4話「女王の右腕で現る。それは高貴な女性貴族」

 ヒカリに言われた言葉の意味が分からずに時は過ぎていくと、彼女はトイレへと向かい俺は相変わらず女子達に好奇な視線を向けられて身動きが取れずにいた。


 しかも周囲を見渡せば一組の他にも他の組の女子達が徐々に集結しているようで、本当に見方次第では一種のハーレム状態なのではと思えてならない。と言ってもその殆どが好奇心に駆られて見に来ているだけで、別に俺に対してそういうアレではないというのは容易に分かるが。


「ねえ? さっきハヤト君と話してた人って、もしかしてユウカ様の妹さんじゃないの?」


 すると一人の女子が何かを尋ねるようにして声を掛けている様子が視界に映り込む。


「うん、そうだよ。自己紹介の時に確認したけど同じ苗字だったよ!」

「嘘ッ!? っということはあの天才と奇才を同時に兼ね備えた聖剣技師【ユウカ=グレイヴズ】様の血縁者ってことぉぉ!」


 一組の女子から質問の答えを得ると訪ねていた女子は目を丸くさせながら大きな声でヒカリと同じ苗字の名を口していた。そう、実はユウカ=グレイヴズという名前はヒカリの実の姉の名前であり、先程の女子が言っていたように天才と奇才を掛け合わせたような人物なのだ。


 というのも彼女の存在により聖剣という武器は大きく変貌を遂げて、今ではユウカさんが作る聖剣は国同士の均衡を簡単に崩壊させることが可能であるのだ。


 故に彼女はパルメシル王国の名のもとに人間国宝という扱いになり、今現在もその行方は誰にも分からないのだ。何処で何をして暮らしているのかすらも。


 それは他国に身柄を確保されないようにとのことらしいが、詳しい事はヒカリでさえ分からないので恐らく家族にも居場所は秘匿事項なのだろう。ちなみにだが姉貴とユウカさんは性格が真逆にも関わらず、仲が良いのでもしかしたら姉貴に聞けば連絡の手段があるのかも知れない。


 それとパルメシル王国はユウカさんの諸々の功績を讃えて、グレイヴズ家に貴族としての地位を与えたりもしているのだ。つまりグレイヴズ家は今や成り上がり貴族で立派な富豪なのだ。


 ……だがそれでも色々と問題はあるようでヒカリは偉大な姉と自分を比較しているのか時々、劣等感のようなものを抱いているようで表情や声が一段と暗い時がある。


 それにこれは一度だけ本人の口から聞いた事があるのだが、ヒカリはユウカさんと比較されるのが何よりも辛いらしいのだ。恐らく他者から見れば姉が優れているのだがら、妹も同じなのだろうという先入観があるのかも知れない。


「ああ、だからヒカリはあんなにも不機嫌だったのか?」


 そこで一組で行われた自己紹介での出来事を連想的に思い出すと、ヒカリが自己紹介をしていた時に数人の女子がユウカさんの事について質問責めをしていた事に気が付く。

 それはもう俺が姉貴についての質問責めを受けている時と同じようなものであったことを。


 そしてヒカリは質問をされる事に途中で嫌気が差したのか怒声混じりの言葉で『私はヒカリ=グレイヴズだ! 姉さんの事は何も知らない!』と言い切り無理やり終わらせていた事も。

 

 これは今更過ぎるかも知れないが不機嫌な理由がそれならば、俺は最初に掛けるべき声を完全に間違えた事になるだろう。


「も、もしかて当たり年に入学しちゃったのかもっ! この学院にはユウカ様の妹さんの他に黒騎士の女帝も居るからね!」

「うんうん! それに黒騎士の女帝の弟さんも居るからね! しかも男性でありながら聖剣を扱えて見た目も格好良い! ほんともう最高ぅ!」


 背後からそんな言葉の数々が聞こえてくると何故か不思議と背筋に冷たいものが這いよる感覚を受けた。だが俺には一つだけ気になる事があるのだ。


 それは現在進行系で周囲を取り囲む女子達から徐々に距離を縮められ、尚且つ視線はいつの間にか先程よりも四倍ほど増しているような気がするということだ。


 本当にいつの間に人数が増えたというのだろうか……いや、もしかしたらあれか?

 女子は噂好きと言うから一瞬の間に俺に纏わる何かが一学年全体に広がった可能性が無きにしも非ず。


 生前の頃は女子は愚か男子ともまともに話した事がない俺だが実際に噂が広まるというのは中々に――――


「あら、そこの下等な男子。誰の許可を得てわたくしの道を塞いでいるのかしら?」


 考え事をしていると背後から軽やかな声で話し掛けられて反射的に振り返ると、そこには高貴な雰囲気を全身から漂わせている女子が露骨に嫌そうな顔をして佇んでいた。

 

 それは本当に一見すると何処かのお嬢様のような容姿であり、金色の長髪におっとりしているような印象の強い目元と美白とも言えるほどに肌は白く、しかも胸がEカップぐらいありそうで制服の圧迫感が凄まじい事となっている。

 

「あっ……あの人、バーンズ家の令嬢だ……」


 俺と貴族のような女子が互いに目を合わせて膠着していると、不意に何処からかそんな言葉が流れ聞こえてきた。


「バーンズ家? なんだそれ?」


 そこで単純に疑問に思ったことを声に出して呟くと、目を合わせていた貴族のような女子が一瞬だけ瞼を小刻みに痙攣させたり、周りの女子達の表情が次第に青ざめていくのが鮮明に分かった。

 もしかして俺は地雷でも踏んでしまったのだろうか……? 


「え、えっとね! バーンズ家というのはね? 女王の右腕と呼ばれるほどに王家に信頼されている一族で、聖剣を駆使しての戦いも超凄くて特にベアトリスさんは毎年発表される聖剣者ランキングではずっと二位をキープし続けているんだよ!」


 慌てて隣から一人の女子が冷汗を額から頬へと流しながら説明を始めると、どうやら彼女の名前は【ベアトリス=バーンズ】というらしい。そして王家に信頼されているほどの家系らしく、やはり生粋のお嬢様のようで通りで高貴なオーラが見て取れる訳だ。


 しかし毎年ランキング二位とは……そこは一位とかではないだろうか。

 何とも微妙な数字ではあるがそこで俺は雷鳴が全身に駆け巡るが如く一つの記憶を思い出す。

 確かランキングの一位は毎年、俺の姉貴こと黒騎士の女帝だったことを。


「で、でもね! ベアトリスさんは初等部の頃から中等部を卒業するまで、全ての聖剣大会を無敗で収めてるんだよ!」


 そのあとに直ぐに別の女子が補足を付け足すように妙に力の篭る説明を始めると、それはつまり大人達が混じる試合とかではなく、所謂ジュニアクラスでの試合を無敗で収めているということなのだろうか。


「へぇーそれは凄いな。ということはベアトリスさんは総合では二位だけど実力は強い人なのか。なるほどなるほど」


 取り敢えず聞いた情報を纏めて自分なりに導き出した答えを述べて頷いていおく。

 でも確かに言われてみればヒカリも中等部の頃に聖剣大会に出場していて、その時のトーナメント表にベアトリスという名前があったような気もしないでもない。実際に会ったのは初めてだが。


「ッ……ええそうですわ。総合ではずっと二位を維持していますの。それも何処ぞの移民風情が蛆虫のように湧いて現れたせいですわ」


 何故か額に青筋が浮き出るとベアトリスは目を細めてそう言いながら、移民風情という言葉や蛆虫などという人を見下すような比喩用語を使い口元を歪ませていた。


 だが彼女の口振りから察するに移民や蛆虫を意味するのは、つまるとこ総合ランキング一位を取り続けている俺の姉貴の事を言っているのだろう。


「おい、その蛆虫ってのはもしかして俺の姉貴の事じゃねぇよなぁ?」

 

 そこで事実確認の為にもベアトリスに尋ねることにした。その際に少しばかり怒りの感情が漏れ出てしまったが関係はない。仮にここで違う人だと言うことが確認出来れば言葉遣いの非を詫びて謝る。だがそうでなければ――――

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