3話


「全然来ないわね」

 

 大きなローブを被り、浮かぶ魔法で裾を地面に着かないくらい浮かび上がる。

 これで幼女の姿だからと侮られることはないだろうと準備したんだけれど……。

 

「うーん、別に宣伝するほどのことでもないと思うけれど、このまま誰も願いを訴えに来ないと課題がこなせない……。使い魔も見つけられないのも困る」

 

 一人暮らしはすっごく楽しい。

 気楽だし、誰かに監視されない生活マジサイコー!!なんだけれど、今の私は魔女として修業中の身。

 出された課題を早く終わらせたいのよね、性分的に。

 

「そうだわ。胎の魔力を使わずに小型の魔物を作り出す練習をしてみよう。魔女の胎の魔力で生み出すのは、霊格を上げてから出ないと命にかかわるって書いてあったし……」

 

 霊格を上げるには使い魔を増やす、人間または知性ある魔物の願いを叶えると、使い魔になった者や願いを訴えてきた者の魂の一部を取り込む。

 魔法文字は体から滲み出る分を使うので、大がかりな魔法を使わないのであれば魔女見習いに負担はない。

 小さな魔物を作るのは、この滲み出る魔力をこねて形にして解き放つ。

 魔物なんて貴族として家の中に暮らしていた私は見たこともない。

 マロウド王国に嫁いだあとも血なまぐさい話題は聞いたことがなかった。

 おそらく後宮の妃の耳には入らないように遮断されていたんだろう。

 あの異様な監視体制は、私たち妃の不貞を許さないためのものでもあり情報統制のためでもあったんだろうな。

 ……だから魔物がどんなものなのか、まったく知らないのよね。

 せいぜいおとぎ話しの挿絵くらいだ。

 

「魔物の魔力生成方法を教えて」

 

 指南書に声をかけるとページが捲れる。

 開かれたページに、作り方が絵柄で表示された。

 わかりやすーい。

 

「ええと、適当なお皿に魔力を貯める」

 

 食器棚から底の深めな小皿を取り出して、ダイニングテーブルに載せる。

 初めてなので子どもの手でも持てるくらい小さなお皿。

 ここに魔法文字で[魔力を貯める]と書く。

 指先から金の液体が流れ落ち、小皿に少しづつ溜める。

 遅いなぁ、と思いながら頬杖をつきつつ満タンになるのを眺めていると、外から人の気配を感じて顔を上げた。

 

「どなたか――願いを叶える魔女様はいらっしゃいませんか……」

 

 これって中断していいのだろうか?

 また最初からは面倒くさい。

 小皿を抱えて姿を偽る用のフードを被り、窓から覗く。

 小さな包みを抱えた年若い女が、畑の側をウロウロしている。

 顔はやつれ、服はところどころ破けて小汚い。

 畑にはマンドラゴラ味人参がほぼ収穫できるようになっている。

 女は人参を見下ろして物欲しそうな顔をするが、その人参にマンドラゴラのような顔があることに気がつくとわかりやすくガッカリとした顔をした。

 なに? 野菜泥棒? お腹が空いているってことかしら?

 

「誰?」

「あ……!! ま、魔女様でいらっしゃいますか? どうか願いをお聞き入れくださいませんか」

 

 声で子どもとバレそうなものだけれど、家から出ると深くフードを被った長いローブの長身女に、包みを抱えた女は唇を震わせ顔を青くする。

 しかし、すぐに跪いて頭を下げてきた。

 

「あ、あ、あ、私はアンと申します。魔女様に願いを叶えていただきたくて」

「内容と対価によるわ」

「あ、あの、こ、これを……」

 

 胸に抱いた包みを差し出す女。

 包みの中から出てきたのは――赤ん坊。

 

「………………」

 

 蘇る記憶。

 私の胎にいたマロウド王国国王の赤子。

 私の胎から生まれることもなく、私が首を落とされたことで一緒に死んだあの子。

 この女、赤子を差し出してどういうつもり――?

 

「お願いします、魔女様……子の赤子を捧げますので、私の村を助けてください! 領主の税金が重く、今日食べるパンもないのです! このままでは村が飢えて、誰も彼も死んでしまいます。お願いします、どうか、どうか……!」

 

 手を組み、願いを口にする女。

 ああ、顔を覆うフードが長くてよかった。

 私は今、きっととんでもない顔をしていることだろう。

 赤ん坊を対価に村を救え?

 確かに誰も願いを言いに来ないから退屈に思っていたけれど、初めてのお客さんがこんな内容だなんて驚きだわ。

 どうしましょうね、この願いの叶え方。

 

 ――願いの叶え方はお前次第だ。

 

 ハクアの言葉がよぎる。

 この願いをどうやって叶えるかは私の気分で決めていいのよね。

 

『恋敵を蹴落としたいという願いなら、その恋敵を殺せばいい。金が欲しいものにはその身内から財産を取り上げてくれてやればいい。王になりたい者には、王殺しの汚名をくれてやればいい。願いはどれも叶えて終わりではないのだから、そんなこともわからぬ馬鹿には相応の叶え方で構わないだろう』

 

 叶え方は私の自由。

 私が「その赤子はお前の子?」と聞くと、震えた声で「はい」と頷く。

 指南書を開き、嘘を見抜く方法を念じると魔法文字が浮かぶ。

 マントの下で手早く書き上げると、耳と目がほのかに温かくなる。

 

『だ、大丈夫。なにも嘘をついてないもの。村長の言った通りにしているんだから大丈夫』

 

 女の口は動いていないが、耳に届く女の声。

 コレが心の声というやつのようね。

 嘘はついていないんなら、この赤子は女の子どもに間違いない。

 村も疲弊している?

 

「――?」

 

 指南書が『嘘を見抜く方法』とともにおすすめ、と出してきた魔法文字は『過去を覗く魔法』。

 確かになにが起こってここに来たのかを見られれば、どのような叶え方がお似合いなのかがわかるはず。

 指先で魔法文字を書いてみると、女の姿が波紋のように揺れる。

 

『お待ちください領主様、これ以上税を重くされると我々が食べる小麦が足りなくなります!』

『貴様らが何人犠牲になろうが、知ったことではない!』

『そ、そんな……』

 

 これは村長?

 話している相手は見た目からして貴族。

 場面が移り変わり、貴族の男が執事と話している。

 

『今年は水害が多く、小麦はどこも品薄。王族に捧げる量を増やせば我が家の覚えもめでたくなるはず。民が何人死のうが、王侯貴族さえ無事であればいい。民などいくらでも増えるのだから。そんなことより、ジュドー王子の婚約者候補を我が家からも出さねば』

『今年は乗り切っても、王家の魔力が減り続ければ帝国の属国になるか、マロウド王国から食糧を買いつけねばならなくなりますね』

『そうだな。国王陛下がもっと魔力の多い方であれば、我らがこんなに苦労することもなかっただろうに……』

 

 ――なるほど。

 真名を知り、魔力と魔法を手に入れるのは魔女と聖女、一部の王族。

 魔女は魔力で魔物を生み出し、自然の恵みを豊かにする。

 聖女は魔力で癒しを振りまき、守りの力で魔物から人々を守る。

 王は魔力で国を守り、国を豊かに導く。

 だが今代のマーゼリク王は自らの真名を知っても魔力が少なかった――霊格が低かったということなのだろう。

 金の魔女様は私の胎の魔力が豊富とおっしゃっていたが、私は自分の真名を知らず宝の持ち腐れだったわけね。

 確か、胎に魔力を持つのは女だけ。

 つまり男は実質さほどの魔力を持たないということ?

 ああ、だから各国は聖女をありがたがるのね。

 魔女や王族と違って自然発生して、王侯貴族も好きなように丸め込めるし国民にも魔物を退ける象徴として愛される。

 貴族たちはまだそれなりに若いながらもすでに魔力が尽きる王を見限り始めているのか。

 そのしわ寄せが民に――そして五年後の私にも来たというわけね。

 ふざけたことを。

 

「あの、魔女様……?」

 

 まあ、それはそれとして民は抜け穴として魔女に縋る、

 この女は我が子を報酬に「村を助けて」としか言ってなかったから、村を救う方法は私が勝手に決めていいのよね?

 助け方も、なにを持って村の救済なのかも。

 とりあえず、食べ物……食糧難ということは理解した。

 口元が勝手に歪んでしまう。

 

「……ええ、いいわ。食べ物がほしいのね?」

「は、はい! 小麦があれば……パンを焼いて保存ができるんです!」

「数日以内に食糧を送りましょう。その赤子もあなたが連れて帰りなさい。対価はお前の村の人間から、魂の一部を少しずつもらうわ」

「た、魂の一部……?」

「なにも怖がることはないわ。お前の村の人間すべてを私の下僕げぼくにしようというわけでもない。魂の一部をちょっとだけもらう程度。せいぜい一年くらい寿命が短くなるくらい。いいでしょう? 別に。村の人間一人一人が均一に支払えば、それでお前は我が子とこれからも暮らしていくことができるのよ。しかも、食糧まで手に入る。どうする? それでも我が子を差し出す? お前が『魔女は赤子を差し出したお前を憐み、報酬を受け取ることなく食糧を与えてくれた』と言えば村の者は寿命が少し縮んだことも知らぬまま過ごせるし、お前は我が子と暮らしてゆけるし、私の評判も上がるから誰も損をしないでしょう? それともお前は、村の人間に言われた通りその子を犠牲にするべきだと思うの? 必要なのは村の食糧なんでしょう? お前の子だけが犠牲になればいいと、本当にそう思うの?」

 

 女は急に真顔になる。

 母親なら、しかも見るからに初めて子を産んだばかりの母なら我が子一人を犠牲にしてのうのうと生き延びようとする村を許せない。

 案の定女は頭を下げ、「村人の魂を差し出します」と告げた。

 笑いそうになるのを耐えながら、家の中に作り置きしてあるパンを包んで持たせてやる。

 

「帰り道に食べるといいわ。これは山牛の乳。子に飲ませておやり」

「よ、よろしいのですか……!?」

「いいのよ。お前のおかげで魂のかけらをそれなりに手に入れられそうだもの」

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 

 いいわね、平民は。馬鹿で。

 何度も礼を言い、頭を下げて去っていく女を見送ってから家の中に戻る。

 食糧庫の小麦袋を一袋、[小さくする魔法]で持ち上げてから家の外へ出て先ほどの女をこっそりつけた。

 女は赤子に乳を与えん、休み休み進んでようやく森から出る。

 小さな馬に乗り、二日かけて村に帰った。

 村は女が赤子を連れて戻ったことに困惑したり怒鳴りつけたりしたが、女は私が告げた通り「魔女様はとても慈悲深いお方だった。村の窮状を話すと大層憐れんでくださり、対価は不要だと言ってくださった。近日中に食糧を送ると約束してくださった」と涙ながらに説明してくれる。

 想像以上にお涙ちょうだいの名演技……いえ、本人は演技しているつもりはないのかも。

 村を見回すと倉庫を見つけたので、そこにこっそりと先ほどの小麦袋を置いていく。

 小麦袋に[巨大化の魔法]をかければ、倉庫いっぱいの巨大な小麦袋が出来上がる。

 中身を確認すると、粉自体も大きくなっていた。

 それを指で砕くと、子どもの力でも容易く砕けて粉々になる。

 うん、粉も砕けば問題なく小麦粉として使えるわね。

 他にも野菜やソーセージを一本、置いて巨大化させる。

 野菜と肉も巨大化させておいておけば、村人全員で食べていけるんじゃない?

 野菜の一部は……倉庫から飛び出しちゃったけれど……まあ、私の家の食糧庫のように鮮度停止の効果が付与されていないから、早く食べないと悪くなってしまうものね。

 姿が見えなくなる魔法を使い、そのままいつ村人が気がつくか観察していると、子どもが数人はみ出た野菜に気がついた。

 すぐに大人を呼びに行き、村中大騒ぎになる。

 あっという間に村は歓喜の声に満ちるが、その喜びようがいつまで続くか見物よね。

 受け取ったのも見届けたし、村人全員から魂のかけらを――報酬をいただくことにしましょうか。

 魔法文字で村全体に範囲を指定。

 そしてさらに範囲内の人間全員を指定。

 魂の一部を強制刈り取り。

 なにも問題ないわ、だってちゃんとあの女から了承を得ているもの。

 無事に契約成立――と、私の中に村人の魂の一部が入ってくる。

 今までにない、不可思議な感覚。

 お腹の中が温かい。

 

「ふふ……」

 

 なるほど、自分の魔力が強くなっているのがわかる。

 これが格が上がったということか。

 餌は撒いたし、あとは勝手に自滅するだろう。

 私は報酬をもらったあとだし、もう関係ない。

 

「あははははは!」

 

 新しい魔法……[瞬間転移]が使えるようになった。

 それを使って深淵の森の家に帰る。

 教養もない平民たちはきっと、慈悲深い魔女に対価もなく願いをかなえてもらったと思うだろう。

 実際はちゃんと村人全員から魂のかけらをもらっている。

 あの女が本当の報酬を話したところで、あの女が悪者にされて責められるだろう。

 近隣の村々は一ヵ所だけ潤ったあの村に交渉を持ちかけ、あるいは嫉妬される。

 嫉妬した村は領主に報告するはず。

 そして、強欲で平民の命をなんとも思わない領主は、あの村だけが潤っていることに憤り、得た食糧を取り上げるんじゃないかしら?

 多少賢ければ、あの村の食糧を他の村に配分するか。

 どちらにしても、あの村の食糧は他に取り上げられる。

 

「またほしくなったら縋ってくるかしら? その度にたくさんの魂のかけらを手に入れられるから、私は構わないんだけれど。ふふふ……」

 

 領主は何度取り上げても食糧が出てくると村人に理由を問うだろう。

 口止めしていないから村人は「深淵の森の魔女に願った」と話し、領主から王家にまで話が広まれば――。

 

「たくさん願いを叶えて、全部糧にしてあげよう」

 

 この国ごと喰らってやってもいいし、憎い憎いマロウド王国の喉元にも噛みついてやれるかもしれない。

 魔女だから、好きに生きていいのよね。

 国に手を出す時は金の魔女様に聞いてからにするけれど、許しが出たら滅ぼしてしまおうかしら。

 なんてね。



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