第3.5話 幕間:団子屋の娘、パッキングす
自宅に帰った葉月は、自室のクローゼットからピンク色のキャリーバッグを出し、鼻歌交じりにパッキングを始めた。
一泊二日。しかし、旅行ではなく、捜査の為である。
戸籍謄本から、中目黒マリア教会の神父、新堂文哉には双子の兄がおり、離婚した母親の奈々未の籍に入ったらしいという事までは分かったものの、そこから先が全く分からなかったからだ。
しかも、職員によると除籍──つまり、死亡している可能性もあり、これ以上住民票からの追跡は難しいと言う。
となれば、奈々未や新堂の双子の兄、拓哉の消息を戸籍謄本から追うにしても、本籍地へ向かうより方法がないという事だ。
──奈々未は高知から東京へ移って来たのだと、横井儀一が話していた。
──ひょっとしたら、奈々未は離婚後に高知へ帰っている可能性がある。久住、高知へ行くぞ。
西島は本庁へ戻ると直ぐに森永に打診。高知への出張が決定した。
捜査の為。これは捜査の為である。
しかし──。
「えへへっ」
自室のドレッサーに映った葉月の顔は、だらしなく緩んでいた。
何しろ今日は公園で、あわやキスかと言う所まで行ったのだ。
しかも、自分からではなく、西島からのアプローチで、である。
子供が「ちゅー」の見物に来なければ、自分もうっかり西島を掌底突きする事などなく、恙なく……そう、恙なく致した筈だった。
「口から心臓が出ちゃうかと思った……」
今思い出しても胸がドキドキ、きゅんきゅんする。
西島の息を感じるほど。鼻が触れるほどに近づき──。
「ふへへへっ」
葉月はイチゴ柄のパジャマに顔を埋め──ハッとした。
こんな子供っぽいパジャマなんかじゃダメだ。いざという時に雰囲気が台無しになりかねない。
確か、ネットで買った福袋に入っていた『シルクのロングキャミソール』があった筈である。
葉月はクローゼットの中を引っ掻き回した。
「あったあった」
キャミソールは直ぐに見つかった。しかし今度はショーツが気になる。
「やっぱり白のレース? いや、黒のレース?
あっ! ちょっと待って! 脱毛──てか、パック! あっ、切れてる~!
コンビニ行く? いや、もうダメ! 一二時半回ってる! 寝なきゃ! 大事な捜査があるんだから!」
何しろ羽田を七時半に出る便で出発なのだ。寝坊してはたまらない。
今回の捜査で、ハングマンのバックグランドが分かるかもしれないのだ。
「浮かれてちゃダメよ、葉月!」
葉月は自分にそう言い聞かせると、大急ぎでパッキングを始めた。
そして深夜一時。大騒ぎの末、ようやくパッキングが終わったのである。
ピロロッ。
スマホの通知に思わず飛びつく。
紛失したスマホの代わりに、警視庁から代替えとして支給されたものだ。
自身のスマホはハングマンが持っている可能性が高く、今後何かしらのアクションがあるとも限らない。その為、契約解除は絶対にしないようにとのお達しが森永警部から来た。
中身を犯人に見られているかと思うと気が気ではないが、最早手遅れだろう。
つくづく、指紋認証などのロックをかけておかなかったことが悔やまれる
『久住』
それだけ書かれたラインは西島からである。
葉月はどきりとした。
そこにあるのは文字でしかないのに、それが西島そのものであるかのように胸がきゅんとする。
しかし──。
『早く寝ろ。バカ』
瞬時に既読が付いたことで、西島に夜更かしがバレた。
「トホホ……」
葉月はおやすみなさいの返信をすると、スマホを抱え、ベッドに潜り込んだのだった。
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