第17話 だから幸せ
目が覚めてからのナズの状態は、一言で言えば『わからない』だった。
機械に繋がれていた8年がどれだけの影響を及ぼしているかわからない。何年生きられるのかも。さらに1日の半分は寝て過ごしているし、最初は起き上がることすらできなかった。
それでもロウが用意した家で少しずつリハビリをして過ごすうちに、まずは起き上がれるようになり、押してもらえば車椅子で移動できるまでになった。
「ナズ!調子はどうだ?」
部屋がノックされ、ヒスイが顔を出した。
ヒスイは3度目の感覚の共有でしばらくは安静を言い渡されたが、すっかり回復して毎日のようにナズのもとを訪れている。
「ヒスイ。今日は調子がいいぞ。さっき車椅子を押してもらって散歩してきた」
最初は喋るのも少しずつしかできなかったナズだが、すっかり声を取り戻し、意外と話をするのが好きだということがわかった。
「そうか。ここの庭は綺麗だもんな。今日は桃を持ってきたから一緒に食べよう。今トーカが剥いてくれてる」
ヒスイは嬉しそうにベッドの横にあるイスに座った。
トーカには感覚の共有から戻ってすぐにナノカのことを話してある。
トーカは「そうか」と一言呟いただけだったが、穏やかに微笑んでいた。
ナズからナノカの話を聞いた時も、嬉しそうに耳を傾けていた。
ナノカの兄ということもあってか、ナズもトーカもなんとなくお互いに一緒にいて落ち着くところがあるようで、ヒスイに付き添ってトーカもよくナズに会いに来ている。
「桃剥いてきたよ」
しばらくしてトーカが部屋にやってきた。
ナズは果物全般好きらしく、嬉しそうに桃を頬張っている。
「そういえば、ナナイは元気にしてるのか?」
ナナイとは、ナズの次にヤドになるはずだった少年だ。
「ああ。正式にロウの養子になることが決まったらしい。ナナイは戸惑っているが、まあロウに任せておけば大丈夫だろう」
トーカは「アイツが子供に振り回されているとこを見るのは面白そうだしね」と付け加えた。
「そうか。これで本当にヤドは終わったんだな」
ナズが安堵したように遠くを見る。
ヒスイはずっと聞きたかったことを聞いた。
「機械に繋がれてる間はずっと世界のことを見てたのか?」
「いや。本来機械に繋がれている間は意識はないんだと思う。俺はたまたまヒスイと感覚が繋がってたから、時々ヒスイの目を通して世界を見ていただけだ。夢を見てるような感じだったな」
返ってきたのは意外な答えだった。
「え?ということは、俺が見てる物だけ見れたってこと?」
「ああ。それも時々だがな」
ヒスイが頭を抱える。ナズとトーカは「どうした?」と不思議な顔だ。
「それって………俺が何してるか筒抜けってことだよな」
ヒスイの苦悩に合点のいったナズは、ちょっと悪い顔になって色々話しだした。
「まあ全て見ていたわけじゃないが、トーカが出かけてる間にこっそりクキと高級な菓子を食べてるのは何回か見たな」
「ちょ、それは……」
「お前達、そんなことしてたのか」
「イッカとウノと協力して、ソアラが1人の時にお化けのふりして驚かしたのも見た」
「あー!わー!」
「お前達の仕業だったのか!しばらくソアラが怯えてめんどくさかったんだぞ!」
「レインが来てすぐは、夜ちゃんと寝れてるか心配で何度も様子を見に行ってたよな。さすがに扉を開けたら悪いと思ったのか、部屋の前までで帰ってたけど」
「あ、それは知ってる」
「知ってるのかよ!」
隠したい過去を次々とバラされてヒスイは部屋の隅でいじけている。
その様子を見てナズは満足そうに笑い声をあげた。
「ははは。でもお前を通して見る世界は温かくて輝いてて、俺まで幸せになったよ」
その言葉でヒスイは気持ちを立て直し、扉の外を伺うとすっと立ち上がった。
「全部お前に会えたおかげだからな。今度はお前の番だ」
ヒスイが合図を送る。すると扉が開いて、レインと青年が立っていた。
ナズは青年を見て目を見張る。
「………サカド?」
ナズが救出されてからしばらく経った頃。
トーカとレインは地上に来ていた。
「そのサカドさんって人に、ナズさんに会いたいか聞けばいいんだよね」
「そうだ。ナズに会うってことは、地上の全てを捨てて地下に行くってことだからね。レインが地下に来たことで感じたことを言ってくれると助かるよ」
「責任重大だね。がんばる!」
ムンッと拳を握りしめるレインに、「うん。よろしく頼むよ」とトーカは肩をたたいた。
しばらくして着いたサカドの家では「トーカさん?8年ぶりですね。どうぞ上がってください」と相変わらずの優しい笑顔で出迎えられた。
部屋は8年前とあまり変わっていない。1人暮らしにしては多い家具も、掃除はされてるが使われている雰囲気はない。
「突然どうしたんですか?それにその子は?」
「この子はレインと言います。今回の訪問に必要なので一緒に来てもらました」
「レインです。よろしくお願いします」
レインのハキハキした挨拶にサカドは「サカドだよ。よろしくね」と優しく挨拶を返してくれた。
「早速本題に入ります。もしナズに会えるとしたら、あなたはどうしますか?」
思いもしない提案に、サカドは驚くというより訝しんだ。
「………どういうことだ?ナズが世界のために死んだと言ったのはあなた達だ。それを今更……」
「はい。ナズは確かに8年前、世界を救うために機械の制御部として繋がれました。ですが、彼を救いたいと多くの人が動き、ついに彼の解放に成功したのです」
今度こそサカドは驚いた顔をした。
「………ナズは……生きてるのか?」
「生きてます。8年間機械に繋がれていたので今は寝たきりだし、何年生きれるかもわかりません。でも彼は生きてます」
サカドは天を仰ぐ。考えもしなかった事実に困惑がおさまらないようだった。
「……どうするか聞きに来たってことは、望めば会えるんだな?」
「はい。ただし、それには条件がありますが」
フッと笑ってサカドがトーカを見た。
「ヤドなんて、信じられないような話に関係してるんだもんな。でもナズに会えるならどんな犠牲でも払うよ」
地下の人達が見せた覚悟を決めた瞳を、サカドも持っていた。
レインは、この人は必ず地下に来ると確信した。
「わかりました。では、まずは地上と地下について話をしましょう」
全てを聞いたサカドはさすがに疲れた顔をしている。レインは自分がヒスイから話をされた時を思い出した。
「急に驚くような秘密を話されて混乱していると思います。今日はいったん帰って後日返事を聞きに来ましょうか?もしやはり地下には行けないというなら、それでも構いません。今聞いた話は他言しないとあなたを信用します」
「………彼は?」
サカドが急にレインのほうを向いた。
「レイン君から話はないのかい?この話に必要だから来たんだろう?」
サカドが意外と冷静に状況を把握しているのがわかったので、レインは目線でトーカに許可を取り話を始めた。
「僕は元々あなたと同じ地上の人間です。1年前、悪い人達に地下に連れて行かれました。そこでトーカやヒスイ達に助けられて、みんなと一緒にいたいと思ったから地下に残ることを選びました」
サカドは淡々と話すレインから目を離せない。レインは幸せそうにブレスレットを見て、話を続けた。
「地下は食事も合わないし、空の色も濁っているし、地上とは全然違います。でも今日地上の空を見た時、懐かしくて綺麗だと感じると同時にみんなのいる地下の空が恋しくなりました。僕は、大好きな人達のいる地下にいれて幸せです」
純粋な瞳がキラキラ輝いている。サカドは、レインがどれだけ周りの人達から愛されているか、周りの人達を愛しているかを感じた。
「……ナズは俺にとって唯一残った家族なんだ。……だから、彼に会えるならどこにだって行くよ」
優しく笑うサカドの瞳に迷いはなかった。
突然現れたサカドにナズは驚いて動けない。
「本当はもっと前に地下に来る話はしてたんだけどね。実際に来るとなると色々用意が必要で、今朝やっとコッチに着いたんだ」
トーカが説明しながらサカドをナズの前まで連れてくる。
「本当に……本当に生きてるんだな」
サカドは涙を流してナズを抱きしめた。
目の前の人間が、本当に存在してるのを確かめるように。
「……バカだな。なんで来たんだよ。もう二度と地上に戻れなくなるのに………」
「家族を亡くして泣き続けるよりずっといい。誰もいない家で苦しみ続けるのはもう嫌だ」
ナズはもう一度「バカだな……」と言ったまま黙ってしまった。
しばらくは2人にしてあげようと、そのままヒスイ達は部屋をあとにした。
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