第22話:貧民街
「僕たちを逆恨みして殺そうとしている有力貴族と冒険者クランがいる。
君たちの住む場所を見てみたいと言ったが、このままでは巻き込んでしまう」
僕は大城壁外の貧民街に案内して欲しいと頼んだ荷役代表に説明した。
「ショウさんでも返り討ちできないような強いクランなのですか?」
「いや、軽く皆殺しにできるような弱い連中だ。
だけど、殺すにしても殺さないにしても、君たちの住みかで戦う事になる。
君たちまで黒幕の有力貴族に目をつけられてしまうかもしれない」
「ああ、そういう事でしたら何の心配もいりません。
私たちはもう目ざわりな汚い者と思われています。
人殺しの好きな狂った貴族や騎士に襲われるなんて、よくある事です」
事前に異神眼で貧民街を調べていたが、そこまでは知らなかった。
まだまだ調べきれていない事、見落としている事が多いと痛感した。
「もしかして、襲ってくる貴族や騎士を密かに殺しているのですか?」
「バカな事を言わないでください、そんな事をする訳ないじゃないですか。
ただ、大城壁の外に出た貴族や騎士が行方不明になる事はあるそうです。
ウワサでは、魔境に修行に入って死んでいるらしいのです。
貴族や士族が魔獣に殺されるのは不名誉なので、病死にされると聞いています」
貧民たちが密かに殺しているけれど、表向きは行方不明にしているのかな?
「冒険者同士の争いは死者が出ない限り黙認される決まりなのですが、貴方たちの所で争いが起こっても大丈夫ですか?」
「迷惑ではありますが、迷惑料を払っていただけるなら問題ありません」
「常識的にいくらくらい払うものなのでしょうか?」
「巻き込まれた者に100アル払っていただければ十分です」
「分かりました、それなら安心して行けます」
荷役の代表と話して何の不安も無くなった。
エマとリナ、他の荷役たちは何も言わずに黙って聞いていてくれた。
最初に想定していたのと違って、迷惑までかける事になったので、100個のライ麦堅パンを配るだけではダメだと思った。
「迷惑をかけるのが分かったので、もっと多くの人を雇う事にします」
僕はそう言ってライ麦堅パン以外にも前払い用の食糧を買った。
ライ麦堅パンを買った店に戻って、小麦の全粒粉で作った黒パンを買った。
同じ大きさだとライ麦堅パンよりは高いが、白パンよりは安い普及品のパンだ。
昼食の前渡しに差がつかないように、少し小さな黒パンを100個買った。
総額で2000アルだったが、これは全額僕が払った。
★★★★★★
「申し訳ありません、争いを持ち込む事になりました。
街区の方々には迷惑をかけないようにします。
万が一争いに巻き込まれた場合は、無傷でも100アルの迷惑料をお払いします。
絶対にケガをさせるような事はありません、ご安心ください」
僕たち3人は荷役の代表に案内してもらって、貧民街の長にあいさつした。
筋肉隆々の巨漢で、これまで見た誰よりも強そうだった。
異神眼で調べた長とは違うが、何も言わない方が良いと判断した。
「そうか、ショウさんの話は聞いている。
聞いた話通りなら、仲間が巻き込まれる事はないだろう。
空いている家に案内させるから、何日でも好きなだけ休んでくれ」
長の影武者から許可をもらったので、堂々と貧民街で暮らす事ができる。
「屋根が落ちてしまったボロ家とも言えない状態です。
本当にここで寝泊まりされるのですか?」
案内してくれた荷役の代表が念を押してくれる。
「はい、大丈夫です、僕たち3人は猟師ですから、夜営には慣れています。
それに、その気になれば土魔術で仮小屋くらいは建てられます」
「それなら良いのですが」
「それよりも明日荷役に雇う人に昼食のパンを前払いします。
信用できる人を200人連れて来てください」
「分かりました、ちゃんと恩義を感じる者を連れてきます」
荷役の代表が今日雇った者たちを引き連れて出て行った。
僕の希望に合う人間に声をかけてくれるのだろう。
少々遠い街区に住む者もいるそうなので、全員集めるには時間がかかる。
異神眼ではくわしく調べられなかった事がたくさんあった。
調べるべき事すら分かっていない場合は、調べる事がないから知らないままだ。
貧民街は1ケ所ではなかったのだ。
大城壁の外周に貧民街が点在していたのだ。
王都が大きくなっていった事情を考えれば分かる事だった。
大城壁の外側に新たな街区を築くのなら、4つの大城門周辺から築いていく。
僕の依頼に集まったのは東大城門周辺の貧民だが、西南北にある3ケ所の大城門の周りにも、王国に黙認された貧民街があった。
最初は王家や貴族も穀物畑ができれば良いと思っていたそうだ。
周辺の町や村から流れてくる人々が農地を開拓するのを黙認していたらしい。
だが貧民が開拓した穀物畑が獣や鳥、魔獣や魔鳥に食い荒らされてしまった。
穀物が収穫できないどころか、危険な魔獣や魔鳥を王都の周りに集めてしまった。
建国王の御代のように、王家や騎士団が身体を張って魔獣や魔鳥を狩っていたら、王都の食糧を支える穀物畑になっていただろう。
だが王家と騎士団は貧民たちが開拓した穀物畑を守らなかった。
王国も貴族も穀物畑を守らなかった。
それどころか危険な魔獣や魔鳥を集めたと貧民たちを罰したのだ。
誰だって、罰を与えられると分かっているなら、苦しい農作業はしない。
建国王の理想では王都の食糧を支えるはずだった穀物畑が開拓されなくなった。
王都を繁栄させるはずだった新たな民は、治安を悪化させる貧民となった。
「そろそろ冒険者クランが襲撃を始める頃です。
僕は連中にケンカを売って来ますから、エマとリナは荷役の人たちにパンを配っておいてください」
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