男の娘な兄貴はVTuber

馬面八米

第1話 男の娘な兄貴

「俺はラッシュッ!!、俺はラッシュなんだーーーーッ!!」


 とある建物の一室。


 玄関の扉を開けた途端、部屋の奥からうら若き少女・・の奇声が一つ。

 

 俺は軽くため息を漏らしてから靴を脱ぎ、扉を閉め、買い物袋を片手に未だ騒がしい部屋へと上がった。


 電気をつけ、いくつか扉がある通路を進み、広々とした空間が広がる大部屋へと足を踏み入れる。


 十人以上が住めそうなその部屋の片隅。


 長時間楽な姿勢を保てるように設計された座席が一つ。


 そして、その上に立ち、「ラッシュ、ラッシュッ」と吠えるフードを被った狂人が一人。


 信じがたいことにあの狂人。


 あれは兄貴だ。


 誰の?。


 俺のに決まってる。


「ラッシュは最強ッ、男の中の漢なんだッ!!、それなのになんで俺はこんなにも女々しい・・・・ッ!!、くそッ、クソッ、シット、うんこッ!!」


 喧しい上に下品。


 寝台のような大きな椅子の上で地団太。


 あと一年で成人を迎えるというのに、まるで落ち着きがない。


 あれでは見た目通りの子供・・だ。


 そろそろ落ち着けよと二歳下の弟は言いたい。


「兄貴、今から飯作るけど何がいい?」


「エビちゃんフライ定食ッ!!」


 振り向きもせず即答。


 俺は適当に「あいよ」と返し、食材が入った袋を持って台所へと向かった。


「このッ、このッ、このこのこのーーッ!!お前なんかこうだーーッ!!」


 ペチペチと何やら両手で頬を叩く兄貴。


 充分に加減をされたビンタのラッシュ。


 何やってんだか、と呆れながらその様子を眺めたあと、俺は夕食の準備に取り掛かる。


 エプロンをかけ、入念に手を洗い、子供舌な兄貴のために次々と食材の下処理を済ませていく。


 その最中にも、兄貴の奇声は止まない。


 これが日常なので俺はもう慣れた。


 ロックなBGMとさして変わらない。


 黙々とエビの皮を剥いて背腸を取り除いていく。


== 30分後 ==


「兄貴、飯できたぞ…って寝てるし」


 夕食を作り始めてから十分後ぐらいには大人しくなっていた兄貴。


 奇声を上げ疲れたのか、座席の上で丸くなって寝ている。


「……」


 俺はゆっくりと手を伸ばし、兄貴の頬を――つねった。


「いふぁふぁふぁふぁッ、いらいッ、やめふぉーーッ」


「飯できたから食うぞ」


「ならそう言って起こせッばかッ!!」


「起こしたけど起きなかった」


「だからって痛みで起こすなッ、もっと優しく起こせふざけんなッ」


 ぎゃーぎゃーと下で喚く兄貴。


 俺はその滑稽な様子を鼻で笑い、料理を並べた席に着く。


「まったく、偉大なる兄に対しての敬意が足りん、これだから愚弟は」


 文句たらたらボソボソ兄貴。


 深々と被ったフードを脱ぐことなく、ちょこんっと席に着く。


「フード」


「……??」


 右手を耳元に当てて野々村な仕草。


 舐め腐った態度のお返しにエビフライを没収。


 たちまち狼狽え、兄貴はフードを脱いだ。


 そして現れる他を隔絶した神々しい美少女な姿。


 伸びに伸びたキメ細かな白髪。

 大きな瞳は石竹色に煌めく宝石のよう。


 俺は一瞬、視線を逸らし、エビフライが盛られた皿を兄貴に返す。


「普段どうしてようが構わないけど、食事の時ぐらいはリラックスしろよ」


「……うぃ」


 気まずげに返事。


 俺と兄貴は「いただきます」をしてから、右手に箸を持った。


 今夜の夕食の出来は目の前の頬袋をパンパンにしたリスを見れば一目瞭然。


 だけどまだ、母の味には程遠い。


 俺は一人先に食べ終え、食器を片付ける。


「また……、出かけるのか?」


「まぁな、でもすぐ帰ってくる」


「どんぐらいで?」


 何処か寂し気に聞いてくる兄貴。


 俺ははぐらかす様に食器の洗い物を頼み、玄関を潜った。

 

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