦止まりかけるが何とか意識を保とうとする。


 けれど俺が前方に倒れ込む寸前に見た光景はベアトリスの豊満な胸が視界一杯に広がっていて、気が付いた時には既に為すすべもなく顔中がマシュマロのような弾力と柔らかさを併せ持つ何かに包まれたまま廊下に倒れ込んだ。


「あーもう、一体なにぃ?」


 すると俺の背後からはそんな軽い感じの声が聞こえてきて、一体誰が自分の背中を押したのかと確認しようと体を起こそうとする。

 だがそれと同時に顔も動かそうとすると、


「んあっ……」


 という何とも妖艶の色を孕んだ声色が短く聞こえて、その漏れ出たような声は確かに俺の耳にしっかりと残っていた。


 その瞬間なにかこれは不味い状態に陥っているのではと本能で悟ると慌てて状況を確認しようと顔を上げるが、俺の視界の先にはベアトリスが頬を赤く染め上げて何故か潤んだ瞳で睨みを利かせていた。


「あ、ああ……ごごご、ごめん!」

 

 そんな彼女を目の当たりにしたことで先程まで業火の炎の如く湧いていた怒りの感情が一瞬にして鎮火すると、急いでベアトリスの体から離れようと起き上がる。


「ッ……この下等な男風情がよくも、わたくしの清い体を汚しましたわね! 絶対に許しませんわ! 今この場でバーンズ家の名の元に貴方に決闘を申込みますの!」


 俺が立ち上がったあと直ぐにベアトリスも起き上がると、怒りなのか何なのかは分からないが顔を歪めて人差し指を向けながらそう言い切った。しかしその言葉を口にした瞬間に周りの女子達が一斉に青ざめた顔や哀れみの視線を俺に向けきた。


 たかが決闘を挑まれただけで何故そんなにも死を宣告された死刑囚を見るような瞳や顔色を向けてくるのかと疑問に思うが、その決闘と言うのは俺としても願ってもいないことであり当然男として受けて立つ他ない。なんせ姉貴を馬鹿にされて、そのままにしておける筈がないからだ。


「ああ、受けて立つぜ。その決闘を」

 

 ベアトリスを睨みながら息巻いて返すと周りの女子達は目を丸くさせて、より一層俺を絞首台へと歩みを進める者みたいな視線を向けていた。


「その言葉しかと聞き届けましたわよ。詳しい内容は後日またお話致しますの。それまで精々残りの時間を楽しむことですのよ」


 そう言い切ると彼女は最後に俺に対して軽蔑のような眼差しを少し向けると、そのまま横を通り過ぎて姿を消していった。


「や、やばいよ!」


 そしてベアトリスの姿が完全に見えなくなったあと一人の女子が声を唐突に上げると、この場の空気は一瞬にして重々しいものから解放された。


 それから俺が視線を周囲に配ると背中に当たってきた女子は既に居ないのか、何処にもそれらしき人物は見えなかった。恐らく俺がベアトリスと話している間に姿を消したのだろう。

 だがそれよりも先に何が一体やばいのだろうか。取り敢えず聞いてみることにする。


「どうしたんだ?」

「あ、あのね! 貴族が自らの家名を名乗って決闘を申し込む時は、本気も本気で下手したらハヤト君が死ぬことになるんだよ!」


 すると一人の女子は両手で握り拳を作りながら自身の胸元へと近づけて、興奮と恐怖心が複雑に絡み合うような表情を見せつつ死という言葉を口にしていた。しかも同時に周りを取り囲む女子達も小さく頷いて反応を見せている。


「ははっ、んな大袈裟な」


 軽く笑いながら女子達の言葉と反応を受け取ると、幾ら決闘と言えど中世時代のように命を賭けた死闘を繰り広げる訳でもないだろうにと返す。


「大袈裟じゃないよ! 貴族は家名に絶対のプライドを持っていて、それを持ち出すということは一族の威信に掛けてハヤト君を倒すって意味なんだよ!」


 最初に話し掛けてきた女子が再び口を開くと俺の知らない貴族という特質な者たちの説明を始めてくれて、それを聞くにどうやらこの世界の貴族は関わると面倒事に発展する確率が高いらしい。

 

 一族の威信に賭けて絶対に俺を倒すとはなんだろうか。

 ベアトリス個人からならばまだ分かるが、何故そこで家名を持ち出す必要があるのだろうか。

 俺にはいまいち理解が追いつかないが可能性として女尊男卑の思想が影響しているのかも知れない。


「ハヤト君……死んじゃうのか……」

「悔いはないようにね?」

「あたし、ハヤト君のこと忘れないから!」


 次々と身勝手な事を言い出す女子達ではあるが中には本気で涙を流す者も居て貴族との決闘が死を持って完結するものであるならば、俺はとんでもない事を受けてしまったのではと今更ながらに恐怖心が湧いた。


 しかしだからと言って姉貴を貶されたことに関しては許せる訳もなく、恐怖心よりも怒りの感情が上回っているのだ。絶対にベアトリスには謝らせるという意志のもとに。


「なんだ、この騒ぎは。お前が何かしたのか?」


 そう聞こえてくるのは前の方からで俺が視線を向けると、そこにはハンカチをポケットに仕舞う幼馴染のヒカリが居て視線を周囲に向けては困惑している様子であった。


「あーいや、実は本の少し前に色々とありまして……あははっ」


 貴族の胸に顔を埋めて決闘を挑まれたなんて死んでも言えないとして、取り敢えず愛想笑いのような表情を作りつつ誤魔化す道を選ぶ。基本的にこうすることで人は深く事情を聞いてくることはない。よほど人の事情に首を突っ込みたがる、お節介な性格をしていなければな。


「……誤魔化さずに言え。なにがあった?」


 僅かな間を空けたあとヒカリが口を開くと同時に瞳を据えて真剣な表情を見せてくると、俺が適当に誤魔化そうとしているのを見抜いているのか距離を縮めて来た。


 けれどそこで俺は思い出す。こういう時のヒカリには一切の誤魔化しが聞かずに何故か本質を見抜く力に優れていて、今の今まで俺は彼女に対して何かを隠し通せたことがないことを。


「やっぱり無理かぁ……。えーっとな、実はさっき――」


 もはやこれ以上の隠し事はヒカリの怒りを買う事になるとして、色々と諦めると先程までの事を全て事細かに話し始めることにした。それに俺が話さなければ周りの女子達に聞かれる可能性も残っていて、ならば自らが話し方がマシと言えるだろう。

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