0次の存在しない墓
あめはしつつじ
0次の存在しない墓
お盆が来る前に、私は墓参りに行った。
お盆の時は、家族と鉢合わせになることが、あるからだ。
線香とマッチ。掃除用具と、酒と花。幾らかのお菓子を、車に乗せる。
私は、知らない町を探索する。
コンビニで買った地図を広げ、お寺の地図記号。
赤いマジックで囲った卍を、まじまじと見つめる。
ついたお寺は、萬福寺。
平地にあるお寺で、境内には、ブランコや滑り台。
半分埋まったタイヤがいくつもあって、公園になっている。
ただ、暑さのせいか、誰も子供も、遊んではいない。
公園を通り抜け、本堂の裏に回る。
墓石がずら、ずら、と並んでいる。
さて。と、私は、霊感の赴くまま。
うん。この墓にしよう。
私は。知らない誰かの墓を掃除する。
苔むした墓石の、肌が露わになってくる。
墓石にはこう書かれていた。
彼の人生の
6分の1は少年として
12分の1は青年として
7分の1は夫として
あとはまだ、汚れていて、読めない。
だが、6と。いや、12と7の最小公倍数。
84。
84歳で、人生の幕を閉じた、彼の一生を書いたものだろう。
いままで掃除した、幾人もの墓石を思い返す。
数式や図形を彫った墓石は、思いの外、あるものだ。
私は掃除を続ける。
墓石の続きに、こう書かれていた。
3分の1は父として
4分の1は祖父として
42分の1は曽祖父として
違和感があった。が、私は構わず掃除を続けた。
ひらめいたのは、掃除を終え、線香に火をつけた時だった。
一本の数直線が頭を走る。
墓石には、
彼の人生の
6分の1は少年として
12分の1は青年として
7分の1は夫として
3分の1は父として
4分の1は祖父として
42分の1は曽祖父として
としか、書かれていなかった。
定数項が。存在、していない。
彼の、仮の人生の長さを、xと置こう。
彼の人生xイコール
少年の6分の1xプラス
青年の12分の1xプラス
夫の7分の1xプラス
父の3分の1xプラス
祖父の4分の1xプラス
曽祖父の42分の1x
導かれる方程式は、
x=(1/6)x+(1/12)x+(1/7)x+(1/3)x+(1/4)x+(1/42)x
xでくくり、
x=(1/6+1/12+1/7+1/3+1/4+1/42)x
分母84で通分し、1/84でくくり、
x=(14+7+12+28+21+2)x/84
かっこの中を足すと、
x=(84/84)x
x=x
解は一意に定まらない。
恒等式。
線香の長さが、どれほど長くとも。
84分の1の目盛りに合わせて、
6分の1、12分の1、7分の1、3分の1、4分の1、42分の1に。
折り分けることができるように。
84でも、85でも、86でも。
100でも、200でも。
何歳でも、何十歳でも。いつまでも。
墓石には、享年が刻まれていなかった。
彼は一体、どれほど生きたのだろうか?
疑問に思っていると、背後から、
「0じゃ、それは水子の墓じゃよ」
振り向いたが、誰も、いなかった。
ああ、そういえば。
享年は数え年で。
0歳は存在しない。
誰もいない、墓地の中。ひとつ。
水に濡れた墓石が、黒く輝いていた。
0次の存在しない墓 あめはしつつじ @amehashi_224
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