第14話 探偵団大活躍、解決!


 山本の顔が強張こわばる。


「な、に?」


 沙羅と山本の間にはいつの間にかリリーが立ちはだかり、先ほど放たれた弾丸を右手に握り締めていた。

 リリーがゆっくりと手を開くと、弾丸は虚しく落下していった。


 その場にいる皆の目が丸くなり、リリーに視線が注がれる。


「な、なんだ! そいつは!」


 山本の顔は青ざめ、戸惑いを含んだ叫び声をあげた。

 そんな状況を一人楽しむように、桐生が微笑みをらした。


「……ふっふっふ。僕が作ったアンドロイドさ! 最強の戦士!

 どうだ、驚いたろうっ」


 桐生が自分の手柄のような顔で山本をビシッと指差した。


 そうこうしているうちに、リリーは山本の眼前に立っていた。


 山本の持っているナイフを一撃で弾き飛ばし、川野を山本の手から引き剥がして遠くへと押しやった。


 一瞬の出来事に山本もついていけず、リリーのされるがままだ。


 一対一で向き合ったリリーはまっすぐ山本を見つめる。


「あなたは人間の中でも最低な分類に入ります。私はあなたが嫌いです」


 リリーのその圧倒的な力におののきつつも、山本は強気に言い返す。


「何を? 俺はこの腐った世の中を救うために選ばれた人間なのだ。

 お前らのようなカスに何がわかる! 川野だって俺が拾ってやらなければゴミのように生きるしかなかったんだ。

 あいつに生きる意味を与えてやって、感謝して欲しいくらいだ!」


 リリーは山本の首を絞め上げた。

 だんだん力が込められていき、山本は苦しげに咳き込んだ。


「リリー、やめろ」


 リリーの力が弱まっていき、山本はずるずるとその場に座り込んだ。


 俺が山本の側へいき見下ろすと、山本は顔を背け舌打ちする。


「なんだよ、殺せ! おまえらだって、俺と同じだ。

 本当はみんなクソみたいな人間のくせに、いい子ぶりやがって。

 ……本性ほんしょう見せてみろ!」


 よくわからないが、俺は昔くすぶっていた頃の自分を思い出した。

 自分もクズで他人もクズでこの世界のすべてが嫌で、すべてクソくらえと思っていた。


 だからなのかな、俺らしくない妙なことを言ってしまったのは。


「おまえがどんな人生を送ってきて、こんな状況になったのかは知らない。

 おまえがどんな思いで生きてきて、どんな苦しみや悲しみを味わいそういう考えになったかなんてわからない。

 俺はおまえじゃないからな。

 ……でも、俺は生まれた瞬間から悪人あくにんなんてこの世にいないと思ってる。

 赤ん坊がこんなこと考えるか?

 育ってきた環境や周りの何かに染まってしまうなんてよくあることだし、それを責める気持ちもない。

 でもな、そうやって生きていくうちに人は変わっていくんだとしたら。

 ……きっとこれからだって変わっていけるってことなんじゃないのか?

 生きている限り、人は変わっていけると俺は信じてる。

 ……おまえもさ、これからだってこと」


 俺の話を聞いていた山本の瞳が揺れた。

 そして自嘲気味じちょうぎみに笑う。


「……ふん、何を言っているんだ。今さら」

「よく言うだろ、人生に遅いなんてことはないって。

 あれ、ありきたりだけど俺は好きな言葉なんだ。

 たまには馬鹿なくらい純粋に人のことを信じてみるのも悪くない。

 騙されたと思って、さ」


 山本に微笑みかけたところで、遠くからサイレンの音が鳴り響く。


「おっと、さっき通報したんだった」


 リリーが手早く山本と川野を縛り上げる。

 ついでに地面で倒れている連中も全員縛り、一か所に固めていた。


 さすが最強アンドロイド、仕事が早い。


「ま、犯した罪はつぐなって、それからだな。

 ……もう一回だけ頑張ってみろよ」


 山本は頷いたのかうつむいたのかわからなかったが、下を向いて黙ってしまった。


「智也……」


 沙羅が倒れている川野を抱き起した。


「沙羅、……もう俺のことは忘れろ。

 他にいい奴見つけて幸せになれ。今まですまなかった」


 川野は沙羅から顔を背ける。


「いや! 何でいつもそう勝手なの!

 私は智也を愛してる……たとえ、あなたが犯罪者になったって」

「沙羅……」


 沙羅の瞳から涙がこぼれる。


「止めたかった、こうなる前に。

 私は別にどんな智也でもよかったんだよ。凄い人じゃなくても、お金持ちじゃなくても、地位や名誉なんてどうでもいい。

 出会った頃の本当の智也が素敵だと思ったから、だから付き合うことを決めたの。

 なのに、智也はわけわかんないことを言って、どんどん変わっていってしまった。

 私、怖かった。智也が智也でなくなっていくようで」


 次々溢れる沙羅の涙をぬぐうと、川野はいびつに微笑んだ。


「俺……ずっと自分に自信なくて。沙羅みたいな素敵な女の子に付き合ってもらえたのも運がよかったんだって思ってた。

 そんなとき、沙羅が他の奴らに言い寄られてるの見てさ。

 そいつらすごい経歴の持ち主だったり、金持ちのボンボンだったりでさ。俺全然勝てる自信なくて、だんだん卑屈ひくつになっていった。

 そんな俺の弱い心につけ込まれて、こんなことに。

 沙羅の言葉さえ、もう心に届かなくなってた。

 ……俺、馬鹿だ。本当に、情けない」


 川野は泣いた。

 嗚咽おえつを漏らしながら悔しそうに泣く彼は、とても人間らしかった。


 そんな川野を沙羅は愛しそうに抱きしめる。


「馬鹿ね。私、いつまでも待ってるから」


 そんな二人の様子を見つめながら、桐生は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で笑う。


「よがった、よがったねえー。ほんとーに、よがったあ」


 本当に桐生は子どもみたいに純粋な奴だ。


「うむ、感動的だ」


 佐々木の目にもうっすらと涙が滲んでいる。

 こいつも根は純粋なんだよなあ。


 リリーとはじめもなんだか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


 まあ、こんなどうしようもない俺達にしちゃ、上出来な結末じゃないかと思う。


「さ、ずらかるぞ」


 俺がそう言うと、桐生が驚く。


「え! なんで?」

「警察にいろいろ聞かれるの面倒だろ。リリーやはじめのことだってあるし」

「えー、せっかくヒーローになれるのに」

「……ヒーロー」


 桐生が駄々をこねる横で、佐々木がぽつりとつぶやく。


 なんだかみんなヒーローにこだわるな。


「俺だって、昔からヒーローになるのが夢だったんだ。

 ヒーローというのはみんなの知らいない間に事件を片付け、颯爽さっそうと消えるのがカッコいいんだろう?」


 桐生がなるほどというようにひらめいた顔をする。


「そっか、そういえば、そうかも。輪島くんやるう!」

「そうか……」


 桐生も佐々木も納得してくれたようだ。

 単純な奴らで助かった。


「じゃあ、帰るぞ。

 ……あ、沙羅さん。私たちのことは秘密でお願いしますね」


 沙羅は戸惑いながら頷くと、可愛らしく微笑んだ。


「ありがとう、ヒーローさんたち」


 そう言われた俺達はニヤッと微笑み、顔を見合わせた。


「とんでもない、また何かあったら輪島探偵事務所まで!」


 なぜか桐生が笑顔で答えた。


「おい! それは俺の台詞だろ」


 俺が桐生の頭を叩く。


「そうだぞ、今の台詞は輪島がめないと」


 佐々木がはじめていいこと言った。

 俺は猛烈に感動した。


「今日も、泊まっていいか?」


 佐々木がこの流れで俺に尋ねてくる。


「ああ、もちろん。今日は酒でも飲んで語り合うか」


 俺がはじめて佐々木に心を開いた瞬間だったかもしれない。

 仲良さげな俺達に嫉妬したのか、桐生が俺達の間に割って入った。


「ずるい、僕も今日泊まる! そして語る」

「あーはい、はい。勝手にしろ」

「では、今日はご馳走ちそうに致しましょう。帰りに食材を買いにいきましょう」


 リリーがそう提案すると、はじめが騒ぐ。


「僕、肉が食べたい!」

「はじめは肉なんて食べられないだろ?」


 俺がはじめをさとしていると、桐生がツッコミを入れた。


「ううん、食べれるよ」

「は? ロボットだろ?」

「ふっふっふ。僕をあなどってはいけません。はじめには食べる機能もつけたんだ」


 俺はあきれて何も言えなかった。

 本当にこいつはただの阿保なのか、はたまた大天才なのか。


 いや、どっちもだな。


 リリーは食べ物を一切食べない。

 いつも俺の食べる姿を見ているだけだった。


 せっかくならリリーにもその機能をつけてくれたらよかったのに、と恨めしく思う。

 やはり一人で食べるより皆で食べた方が食事は美味しい。


「じゃあ、帰りにスーパー寄って帰るか」


 俺がそう言うと、桐生、佐々木、リリー、はじめは嬉しそうに笑いながら掛け声を上げるのだった。


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