第50話

 ジルが乗ったトルガルが着地しても、大木の陰からクライヴやマメが姿を見せることはなかった。

「クライヴ、いる?」

 獣人たちに発見されて移動したのかもしれない。……スカートの中から首を出したトルガルに訊いた。

「ブヒ」

 仔ブタが鼻をクンクン鳴らし、臭いのもとに向かう。隠れていた大木よりずっと奥だった。

 日光が射す陽だまりがあった。そこに青白い裸体が一つ。空を仰ぐようにして横たわっていた。

「マメさん、何をしているの?」

「エッケロ?」

 横になったまま、彼女は首だけをジルに向けた。

「クライヴは?」

「俺はここだ」

 木の上から声がした。見上げると空中に大きな黒い影が一つ、ムササビのように舞っていた。それがジルに向かってゆっくりと降りてくる。

 ジルは、慌てて後ろに下がった。

 降りてきた影が目の前に形をなす。まるで黒い風船か巨大な黒キノコが出現したようだった。

 ブワっと風が舞い、黒キノコの中からクライヴが現れる。黒い影はマメに貸してあった黒布だった。

「クライヴ、何をしていたの?」

「アケビ、……のようなものを取っていた」

 彼がアケビに似た蔓を持ち上げた。十個ほど実がついている。

「自給できるなんて、たくましいわね」

「忍者だからな」

「それじゃ、これはいらないかな」

 ジルは、スカートのポケットの中から二切れのパンを取り出した。朝食時、いや、昼食時に残して隠し持ってきたものだ。

「いや、要る」

 彼は目にも止まらない素早さで、ジルの手からパンを奪った。

「それでマメさんは日光浴?」

「はいケロ。太陽光さえあれば、ひと月は何も食べなくても生きられるケロ」

 そんな彼女の隣に腰を下ろしたクライヴが、アケビのような実を分けてやった。

「ありがとうケロ、クライヴ」

 その瞳は恋する乙女だ。

「パンは俺が食う。いいか?」

「もちろんケロ」

 二人は長年つきあった恋人のように身体を寄せ合い、わずかな食べ物を分けあって口に含んだ。

「妬けるわね」

 言いながら二人のもとに歩み寄り、クライヴに賞金首が載ったファイルを差し出した。

「ん、なんだ?」

 彼はファイルを手に取りパラパラめくった。

「街にいる賞金首よ。トルガルとそいつらを捕まえてお金を稼いでちょうだい。そのお金でマメさんの洋服と靴と食料を手に入れるの」

「俺が?」

 彼がファイルから目を上げた。

「当然よ。他に誰が悪党と戦えると思うの?」

「フーン。俺の着替えも買おうかな。……そういや、この国の金を見たことがないな」

 まずいと思った。クライヴのファッションセンスも金銭感覚が分からない。とんでもない物を買ってきそうだ。

「クライヴは悪者を捕まえたらポリスクラブというオフィスに引き渡してちょうだい。買い物は私がするから、お金だけ持ってきて。……アッ、それと、これが許可証」

 強く言うと「そうか」と残念そうに応じて〝ジル&トルガル〟と記された賞金首勝狩り許可証を受け取った。

「ジル&トルガルだって?」

 彼がぷっと吹いた。

「許可証の名前なんてどうでもいいのよ。とにかく、今日中に一人は捕まえてよ。でないと、マメさん、風邪をひいちゃうわよ」

「あ、私なら大丈夫ケロロ」

 マメは空気を読まない。いや、クライヴのためにそう言っているのに違いなかった。ジルだって、半日で悪党が見つかるという確信はない。ただ、やってみないと分からないことはある。いや、強い意思がなければ、何もできない、……はずだ。

「……マメさんは大丈夫でも、ボクはお腹が減るわ」

 答えてから、自分は宮殿に戻れば食事にありつけることを思い出した。

「分ったよ。ホイ、最後の一つだ」

 クライヴがアケビのような実を投げてよこした。手に取るより早く、甘い香りがした。

「一つじゃ、明日まで持たないわよ」

「ブヒ」

 トルガルが飛んできて、ジルの手に届いたばかりの最後の一つを奪っていく。

「こら、ボクの……」

「ブヒ」

 仔ブタが一つ鳴いたときには、アケビの実はその胃袋に飲み込まれていた。

「もう……」追いかける気力もわかない。

 アハハとクライヴが声を上げて笑った。マメもクスクス笑っている。

「トルガル、行くぞ」

 クライヴは仔ブタの尻尾をにぎって引き寄せると、それにまたがって黒布をかぶった。

 フワッと黒い影が浮かぶ。それはあっという間に高度を上げて樹木の向こう側に消えていった。

「クライヴ……」

 マメがつぶやいた。まるで絶望したように聞こえた。

「大丈夫よ。すぐに帰ってくるわ」

「懸賞首が、簡単に見つかるものケロロ?」

「天使トルガルが一緒なのよ。彼は鼻が利く。すぐに悪人を見つけるわ」

「クライヴ、逆にやられたりしないケロロ?」

「洪水を止めた時の力を見たでしょ。並大抵の獣人に負けるはずがないわ。信じなさい」

「はいケロ……」

 マメは素直に応じると、日差しの動きに合わせて場所を移動した。今度はうつ伏せになって背中に光を当てた。そのプリプリした臀部がまぶしくて、ジルは目を閉じた。

 十分眠ったはずなのに、瞼が重い。

 ナゼ?……あっという間に意識が薄れた。

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