第12話 泥にまみれても
アサギがラボに到着し、ヤドの解放について話をするために全員が所長室に集められた。
「まず、ヤドを解放する方法についてですが、ヤドの役割そのものを無くすわけではありません。役割を数人で担うことで、機械に繋がれ命を失う人を出さないようにするのが今回の方法です」
代表してアサギが説明をしているのを聞き、ヒスイたち4人は驚いたり、どう反応していいかわからなかったり様々だ。
ラボのメンバーは後ろで静かに聞いている。
「そんなことが可能なのか?」
ヒスイが信じられない様子でたずねる。
「はい。理論自体は以前からあったんです。ただ数人で担うには人同士、機械と人を繋ぐ方法がなかった。ですが先日ヒスイ君が盗まれた研究資料を取り返してくれたおかげで、新素材を使うことで可能になることが判明しました」
そういえばそんな事があったなと、まさかそれがヤドの解放に繋がるとは思ってもみなかったヒスイはどこか他人事のように感じてしまった。
「それを使えば適正に関係なくヤドの役割を担えるのか?何人でどれくらい担えるかはわかっているのか?」
見えてきた希望にトーカがつい早口になる。
「適正は関係ありません。だいたい一度に10人必要で、1年間が機械が正常に動き人にも影響が出ない最適な期間かと。繋がれている間は寝ているようなもので、起きると1年経っているという感覚だと思います。でも一度繋がれた人が再度繋がれるのは、リスクが高いので避けた方がいいですね」
「10年で100人か」
1人の人間に背負わせてきたものをみんなで背負えるのだ。できるならすぐにでも始めたいところだが、地上のこともヤドのことも秘密にされている世界で果たしてどれだけの人数を集められるのか。
「ルリ達にもこのことは知らせてあります。あとは貴族や教会がどう動くかでしょう。我々は技術者としてこの方法を確実に成功できるよう全力を尽くします」
後ろで静かにしていたプティ達も、アサギのこの言葉には大きく頷いた。
ラボでの話し合いが終わり、4人は隠れ家に帰ってきた。
ヤドの解放が可能だとわかったのは喜ばしいが、技術面以外の課題が重くのしかかる。
「ヤドのことを。地上のことを公開したらどうなるんだろうな」
ヒスイがポツリと呟く。
「今まで隠されていたことへの反感。地上へ上がることを求める声。それを利用した犯罪。あらゆる混乱が起きるだろうね」
トーカは疲れた顔をしている。目の前にぶら下げられた希望は荊の巻かれた宝石だ。手に入れようとすれば血まみれになってしまう。
「とりあえずルリくんに話がいってるみたいだし、教会にはロウさんもいるでしょ。俺たちがわーわー言っててもしょうかないよ〜」
暗い空気を変えようとクキが明るく話す。
そんな中でずっと何かを考えていたレインが口を開いた。
「ねえ。地上の人たちに地下のことを話してはいけないの?」
全員がハッとしてレインを見る。
見られた本人は真剣な顔で言葉を続けた。
「みんなで少しずつ負担すれば、10年ごとの災害もおこらないんだよね。なら、地上の人にとっても嬉しい話だと思うんだけど」
「だが、地下のことを知れば安全なところで恩恵だけを受けていることへの反発が起こるかもしれないぞ」
「地上の人のことを勝手に決めないで」
自分の発した言葉への強い否定に、ヒスイは初めて地上と地下の話をした時を思い出す。
勝手に決めないで。私達は自分で決めて誇りをもって生きている。
「………そうだな。勝手に決めつけるなと、お前に言われたばかりなのにな」
ヒスイは穏やかな表情でレインを見る。
いつのまにこんなに成長したのだろう。小さく怯えていた少年はもうそこにはいなかった。
「武器には覚悟がいるって言われたけど、レインくんの武器はその賢さと心かもね。そんな覚悟ならヒスイくんも許せるんじゃない?」
クキの発言に一瞬何のことだかわからずヒスイは考え込む。だが、ノーマにラボを案内されていたなと思い当たった。
「よし。ルリに連絡を取ろう。お前の闘いを始めようか」
ヒスイの信頼に満ちた声に、レインは喜んで「うん!」と答えた。
「議会ではヤドの公表に反対の声があがっています」
隠れ家にやってきたルリは連日の話し合いに疲れ果て、いつもの覇気がなかった。
「当然か。どう考えたって混乱が起きることは目に見えてる。ルリでも説得するのは難しいだろう」
トーカがルリを気遣う。
「今日呼んだのは、レインがお前に話したい事があるからなんだ」
ヒスイがレインに話をするように促す。
レインは緊張した面持ちで話を始めた。
「あの。地上の人たちに、地下のこと、ヤドのことを話してほしいんだ」
レインの言葉にルリは驚く。
「しかし、それは……」
「みんな混乱するよね。でもね、ヤドのことは地上と無関係じゃない。災害を止めるための話なのに地上の人達は蚊帳の外なんて、僕ならイヤだと思う」
レインは必死に自分の想いを伝える。
その姿はルリの心を少しずつ動かした。
「地上の人のことを勝手に決めないで。レインにそう言われたんだ。俺たちは自分達だけが秘密を知っていると、いつのまにか傲慢になってしまっていたんじゃないか」
ヒスイの言葉にルリは己の行動をかえりみる。世界のため、みなのためと働いてきたが、そこに驕りはなかっただろうか。自分を特別だと勘違いして、上からものを考えてはいなかっただろうか。
「………わかった。ただ、少しだけ待ってくれ。まだ地下の人達のことを、諦めてしまいたくないんだ」
ルリはいつもの覇気を取り戻す。そこには今まで見たことのなかった類の覚悟があるように感じた。
「うん。待つよ。議会の人たちを見て、本当に一生懸命みんなのことを考えてると感じたもん。他の人たちも、僕、地下のみんなのこと大好きだよ」
純粋な瞳が輝いている。
きっとレインには誰も勝てないんだろうなと、ヒスイは誇らしく感じていた。
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