第10話:ヒューズホテル
「1人部屋ですと朝晩2食付きで800アルになります」
王都で最上級と言われるホテルの1つ、ヒューズホテルの最低価格は800アル。
日本円で8万円くらいだから、悪質な冒険者や権力を持つ貴族から守ってくれると思えば、それほど高いとは言えない。
王都には他にも最高級と言われるホテルがある。
だけど、表向きの評判がどれほど高くても、貴族に脅されたら簡単に客を売るような奴が営むホテルでは、安心して泊まれない。
異神眼でオーナーの過去の言動を調べてヒューズホテルに決めたのだ。
オーナーが漢気のある人間なのを多くの人が知っているのだろう。
他のホテルに比べて大きく部屋数も多いのに、空き部屋が少ししかなかった。
「こちらが朝夕の食事に使う札になっております、食堂でお出しください。
夕食は日没2時間前から日没後2時間後まで食堂で食べていただけます。
朝食は夜明け2時間前から夜明け2時間後まで食堂で食べていただけます」
「それ以外の時間はどうなっているのですか?
昼ご飯を食べる事はできるのですか?」
「食堂は夜明け2時間前から日没2時間後まで開いております。
昼食は好きな時にお使いください。
もしそれ以外の時間に飲食されるようでしたら、開店時間中に買って部屋に運んでくださるようにお願いします」
「食堂以外で買った物を部屋で飲み食いしても良いのですか?」
「部屋での飲食は構いませんが、食堂への持ち込み、廊下やロビーでの飲食は禁止させていただいております」
「分かりました、ルールは守ります」
僕は荷物を持って食堂に行った。
王都に着いたのが昼を過ぎていて、冒険者ギルドに行って直ぐにひと暴れした。
ケンカに時間はかからなかったが、ブラー古物商店での鑑定に時間がかかった。
もう直ぐ日没と言う時間から魔境に入って狩りをする気にはなれない。
魔獣は怖くないが、陽が暮れると城門が閉められてしまう。
お金さえ払えば、最高級ホテルで調理師が作ってくれる料理が食べられるというのに、魔境で自炊しようとは思えない。
最高級のホテルだけど、この世界では1皿ずつ運んできたりしない。
貴族が特別室で食べる場合は違うようだが、僕のような冒険者は1度に全部の料理が運ばれてくる。
寄生虫や菌が怖いからだろう、生野菜のサラダはない。
前菜の野菜料理は焼いた香草と根菜だった。
メインディッシュは厚くて大きなステーキで、スープはコーンポタージュだ。
主食は丁寧に製粉してふるいをかけた大きくて柔らかい白パンが2つ。
デザートはアップルパイのような品、果物を小麦生地に詰めて焼いた物だ。
飲み物は風味豊かな香草を注意深く干した極上のハーブティーだった。
この世界のマナーはもちろん、日本の和食や洋食のマナーも知らない。
知っているのは命をいただく感謝を言葉にして捧げる事だけ。
『いただきます』の言葉を心から口にして美味しく食べる。
美味しい物を食べるのが大好きな僕が満足できる料理だった。
友達に大食いと言われる僕がお腹一杯と思える量だった。
寝具もとても好く、グッスリと眠れた。
日本の絹布団や羽毛布団と比べる事はできないが、厚く肌触りの良い毛皮が上下に使われていて、上の毛皮が重くて寝苦しいような事がなかった。
何より良かったのが、ノミやシラミと言った虫がいなかった事だ。
安い宿だと寝具に虫がいると異神眼でみたのだ。
魔境で野宿する時も、神様にお願いして虫を近づけないようにしてもらった。
しっかりと寝て夜明け2時間前に起きた。
何事もなければ冒険者ギルドに顔を出してから魔境に入る。
大金は手に入れたが、まだまだお金が必要だ。
この世界に子ども食堂を作ろうと思ったら、莫大な資金が必要だ。
コンスタンティナさんのような不幸な混血たちを助けようと思ったら、魔境近くに新たな村を作ろうと思ったら、とんでもない資金が必要だ。
「朝食をください」
チェックインの時にもらった朝食札を食堂のホテルマンに渡す。
「こちらでございます」
腹が減っては戦ができぬと言う言葉があった。
朝食を抜いて魔境に入るなんて愚かの極みだ。
食べた物で身体を作り動かすのだ、魔力だって食べた物から作るのだ。
昨晩と同じくらい厚くて大きなステーキだが、肉の種類を変えてある。
パンもスープも野菜も夕食と同じくらいボリュームがある。
1日働くためのエネルギーを取るためにはこれくらい必要なのだろう。
「魔境に行くのですが、昼飯用のパンと干肉は売っていますか?」
ボリュームのある朝食を完食してから食堂の給仕に聞いた。
「お売りする事は構わないのですが、冒険者の方が魔境で食べられるのでしたら、家の柔らかいパンよりも、専門店で作ったしっかり詰まった堅パンをお勧めします。
家のベーコンやハムは美味しいですが、もっと日持ちがして塩辛い干肉の方が、何があるか分からない魔境の昼食には良いと思います」
給仕が親切に言ってくれる。
「分かりました、お勧めの店はありますか?」
給仕が教えてくれたパン屋は、異神眼で確認した良心店の1つだった。
魔境に入る事があれば買ってから行こうと思った。
冒険者ギルドに顔を出して何事もなければ、その足で魔境に行ける。
質の悪いパーティーを再起不能にした翌日だ。
大元になるクランの連中が報復に集まっているかもしれない。
後ろ盾になっている悪徳貴族が、メンツにかけて襲ってくるかもしれない。
夜明け1時間半前にヒューズホテルを出た。
暗い道は歩かないように言われたが、朝は暗くても人通りが多い。
夜明けと同時に魔境に入りたい人たちが動いているからだ。
冒険者ギルドの評判が悪いから、王都の人たちは冒険者ギルドを通さずに直接やり取りをしている。
当然冒険者ギルドも人の出入りが多い。
鬼が出るか蛇が出るか、子ども食堂の資金が稼げれば何でもいい。
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